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日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



見:イオンシネマ宇多津
Info:公式サイトfilmarks


 原作ものなんでどうだろうと思ったけど思ったよりホン・サンスっぽい感じで驚いた。前後半の作り方はこの前見た『映画館の恋』に似たような構成だったが、『映画館の恋』が「いま、ここ」への執着をフィクションと非フィクションへの移行の中で描こうとした映画だとすると、『旅と日々』はフィクションの中でも非フィクションの中でも「ここではないどこか」へ行きたい誘惑をテーマに据えており、前後半はガラッと変わるようで実は場所と設定を変えて似たようなことを繰り返している。そう感じながら見た90分だった。

 『ケイコ 目を澄ませて』や『夜明けのすべて』など人間ドラマの中でストーリーをちゃんと作ってきた最近の三宅唱からすると、分かりやすいストーリーらしきものがなく、むしろ「分かりやすいストーリー」を拒絶しているとも言える今回の映画の作り方は特徴的に見える。そして、その点が非常にホン・サンス的なつくり方にも見えるわけだ。風刺とユーモアと、会話劇と食事の場面。こうしたトピックはこの映画の中にも適度に散りばめられている。

 まず前半だが、前半は河合優実の独壇場だ。この河合優実が出演する映画の脚本をシム・ウンギョン演じる脚本家が書いた形になっている。その劇中劇である前半と、シム・ウンギョンが主人公になる後半はいずれもつげ義春のマンガが原作となっており、つまり全く異なるマンガ二つがシームレスに一本の映画に繋がっているのがこの『旅と日々』の構造になっている。

 河合優実にずっと目を奪われる前半だが、日本のどこかの小さな浜辺であるということしか明かされない。会話を聞いていると島しょ部のようだが(ロケは『天気の子』にも登場した東京の神津島で行われている)、場所が明示されるわけではない。これは後半のシム・ウンギョン主人公のパートも一緒で、場所は最後まで明示されない。日本のどこかにありそうだが、どこかであるということだけが示される。だからこの映画が前半と後半通じて見せようとしているのは、「ここではないどこか」の風景と会話だけだ。

 佐野史郎演じる大学教授から旅行でもしてみたらどうですか、という短い会話だけが理由かは分からないものの、行き詰ったようにも見える脚本家がたどり着いたのは雪深い古い宿で、そこで出会うのが堤真一演じる「べん造」である。最初は警戒感からか客として扱われることに危うさを感じる脚本家と、不愛想ながら寝床と食事という最低限のもてなしを提供するべん造。宿というよりただの古い木造家屋にしか見えない小さな空間の中を、宿主と客の二人が共有するという歪さ。この歪さ、ぎこちなさがじわっとしみ込んでくる不思議な映画である。

 もっとも、前述したようにストーリーらしきものがはっきりとあるわけではない。ある夜のべん造の企てによって、この空間(古い木造家屋)が外部から閉ざされていないことだけは明示される。時間と空間が止まったように見える場所だが、それはべん造が何らかの理由で「止めている」場所なのだ。彼は時間を止めて、狭くて暗い(そしてかなり寒そうな)空間に閉じこもることでしか生きられなかった男なのである。

 だからべん造からすると、旅をすることで移動ができ、脚本家という立場で映像を作る立場にある客に対する嫉妬も隠せない。とはいえ、だからと言って何かが始まるわけでもなく、最後はあっけなく二人は別れてしまう。こうした展開なので、ストーリーだけを追うと何を見せられているのだろうか? という気にもなってしまうが、「旅と日々」というタイトルを思い出すと、旅(客の視点)と日々(宿主の視点)だけははっきりと描かれる映画だということも分かる。

 こうしたミクロな表現は、特別ではない日々が誰かにとって未知との遭遇にもなること。他者の「日々」と旅することで出会うのは、前半の河合優実が登場するパートも一緒だ。旅をすることで、インターネットのない空間に行くことでしか得られないものがきっとあるのだと。そこに意味があるとかないとかは重要ではなく、人には「ここではないどこか」へ行きたいという誘惑が常にあるはずなのだということではないか。

 パンフレットには滝口悠生が長い文章を載せ、柴崎友香がコメントを寄せている。通じるものがあるな、いや通じるものばかりだな、と思う人選だと思った。二人とも、「日々」を書くのが、「何も起きなさ」を書くのが抜群にうまい作家だからだ。この映画もまさに、何かが起きそうだけど結局は何も起きない(ように見える)瞬間の積み重ねであり、それこそを見るべきなのだろう。訳者の演技と、会話そのものを。




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