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日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



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 A24配給のネトフリオリジナルドキュメンタリー。フリーダイビングで世界記録を作った若い女性と、彼女を支えるアラフォーのセーフティダイバー(救助ダイバー)男性のバディもの。邦題だと分かりにくいけど、原題は"The Deepest Breath"、つまり世界中で最も深い地点まで呼吸を止めていた女性がこの映画の主役というわけだ。

 リアルなバディもの独特の緊張感や情熱が画面越しにひしひしと伝わってくるんだけど、世界記録樹立後もまだこの映画は終わらない。いくらか予想されて結末に向かうと気づいた時、この映画が終わってほしくないと思った。ドキュメンタリーなので、名前で検索すれば結末はすぐわかる。でもそうあってほしくないと思うほど、深い海の美しさと残酷さのいずれをも内包した構成である。

 主人公の一人、アレッシア・ゼッキーニは10代から頭角を現し、成人のカテゴリーに出場できるようになった18歳以降には世界選手権でメダルの常連になっているイタリア人選手だ。その彼女とバディを組んでいたスティーブン・キーナンというアイルランド人のアラフォー男性と一緒に世界記録を樹立した2017年の奮闘を描くのがこの映画のメインテーマである。

 A24がドキュメンタリーを手掛けるのは珍しい印象があるが、開始してすぐに、というか予告編を見てもらえればその理由はすぐ分かる。とにかく、海の映像が壮大で荘厳なのだ。「美しい海」と言った時に思い浮かべるのは上から見下ろした時の海だろうし、潜ったとしてももっと澄んでいて魚たちがたくさん泳いでいるような海だと思う。だが100メートルを超える距離まで潜水することを目指す競技を取り上げるこのドキュメンタリーが映し出す海は、とにかく暗くて分厚い。

 暗い海と、潜水。それは想像を絶する以上に孤独な戦いであり、時間なのだと思う。深い海に潜った時にどのような身体反応をするのかはよく分からないし、ランナーズハイに似た「気持ちよさ」があるのかもしれない。それでも、少しでもミスをしてしまえば命を失いかねないし、そうでなくても浮上に失敗して全身にマヒが残った選手が過去にいた、というエピソードが紹介される。ミスが起きるのはそれも、深い海ではなく、10メートル以内の浅い海だと言う。もう少しで酸素にたどり着くという安心感がそうさせるのだろうか。何度もこの映画の中で「メンタルのスポーツ」という表現が繰り返されるのも、その危険性とメンタルの重要性が共有されているからなのだろう。

 また、この映画で廣瀬花子という日本人ダイバーがフィーチャーされているのも面白い。アジア人もいるし、ヨーロッパ人もいるし、キーナンのような英語圏の人もいる。大会は世界中の海を巡るので、必然的にグローバルな競技に成長しているのだろう。2017年に世界記録を目指した大会において、廣瀬とゼッキーニの熱いマッチレース(潜るのは一人ずつだが、精神的に)が描かれるのはこの映画の一つのクライマックスだ。

 それでも、それ以上にゼッキーニとキーナンの関係性を描いたところが、A24らしいアプローチなのだと思う。この二人にはある悲劇が待っているが、ぜひ事実を知らないまま映画を見てほしいと思う。なぜゼッキーニが世界記録を樹立する地点がこの映画のラストにはならないのか。なぜ「その後」をこの映画は映し出そうとしたのか。

 ダイビングの世界を描きながら、人と人との間に生まれる美しい関係性と、その非永続性を描くこと。そういうことを考えているとやはりA24らしいなと思うし、ダイビングに興味があってもなくても見てほしいと思う映画になっているのがとても良かったと思う。悲しいけれど、それでもこの世界と、この二人のことを知ることができたのは幸福だった。 
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