Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。

 5月のある日の夜だったと思うけれど、食事をとり、入浴し、部屋でリラックスしていた後、何もする気になれなかった。いつもであれば読書をしたり、勉強をしたり、文章を書いたり、暇だったらスペースに参加していたりする。そうした、自分の趣味の領域のことですら、何もする気になれなかった。布団に寝転んでツイッターを開いてみたけど、タイムラインの内容が全然頭に入ってこない。ただただ文字が並んでいるだけで、その内容が頭に入らないため、見ているだけだ。読んではいない。文字を読む、というごく日常的な行為ができなかった。

 こういう時があるんだなということを、久しぶりに思い出した。もうずいぶん前のことになってしまうが、2013年〜2014年のある時期、うつ状態の診断を受けて当時通っていた大学院の修士課程を休学し、実家にひきこもっていた。次第にリハビリのためにバイトを始めるようになったが、そうやって身体を動かしたり外出できたりができるのはまだまだマシな方で、「何もする気になれなさ」をずっと抱えていたように思う。やりたいことも、やりたくないことも、どちらもしたくない。行動を起こしたくない。何もしないから、ただただ横になっている。そういう生活が、数週間〜数ヶ月ほど続いていたことを思い出す。

 もしかしたらそれに近いのかなと思い、最近起きた「ある日」の夜をやり過ごした。夜はしっかり睡眠を確保したが、朝起きても気分はすぐれず、何もしたくないので起き上がりたくなかった。午後からマックデリバリーの仕事を入れていたため、仕事に間に合う時間にはなんとか起きて、食事を取り、仕事をした。仕事は淡々とこなして、家に帰り、また何もしたくない夜を過ごした。

 翌日は仕事だったので、朝起きて出勤した。仕事も手につかなかったが、なんとかその日一日をやりすごしていた。やり過ごすことでようやく、「何もする気になれない」という気分が消えていたことに気付いた。本も読めるし、ツイッターのタイムラインも読めるし、ネットニュースも読める。ようやく文字が、内容を伴って頭の中に入ってきた。これで、2日間の「何もする気になれなさ」から解放されたことに気付いた。

 2日で終わったからまだよかったのかな、と思っている。初日の夜や翌日の朝などは、これはいったいいつ終わるんだ? という恐怖があった。2013年はとりあえず休むと決めたので、休んでいればよかった。でも今は普通に仕事をしているし、副業も入れているし、大学の講義を受けたり公認心理師試験の勉強もしないといけない。「やらなければならないこと」が多い。2日間で終わったからよかったものも、終わらなければ、これが一週間も二週間も続いたと仮定すると、やはり恐怖だった。

 大谷翔平じゃないが、意図的に休みを入れることも必要だなという(当たり前のことを)感じつつ、早めに回復できてよかったと素直に思った。一度起きたことはまた次も起こりうるので、メモ的に。まあこれも大谷翔平じゃないが、睡眠の質はめちゃくちゃ大事ですね。できるだけ同じ時間に寝て、睡眠時間をしっかり確保するということは基本的だけどとても大事でした、というお話かもしれない。

睡眠こそ最強の解決策である
マシュー・ウォーカー
SBクリエイティブ
2018-05-19




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