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日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



見:Amazon Prime Video
Info:IMDbLetterboxd

 本当になんとなく見始めた80分ほどのドキュメンタリー映画でIMDbにもほとんど情報がない映画だが、Letterboxdの2つのレビューを読んでいるとこれは隠れた傑作かもしれないと確信した映画だった。しかし、正直序盤は何が起きているかよく分からない映画である。映画監督はどうやらミシガン州にいる。そして、モルモン教の影響力の強い家族(地域?)で生まれ育ったことだけはなんとなくわかる。しかしながら、その先がよく分からない。ある子どもの死が虐待死なのではないかという疑いについて探る「という形」をとっているものの、未解決事件を追うようなミステリー的な構成でもない。

 つまり、「一体監督は何をしようとしているのか」がよく分からないまま映像が続いていくのである。それはそのまま、「我々は何を見せられているのか?」という疑問になって現れてくる。それこそ「よく分からない」序盤はPOV的な手法が頻繁に使われるし、カメラの揺れやブレも多い。途中からナレーション(というか監督の独白)が入ってくるが、序盤はノーナレで進行する。字幕の中で背景が説明されるくらいで、「よくわからなさ」はなかなか解消されない。

 このあたりだけを取り上げると、『フェイクドキュメンタリーQ』を思わせるが中盤まで来てようやく気付かされるのは、これはアメリカ版の『どうすればよかったか?』と解釈した方が良い。アメリカでもミシガン州という、カナダとは国境を接する高緯度であり、五大湖とミシシッピ川を擁する州はアメリカの中でもかなり特殊な地理的な条件を持っている。なぜか冬の映像、雪道を車で淡々と走ってゆく映像が目立つことで、北海道のある家族を舞台にした『どうすればよかったか?』を想起せざるをえない。



 大きな差異は、宗教的な教条がベースにあり、そのナラティブの世界の中にこの映画の家族が存在することだ。教条はいろいろある。家族が至上であり、親になることが人生で最も素晴らしいことであると。魂は生まれる前から死後まで、家族と結びついている。逆に言うと、「非生産的」な存在は人として認められない。そうして監督は語り出すのである。自らがトランスジェンダー(FtM)の映画監督であり、両親から「認められず」に育てられたことを。

 だからなのか、自己治療的な映画として本作の制作に至ったのだろうと推測される。端的に言えば、認知行動療法的ある。 認知行動療法では傷が具体的に何なのかを「言語化して外在化」する作業(ワーク)をするためのセッションがある。 監督はそれを、紙の上で文字で書くのではなくて、映像を作ることで傷や感情を外在化したかったのだろう。それが自分の得意な表現だからであり、 自分の経験してきたことを映画という形で客観的な存在にすることで、ようやく過去を俯瞰できるからだ。このセッションを通過してようやく、監督にとっての治療が始まる。

 そしてもう一人、治療を必要とする存在が監督の妹であるジェシーだ。「姉妹」として育てられるはずだった二人は、ある時から「兄と妹」にならざるをえない。そうした関係性がモルモン教の家族の中でどのような意味を持つのか、具体的には分からないまでもなんとなくの想像ならできる。『どうすればよかったか?』がそうであったように、繰り返し古いホームビデオがこの映画でも再生される。そのビデオでは、「姉が姉でなくなってゆく姿」も収録されている。そのプロセスの中で、ジェシーは自分自身も壊れてしまったのだと語る。私が薬物中毒になった原因の一つは、間違いなくあなた(監督)にもあるはずだ、と。

 それでは、この映画は「謝罪」の受け入れにまつわる映画になるのだろうか? と思ったが、実はそうではない。ヒントはこの映画にすでにあるが、謝罪にしてもアイラブユーにしても、相手が受け入れられる形でなければ意味がないと監督は語る。つまり、これらの行為において重要なのは受け手の態度なのである。受け手の態度は、行為の送り手がコントロールできるものではない。だからそうした態度を、どのようにしたら作り出せるだろうか? と逡巡する映画でもある。

 監督が最後に求めた(あるいは行った)行為は謝罪だったか愛情表現だったか。あるいはそのどちらでもなかったか。暗い過去は変わらないという意味では、本当の意味での救済はない。しかしながら、「いまを生きる生」にとっては、「いまこれからの行為」が重要になる。過去は変わらないが、未来は帰られる。まるでホラー映画かのように始まり、そして次第にオートエスノグラフィー化するこの映画が最後に見せるのは、暗いトンネルを長い間さまよった末に見出した、未来志向の物語だったのだと思う。

 Letterboxdのms. rei ayanami(気になるハンドルネームである)がつづった最後の一文が非常に良いので、引用して締めくくりたい。こういう形で"life-affirming"する映画を見たことを、ずっと覚えていたいと思う。

Despite how brutal North by Current gets, dealing in detail with the death of Minax's infant niece and other harrowing subjects, it is a life-affirming film that left me with a sense of hope.
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