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日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



見:U-NEXT
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 U-NEXTにて。春に見た『セプテンバー5』と題材は同じ、ミュンヘンオリンピックでのテロ事件をモチーフにしているが、アプローチが全く違う。



 今回見たこの映画でも、ミュンヘンオリンピックのテロ事件は取り扱う。犯人グループの侵入、それを報じる放送局、救出作戦の失敗、といった一連の流れは描くがそれは映画の序盤に過ぎない。この映画の、本筋は事件の後の情勢と工作活動に焦点が当てられている。約3時間近く続くのは、イスラエル側とパレスチナ側(黒い9月)の工作とテロの応酬。この応酬に果たして終わりがあるのか? という点でずっとヒリヒリする展開が続く映画だった。

 事件の起きたあの日に焦点を当て続ける『セプテンバー5』はリアルタイムものと言ってよく、スリリングな出来に仕上がっていた。そのため結果的に、『セプテンバー5』とは異なるサスペンスフルな展開にスピルバーグは仕上げている。この映画の主人公アヴナーは命令どおりに作戦を遂行しなければならないのに、達成感が全然ない。そればかりか、誤った人を殺すなど、予想外の出来事ばかりが起きる。ヨーロッパのあちこちを飛び回る彼は、ヨーロッパの平和を乱す存在でもある。妻と子どもとはずっと離れているし、映画の終盤では自分が誰かに追われているかも、と気づく。

 つまりこれは、終わりのない、憎しみの連鎖に直面するアヴナーの心境を見続ける映画でもあるのだ。終わることのない憎しみの連鎖だが、大臣直々の命令を受けている以上は逆らうことはできない。逆らったとしたらそれは国賊になることを意味する。何が何でも犯人グループのテロ組織である黒い9月を許してはならない、全員殺さなくてはならないというミッションは、人種主義の難しさを象徴しているとも言える。

 アヴナーのミッションに終わりがないのでは? と悟った時に、ではこの映画はどのようにして終わるのか? という問いが浮上することになる。スピルバーグの答えはシンプルで、時間的な終わりが来たらそこで終わればよい、ということだ。つまり、映画の中で何も一区切りがつかないうちに、映画は終わる。急に切断されたかのように、エンドロールが流れるのである。最後に一応オチをつけなければ、という忖度は一切ない。ただただ映画の時間の終わりを迎えるだけなのだ。

 とりわけ、アヴナーが「敵」を殺害することを追求するだけでなく、工作員である自分もまた「敵」側から狙われている、自分も殺害対象かもしれない、と悟る場面の演出が非常に巧みで、怖ろしい。この映画はずっとアヴナーの孤独を描き続けているが、彼には家族がいるのだ。妻がいて、子どももいる。しかし、そうした現実はまたアヴナーを苦しめる。ただ自分が狙われるだけなのか? 家族は無事なのか? という不安がよぎるからだ。

 作戦のためにヨーロッパ中を飛び回ったアヴナーが最後にこの映画で歩いている場所はアメリカ、ニューヨークの川沿いらしい。これはすでにさんざん指摘されているようだが、エンドロール目前に川向うにそびえるツインタワーのビジョンは、これもまた象徴的である。憎しみの連鎖には終わりがないということを、2025年の世界はよく知っている。
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