レイズさんの以下のツイートに対する個人的な見解について。
簡単にまとめて自分のタイムラインに流しましたが流れていくのもあれかなと思い、もう一度ここで参考文献も載せつつまとめてみます。一部訂正も含みつつ。
・たとえば健康保険は戦前に原型や一部の被用者保険があったりして戦後の60年代に国民皆保険となり、合わせて年金制度も整う。介護のルーツは70年代に成立した老人福祉法だと思うけど、高齢者医療費無料化が主だったのでどちらかというと医療制度の一環な気がしている。
→老人福祉法の制定は1963年だが1972年の一部改正による老人医療費無料化が実際に与えた影響力としては大きいと考えられる。一部の地方自治体が先行していた左派的な政策(いわゆる革新自治体)を国レベルで取り入れた形。
・もちろん医療制度と言っても当時の「老人」たちは病院に「社会的入院」をしていたのであって、それはつまり病院が実質的な介護施設を兼ねていたと言っていいと思うのだけどそれだとベッドをどんどん埋めるし医療費も膨らむというのが80年代の議論であって。
→「社会的入院」は入院に対するネガティブなイメージであり、行き先のない高齢者や精神病患者に対して用いられていた言葉。当時のことはリアタイで知らないので一般的に使われていたかはわからないが、医療政策をやっている人間なら知っているであろう概念の一つ。かつては精神保健福祉が未整備で、精神病院への入院は数十年単位を数えるのも例外ではなかった。
関連記事:日本の戦後精神医療史の凝縮 ――NHKEテレ(2018)『ETV特集 「長すぎた入院」』(2018年2月14日)
・1987年に社会福祉士及び介護福祉士法ができて社会福祉士、介護福祉士という福祉の国家資格が生まれるわけだけど、ここから2000年の介護保険まではまだ開きがある。そのためには1990年の福祉八法改正をまず経過せねばならない、という感じですかね。制度史的には。
→ちなみに精神保健福祉士の資格の整備には1987年からさらに10年を待たねばならない。この意味でも精神科領域の福祉の整備は遅れているイメージが強い。
・レイズさんの指摘する「家族で介護をやるのは、病院で見てる限りはかなり無理があるように思う」のは昔もおそらくそうであって、おそらく家庭内における何らかの女性(嫁や娘など)がその役割を担うとされていたはずだから、女性への負担は大きかったはず。もちろんいまも、ですが。
・しかしながらそうして無理を通してきてしまった歴史がそれなりにあってしまうことによって、いまでも介護は家で女性がするものだとか、介護業界は女性が数的に優位であることとかも、ジェンダー的に偏った認識のままきてしまった歴史的な産物なのではと思う。
→ジェンダー的な視点ももちろん指摘できる。介護は専門職が家の外で行うものでなく、「女」が「家の中」で行うものだという時代が長く続いたことの弊害はいまでも散見される。
・直接的な回答にはなっていないかもだけど制度史的にはこんな感じです。ちなみに制度だけでいうと精神科領域も別の形で遅れをとっている・・・ような気はします。こちらも木村敏や中井久夫のようなすぐれた精神科医は戦後出てきているが精神保健福祉の領域では遅れがあるのではと。
介護のみならず福祉制度を政治の視点から見るならば最初に挙げた3冊が適していると思う。医療もそうだが、どの時代も福祉は政治の争点になってきたし、いまでもそうであることがよくわかる。そこには一定の党派性や流行があり、90年代以降に加速する高齢化によって財政赤字の問題とセットで議論される領域になっている。
介護だけに限定すると、
・福祉制度的な優先順位が政治のレベルで高くなかったこと
・高齢者の社会的入院が実質的な介護を兼ねていたこと
・ジェンダー的な偏りが長く続いたことによる弊害
この3点が主要因だと考えられる。
高齢化問題は早くから指摘されていたものの老人福祉法から介護保険へと移行するまでには時間がかかったことも、結果的に介護に関する制度やサービスの整備の遅れにつながっている。
介護保険以降は小規模施設や地域密着型サービスの整備が進んでおり外形的には「施設から地域へ」という移行が進んでいるが、これも財政赤字が前提にあることは指摘しておいていいと思う。特養などの大規模施設で丸がかえしてみるべきなのは比較的要介護度の高い高齢者だけという流れは、今後も大きくは変わらないだろう。
ざっくりとしたまとめだけどこちらからの回答はこんなところ。何かあればご質問ください。
Raise@Raise_4096
介護、もしかすると今なら助かる人が助からなかったのでその分終わりも早くて、人手もたくさんあって、介護しなきゃならない状況になること自体が少なくて、それ故に整備が追い付いてなかったり出来なかったりするのかなあ。家族で介護をやるのは、病院で見てる限りはかなり無理があるように思う
2018/04/14 12:22:51
簡単にまとめて自分のタイムラインに流しましたが流れていくのもあれかなと思い、もう一度ここで参考文献も載せつつまとめてみます。一部訂正も含みつつ。
・たとえば健康保険は戦前に原型や一部の被用者保険があったりして戦後の60年代に国民皆保険となり、合わせて年金制度も整う。介護のルーツは70年代に成立した老人福祉法だと思うけど、高齢者医療費無料化が主だったのでどちらかというと医療制度の一環な気がしている。
→老人福祉法の制定は1963年だが1972年の一部改正による老人医療費無料化が実際に与えた影響力としては大きいと考えられる。一部の地方自治体が先行していた左派的な政策(いわゆる革新自治体)を国レベルで取り入れた形。
・もちろん医療制度と言っても当時の「老人」たちは病院に「社会的入院」をしていたのであって、それはつまり病院が実質的な介護施設を兼ねていたと言っていいと思うのだけどそれだとベッドをどんどん埋めるし医療費も膨らむというのが80年代の議論であって。
→「社会的入院」は入院に対するネガティブなイメージであり、行き先のない高齢者や精神病患者に対して用いられていた言葉。当時のことはリアタイで知らないので一般的に使われていたかはわからないが、医療政策をやっている人間なら知っているであろう概念の一つ。かつては精神保健福祉が未整備で、精神病院への入院は数十年単位を数えるのも例外ではなかった。
関連記事:日本の戦後精神医療史の凝縮 ――NHKEテレ(2018)『ETV特集 「長すぎた入院」』(2018年2月14日)
・1987年に社会福祉士及び介護福祉士法ができて社会福祉士、介護福祉士という福祉の国家資格が生まれるわけだけど、ここから2000年の介護保険まではまだ開きがある。そのためには1990年の福祉八法改正をまず経過せねばならない、という感じですかね。制度史的には。
→ちなみに精神保健福祉士の資格の整備には1987年からさらに10年を待たねばならない。この意味でも精神科領域の福祉の整備は遅れているイメージが強い。
・レイズさんの指摘する「家族で介護をやるのは、病院で見てる限りはかなり無理があるように思う」のは昔もおそらくそうであって、おそらく家庭内における何らかの女性(嫁や娘など)がその役割を担うとされていたはずだから、女性への負担は大きかったはず。もちろんいまも、ですが。
・しかしながらそうして無理を通してきてしまった歴史がそれなりにあってしまうことによって、いまでも介護は家で女性がするものだとか、介護業界は女性が数的に優位であることとかも、ジェンダー的に偏った認識のままきてしまった歴史的な産物なのではと思う。
→ジェンダー的な視点ももちろん指摘できる。介護は専門職が家の外で行うものでなく、「女」が「家の中」で行うものだという時代が長く続いたことの弊害はいまでも散見される。
・直接的な回答にはなっていないかもだけど制度史的にはこんな感じです。ちなみに制度だけでいうと精神科領域も別の形で遅れをとっている・・・ような気はします。こちらも木村敏や中井久夫のようなすぐれた精神科医は戦後出てきているが精神保健福祉の領域では遅れがあるのではと。
介護のみならず福祉制度を政治の視点から見るならば最初に挙げた3冊が適していると思う。医療もそうだが、どの時代も福祉は政治の争点になってきたし、いまでもそうであることがよくわかる。そこには一定の党派性や流行があり、90年代以降に加速する高齢化によって財政赤字の問題とセットで議論される領域になっている。
介護だけに限定すると、
・福祉制度的な優先順位が政治のレベルで高くなかったこと
・高齢者の社会的入院が実質的な介護を兼ねていたこと
・ジェンダー的な偏りが長く続いたことによる弊害
この3点が主要因だと考えられる。
高齢化問題は早くから指摘されていたものの老人福祉法から介護保険へと移行するまでには時間がかかったことも、結果的に介護に関する制度やサービスの整備の遅れにつながっている。
介護保険以降は小規模施設や地域密着型サービスの整備が進んでおり外形的には「施設から地域へ」という移行が進んでいるが、これも財政赤字が前提にあることは指摘しておいていいと思う。特養などの大規模施設で丸がかえしてみるべきなのは比較的要介護度の高い高齢者だけという流れは、今後も大きくは変わらないだろう。
ざっくりとしたまとめだけどこちらからの回答はこんなところ。何かあればご質問ください。








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