Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



見:Amazon Prime Video
Info:filmarks/映画.com


 Amazonプライムでもうすぐ終わるので見てみようシリーズ。少し前に見た中川龍太郎『静かな雨』を思い出すような静かな映画、静かなお仕事ものだろうか。と思いきやそうはいかない映画だった。ただ、最後まで静けさを保ち続けたのが、つまり変に起承転結をつけて盛り上げようとしていないところは良かったと思う。高校時代の恋愛をずっと引きずった50代の男女をメインに描けば、いくらでもドラマチックにできるはずだが、簡単にはそうしない制作サイドの禁欲さが良かった。

 末期と思われる病者の介護、認知症高齢者の介護、そしてネグレクト(と、おそらくアルコール依存症)。田中裕子演じる主人公の大場美奈子は早くに両親を失ったという設定からか単身だが、美奈子の周辺にはケアとケア関係が満ちている。介護保険はすでにスタートしているが、まだまだ私的介護の余地が大きい世界であり、取り残される子どもたちがいる。生きることの難しさが、この静かな映画の中には満ちている。

 その美奈子は早朝の牛乳配達と、日中のスーパー店員のダブルワークを行っていた。雇用関係がどういったものかはわからないが、おそらくスーパー店員はフルタイムに近い形で働き、社会保険にも加入しているだろう(当時であれば3/4基準の一日6時間以上×5日程度)。牛乳配達はまだ空が明けない未明から行っていることが描写されるため(九州の長崎なので、一般的な地域より日の出が遅いとはいえ)、早朝と言ってよい時間から働いていることが想像できる。そのため就寝時間は早そうだがスーパーの仕事は夕方手前には終っているため、夕方以降は余暇時間がありそうだ。そういう生活である。

 ただ、この映画は美奈子の生活や日常というより、その周辺を積極的に描こうとする。美奈子の働くスーパーや牛乳販売店でのやりとり。高校時代の交際相手であり、現在は市役所の児童課に勤務する高梨の仕事ぶりや、彼の妻への介護、そして歩きながら俳句を考える様子。高梨は妻容子との関係においてケアする/ケアされる関係にあるが、容子は何らかの理由で美奈子の存在を知っており、高梨と美奈子の関係にも気づいている。容子の余命が多くないからこそ、彼女は彼女でやり残したことがあることに観客は気づかされる。

 つまるところこれは、「待つ映画」なのだと思う。ネグレクトされていた子どもたちは、助けが来るのを待っていたはずだ。それはしかし同時に、アルコール依存症の兆候が強く見える自分の母親(おそらくシングルマザー)も一緒に助けてほしかったのだと思う。そして容子がベッドでずっと美奈子のことを待っていたように、美奈子もまた、何かをずっと待っていたのではないか。過去に戻ることになるという恐怖心や自責の念を抱えつつも、「ありえたかもしれないもう一つの生活」を待っていたのではないか。

 待つのには当然時間がかかる。だが、時間がかかったとしても、「待つ」という行為は「待つ側」のエゴでもある。待ちたいから待っている。ずっと待っていることしかできなかった容子のように。そして、「自分は一人だけれど、一人で生きているわけじゃない」ことは美奈子が一番知っている。だから容子の亡き後、高梨を一人にさせてしまいたくないという思いは容子との間で共有できていたのではないか。サミュエル・シェフラーが『死と後世』の中でやっていた哲学的な問いを、よりミクロな展開として見たと思う。

死と後世 (ちくま学芸文庫 シ-43-1)
サミュエル・シェフラー
筑摩書房
2023-06-12


 朝と深夜の短い余暇の時間に、美奈子がラジオを聞く場面がある。そのラジオ番組に、一回だけ手紙を書く場面もある。ラジオへの投稿が読まれるかどうかも普通では分からない。だからそれもまた一つの「待つ」行為であり、祈りのような行為だったのだろうと受け止めている。その葉書が読まれる場面。穏やかではない現実が続く映画の中で、束の間の安らぎのような美しいシーンだった。

 さりとて全体的にはシリアスな出来事が続く映画なだけに、エンディングもまたハッピーとは言えない。でもハッピーじゃなくても日々は続くし、また朝が来る。朝がきたらまた牛乳を運ぶ。独身の美奈子を支えているのはそうした、「何があってもまた朝が来る」という帰納的な期待感なのかもしれない。


いつか読書する日 浪漫堂シナリオ文庫
青木研次
有限会社浪漫堂
2020-02-10

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