Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



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 ホン・サンス映画12本目。『それから』と言うタイトルを見て最初に意識したのは夏目漱石だったが、おそらく夏目漱石とは関係ない(兄弟の間でNTRが発生するわけでもない)。むしろ英語タイトルのthe day afterのほうが分かりやすく、キム・ミニ演じるソン・アルムがクォン・ヘヒョ演じる出版社社長の会社で勤務するたった一日(the day)と、その後の出来事を描くだけという、相変わらずミニマルな映画である。

 ある小出版社の社長の浮気が妻にバレてしまうところから映画は始まる。その浮気相手の社員は会社を去るが、ある日出社したアルムと社長の妻がばったり出くわしてしまい、アルムの方が浮気相手だと勘違いされてしまう。なんとか誤解を解いたあと、アルムをねぎらうために食事に誘う社長。食事では神や宗教の話題になるが、どこかかみ合わない。そしていなくなったはずの元社員が急に姿を現し、アルムは御役御免になってしまう、という筋書きだ。

 アルムにキム・ミニという2015年以降のホン・サンス映画では重要な女優を配置しながら、しかしこの映画におけるアルムの立ち位置は非常に扱いが雑だ。バイトではなく社員として迎え入れられたはずなのに、あっという間に彼女の勤務は終了してしまう。もちろんアルムはその点について不満を示すものの(社長と浮気相手の双方に対して)、その後は抵抗せずにあっさりと従い、その場を立ち去る。この潔さも含めて、アルムのキャラクターなのだということを説明しているのだろう。

 アルムは社長の妻にはぶん殴られるし、社長の浮気相手にはコケにされる。父や兄を病で失った経験を持つ彼女は「生きる理由」を問おうとするが、自分より年上のはずの社長が明確な回答をできないことにもおそらく苛立っている。出版社社長であり、文芸評論を書いたり賞の審査を担当したりする人であるはずなのに、その人間としての器の小ささを、アルムは見透かしている。当然、妻にもあきれられているのが今回クォン・ヘヒョ演じる社長というキャラクターだ(必然、これまで彼が演じて来たキャラクターとダブらせてもよい)。

 問いを返せない社長に対し、問いを投げ続けるアルム。いつ死んでもいいというわりに、生きることに執着する姿も見せる彼女の美しさと気高さはモノクロームだからこそ際立っていた。この姿を、ホン・サンスは映画を通じて描きたかったのかもしれない。最終的に会社をクビになるなど踏んだり蹴ったりのキャラクターではあるが、孤独のようでいて、その眼差しはしっかりと前を見つめている。空を見つめている。その姿は、他の誰よりも美しいものだったのではないか、と。


◆関連エントリー
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