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日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



見:Amazon Prime Videofilmarks

 何回かアマプラのレコメンドで表示されていたので見た一本。約100分、テロリストからの脅迫をもとにした実況中継放送を描くスリラーであり、ミステリー。ちなみにインド版リメイクが2021年にNetflixで配信されており、日本版リメイクも阿部寛主演で今年公開されている(全然知らなかった)。

 SNCのラジオ放送を担当しているユン・ヨンファはもともとはテレビニュースのキャスターで、受賞歴もあるほど人気と実績を兼ね備えていた。彼のラジオ番組のもとに突如寄せられた電話と、その後に起こった橋の爆破事故。電話をつないだまま、テレビ放送の準備に入るユン・ヨンファと、要求を次々とぶつけてくるテロリスト。彼の狙いは何か。そしてなぜ自分が狙われたのか? 頭の中に多くの疑問が浮かぶ中、テロリストとの電話を「独占生中継」する機会を得たことで視聴率を稼ごうとするテレビマンたちの欲望と、橋に取り残された人命とのバランス。橋の前には現場から実況中継するイ・ジスがいたが、彼女はユンの元妻だった。

 まずテロ現場そのものではなく放送局側のドタバタや入り組んだ人間関係に主眼を当てるところは、この前見た『セプテンバー5』とも似ているかもしれない。そもそも爆破された現場では何が起こっているのか。爆弾はいくつあるのか。犯人はどこに潜んでいるのか……多くの謎が次々と投げかけられる中で、犯人が時間を刻む(あと10分、などのように)ことでよりハラハラさせる工夫が詰まっている。




 『セプテンバー5』は実話をもとにしているのでよりリアリティがあって切実だが、今回見たこの映画も韓国の現代社会が見せる切実なテーマがいくつも詰まっている一本だった。その一つはおそらく90年代以降の韓国社会が見せて来た歪みで、格差社会と安全の軽視である。この要素は『はちどり』でも具体的に描かれていたし、チョン・イヒョンは『優しい暴力の時代』の中で三豊百貨店の事故を題材に取っている。この映画もおそらく、そうした90年代の暗い過去という下敷きがあったはずだ(だから巨大な建築物である大橋が狙われている)。



優しい暴力の時代 (河出文庫)
チョン・イヒョン
河出書房新社
2024-04-12


 さらに犯人が突き付けようとするのは、過去の事故で犠牲になった名もなき市民の復讐だけではおそらくない。政治家や報道と言った、格差社会では勝ち組である人々も同時に標的としている。そうすることで、ユン・ヨンファは単に自分が客観的に報じるのではなく、自分ですら狙われているのだという自覚を恐怖とともに体験する(正確には、させられる)のである。そしてマスメディアを狙うことで、メディアの裏側の汚さをも暴こうとする。

 そもそもメディアであるSNC側に内部犯がいなければこの犯行は成立しないが、あえてその謎は解かないようになっている。その理由はおそらく、そこが本質的ではなかったということだからだろう。ネット社会が広がる中でかつてほどメディアが信頼されていないのは先進国では共有されているはずで、その共有されている空気を犯人は巧みに「利用」こそすれ、本質ではない。本質はあくまで、「見棄てられた名も無き人々」の代弁及び復讐なのである。

 もう一つ狙われた側である政治家、特に大統領がどのような行動をするのか。この映画では非常に「現実的な対応」が取られているし、これ以上の対応はおそらくフィクションでも現実でも難しい。犯人の切実さは広く共有されやすいが、さりとてテロリストの狙いが安易に成功してしまってもいけない。このバランスを維持しながら、終盤さらに怒涛の展開に持っていくのは上手かったと思う。

 また、あまり安易にフィクションの中で人を死なせるのは好意的ではないが、この結末はいささか作劇上仕方なかったのだろうと解釈する。犯人とユン・ヨンファの両者にとって公平なポジショニングがこの展開だった、ということだと受け止めた。そしてこの展開できれいな結末はありえない。現実の残酷さを告発したところでそれ(韓国的な「圧縮された近代」による諸問題)はすぐに解決できるような問題ではなく、結果的に救いのなさを描くしかなかったのだろうから。








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