Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



見:Amazon Prime Video
info:filmarksIMDb

 前回の『不思議の国の数学者』を視聴後に自動再生で始まった本作だが、プライムでの配信が今月で終わりになるとのことで、せっかくなので最後まで見てみた。

 1972年、「無名かつ口の堅い役者」としてオーディションを勝ち抜いた男・ソングンがKCIAに命じられたのが金日成になりきることだった。それは融和的な南北対談を「演出」するためである。しかしその対談自体が何らかの理由で流れてしまう。つまり、男はお役御免になってしまった。そこから時は流れて22年、ソングンはすでに老人になり入所施設に入っていた。マルチ商法のセミナーで生計を立てるその息子が主人公になり、22年越しの物語が始まる。

 映画.comの紹介文によると、「韓国と北朝鮮の南北首脳会談のリハーサルが行われたという実在の報道記事から着想を得て、自身を北朝鮮の最高指導者と思い込む俳優の父親」がソングンであり、実力派のベテラン俳優ソル・ギョングが「金日成」を熱演している。途中までは本当に演技のように仕込まれてゆくが、次第に演技と非演技の境界が消失する……いわばホックシールドの言うところの「深層演技」とでも言えばいいのか、自分自身をも欺いて「金日成そのもの」になろうとするソングンの鬼気迫る表情がすさまじい。

 後半、22年後のソングンは認知症を患っているような兆候があり、老人ホームに入所しているという設定だ。その代わり、大人になった息子のテシクの視点でストーリーが展開されてゆく。彼もまた、マルチ商法という「人を騙す」仕事をしているというのは皮肉だが、同時に借金取りに追われる場面もあり、見た目の割に生活は楽ではなさそうだ。実態はともかく、「見た目を装う」のが演技と言ってしまえばそれまでかもしれないが。

 72年から94年に進むこの映画は、その間に行われた韓国の民主化については深く触れない。ただ終盤に設定された「首脳会談」の中で、南の発展を羨むというセリフ? をつぶやくソングンは、これもまた本意だったのかもしれない。自分の知らないところで世界がどんどん変わってゆくし、息子は大人になってゆく。それをただ見ていた22年間は、ソングンにとってもまた自分だけが「置いてけぼり」になる感覚だったのかもしれない。

 他だとテシクのストーカーをしていたヨジョンがチョイ役で終わってしまったのが残念だ(しかしこの展開だと彼女が絡む隙はほとんどない)し、後半の「親子愛」はやや強引にも見えた。ただ、親子ともども社会から「取り残された」側だったことはよく分かる。その意味ではおそらく、ヨジョンもそうだったのだ。彼女は自分の過去を詳しく語らないけれど、似ているところがあったからテシクに接近して誘惑をしたのだろうと解釈している。

 めちゃくちゃオススメできるタイプの映画ではないが、ソングン役のギョングの演技が見るものが間違いなくあるし、実家周辺の立ち退きのエピソードなどは、民主化後の経済発展に取り残される名も無き人々の存在を映し出している。ゆえに本作もまた一つの、90年代韓国を社会的に描写した映画としてカウントできるのだろうと思う。
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