見:U-NEXT
Info:公式サイト/filmarks/IMDb/Letterboxd
U-NEXTの月末ポイント消化のために見た一本。なんとなくホン・サンスっぽいなと思ったがあんまりっぽいと書くのもよろしくないのでやめておく。だらっとした陰鬱すぎる前半部分から、からっとした明るい後半部分への移行が好きだった。
この移行を見ることで時間のトリックがあったことに気づく訳だが、後半は山本奈衣留の伸び伸びとした演技が気持ちいい。今泉力哉の『猫は逃げた』(2022年)で初めて山本の演技を見たが、今泉が彼女を好んだ理由がわかる気がする。演技なのに演技っぽくないところ、またすぐ会えるような親近感と、もう会えないような切なさの両方を醸し出しているところ。この両方がこの映画にもあったと思う。
例えば佐野と知り合った一日を過ごす時間の表情と、ホテルで一人で過ごす時の表情は違う。そして、ホテル従業員のベトナム人女性と話す時の表情もまた違う。この違いを演技っぽくない演技で見せられるところは好きだと思った。佐野は多分ずっと赤い帽子を永遠に探している。なんでもない、たった1000円で買った帽子を探し続けないといけないくらい喪失感が大きいという事なのだと思うが、もし見つかったところで(少なくともホーチミンまで行かなければならないが)失った人が帰ってくる訳ではない。佐野にとってはただただ不条理な現実だけがある。
伊豆や熱海をロケーションしているだけあって海辺の景色がとてもきれいだった。もちろん単にきれいなだけでなく、太平洋だから激しくて巨大な海でもある、という現実も描いていたのだと思う。凪は福岡だし、ベトナム人女性はさらに遠くの東南アジアだから海のずっとずっと向こうにいる。東京からはずっと遠い。きれいで激しい海は、そういうどうしようもない距離を象徴する存在でもある。
filmarksには『aftersun』(2022年)みたいだというコメントもあったが、海というロケーションは失った記憶を感傷的にさせる効果を持つのかなと思った。いつでも海に行ける環境ならともかく、海が身近な存在ではない場所に生きていると、海は非日常的で特別性を持ちうるのだろう。
同時に、海はなにもかもを流す存在でもあると考えると、悲しい感情が少しでも「洗われた」だろうか、とも思う。そういう意味では、追憶と追悼の映画でもある。赤い帽子は多分見つからない。でも、「探し続けること」には意味があったのだ。失ったもの、失った人はもう戻ってこないけれど生きている人間は「探し続ける」ことはできる。それを、これは不合理で不条理な男の悲しい話なのだとまとめることは乱暴なのだろう。誰もそれを、みっともないとは言えないから。
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