見:アマゾン・プライムビデオ
サッカーライターの五百蔵さんのツイッターで、アマプラで本作が配信されていることを知った。ワールドカップ開幕直前に公開されたようだが、日本ではさほど話題になってないような気がした。ただ、ブレイブブロッサムことラグビー日本代表がワールドカップで予選プールを1位通過したことによって今週末にあのスプリングボクスこと南アフリカ代表と再戦を控えているいま、見なければと思ってみてみた。
本編は80分少々の短い映画で、フェイクドキュメンタリーっぽい要素(役者が演じる部分)と、リーチ・マイケルや広瀬俊朗に五郎丸歩、そして前代表HCのエディ・ジョーンズなど本人がそのまま出演するパートがあり、劇画的でありつつもリアリティが非常に高い。この中でもエディを主人公と見立て、彼がいかにクレイジーであり、そのクレイジーさが前日本代表のメンバーのメンタリティ(と協会のメンタリティ)をいかに変えたのか? に最初から最後までスポットが当たる。
ハードワークを好んだエディのトレーニングは、とりわけワールドカップイヤーの150日間にも及ぶ代表合宿はどの選手にとっても地獄であり、どの選手もかつて経験したことのないタフな練習の日々だったと語られているが、それを体現するように最初から最後までエディは厳しい態度で当たり続ける。なぜか。
一つは1995年のワールドカップでNZに145失点して歴史的な惨敗をした日本代表のメンタリティは、それから20年近く経ってもまだまだ「勝者のメンタリティ」と呼ばれるような、いわば強者側のメンタリティにまったく達していないとエディが見たからだろう。映画の中のエディは常に怒っている。弱腰な選手たちに。そして自分と意見が違うだろうことを見越している協会スタッフたちに。例えばリーチは明確にエディと対立し、苛立ちを隠さない。それでも何度も何度も繰り返し衝突しながら、時計が前へと進んでいく。
非常に現代的かつラグビー的だなと思ったのは選手の国籍や人種といった要素に切り込んでいるところだ。たとえば高校時代に日本にやってきてからずっと日本にいるリーチが映画の中で二度も職務質問に遭う。そこに肌の色が黒いから、以外の理由はない。二度目には隣に妻がいたため、妻は怒りをあらわにする。ここでリーチはあえて警官も、妻の怒りも相手にしない。
コントロールできないことではなく、コントロールできることへこだわり続ける。エディが選手たちに与えたシンプルなメソッド(もちろん中身は地獄であるが)はリーチのメンタリティを少しずつ変えつつあった。大嫌いなHCだとしても、エディの言葉には反論できない。そのエディにもまた、日系三世(母親が日系二世)というバックグラウンドに家族含めて苦しんでいた時期があった。
コントロールできることとはなにか。それは世界一弱いとも言えるスクラムの徹底的な強化であり、ランニングの強化といった、トレーニングで徹底的に改善できる要素だ。南アフリカと互角に立ち向かうためには、個々の能力の向上とチームとしての能力の向上のいずれもが必要になる。だから過剰なまでにエディは選手たちを怒鳴り続ける。他方で、「南アフリカに勝てっこない」といった周囲のノイズから選手たちを徹底的に守ろうとする。すべては勝つため、結果を出すために。ここもまた、非常にシンプルなアプローチではあるが、それがやがて歴史的なアップセットにつながるのだからスポーツは本当に面白い。
さてエディの後を継いだジェイミー・ジョセフはエディ以上に地獄のトレーニングをいまの代表に課したらしい。他方でエディはイングランド代表の監督に就任し、2019年のワールドカップの決勝トーナメントでは日本と反対の山に入った。それぞれ南アフリカとNZを途中で倒さなければ実現しないが、もし決勝で相まみえるという奇跡が実現したとしたら、エディはどれほどにやりとするだろうか。そしてどれほど容赦なく日本代表に向かってくるだろうか。南アフリカとの再戦も楽しみだが、エディとの再会も楽しみにしたくなる。ワールドカップの期間中であればそんな空想めいた想像もできる、シンプルかつすぐれたドキュメンタリー映画だった。
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