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たまたまアマプラに入ってるのを見つけたので、懐かしいなと思って見ていた。2014年の夏ごろに高松のミニシアター(ソレイユ)で見た記憶があり、そうかこの時の美しさと儚さを合わせ持った早見あかりを見たのも10年前か……と思うとやや感慨深くなった。主人公の相原ノボル役の向井理も30歳の役が似合ってないほど若い。ただその似合ってなさもこの映画では重要だったのだと思う。
主人公の相原ノボルは高校一年生。自称レベル2と言えるほどクラスの日陰者としての存在を自覚し、ひっそりとした高校生活を送ろうとしていた。ただある時に幼馴染でもあり学校の人気者である宮崎先輩に呼出され、百瀬陽というショートカットの1年女子と付き合うよう依頼される。宮崎には神崎徹子という学校のマドンナ的存在の恋がいたが、百瀬からのアプローチも受けていた。二股や浮気の噂を流されないために、相原と百瀬には恋人関係を偽装してほしいよ。意気揚々と「演技」に励む百瀬と、戸惑いながら恩人でもある宮崎の依頼を断れない相原。二人の関係はぎこちないまま始まって行くがその先は、というのが序盤のストーリーだ。
原作が短編なので通常ならそれをどう膨らませるかが映像化の鍵になるだろうが、この映画はあえていくつもの改編を加えることで原作を二次創作している。要は映画は映画としてのオリジナルを作ろうというねらいなのだろう。空白の時間が8年から15年に変更されているため、過去の日々がよりノスタルジーとして醸し出している。
ただそれは、いくつもの嘘と苦みを伴うノスタルジーであり、嘘の理由のいくつかは明かされるが、明かされない嘘もある。またそもそも早見あかり演じる百瀬の存在は最後まで謎のままだ。明るく快活に振る舞う一方で、自分の宮崎への思いがいっこうに届かない現実に苦悩し、森鴎外の『舞姫』を引用する。しかし映画では彼女が宮崎先輩をなぜ好きになったのかも、最後まで明かされない。そのキャラクターと相反するように最後まで苦味だけが、百瀬には残りつづけている。
ここまで書いてきても改めて感じるように、本作は恋愛青春映画に「見せかけて」作られている。学校のシーンは華やかに撮影されていて、「パンツ見えるよ」と思わずノボルの口に出てしまうほど、学校での百瀬陽はキラキラしていて自由だし、太陽の照らされた屋上で寝っ転がるシーンはあまりにも眩しい。ただ前述したように百瀬が輝くのは学校の中でだけだ。学校の外には彼女には抗えない現実がある。
最初から最後まで正直な相原ノボルは、必然的にこの青春ミステリー映画の探偵役を務める。身近な人の心の内側を推察し、暴いていくそのプロセスは米澤穂信の古典部シリーズを見ているようでもある。振り返ればホラー小説でデビューして優れた短編ミステリーも多く残してきた乙一にとっては、ジャンルが恋愛になったとしてもこのような人の心の動きや企みを書くのはお手の物だったのだろう。
宮崎は比較的おしゃべりなキャラクターだが、百瀬とは違う意味で最後まで見通せない神崎徹子との再会(という名の対決でもあるだろう)から始まるこの映画が単に徹子との再会を描くだけではないのも容易に想像できる。探偵役である相原ノボルは知りたいのだ。当時の徹子が何を考えていたのかを。宮崎と、そして百瀬をどう見ていたのかを。知ったところで人生が変わるわけではないが、取り返しのつかない青春期を過ぎた後でできることは謎解きくらいしかない、という前向きな諦めと粘り強さがこの映画に用意されていてよかったと思う。それがなければ百瀬も徹子も、ただただミステリアスで美しいヒロインだった、というありきたりなノスタルジーでしかないからだ。
宮崎と百瀬と徹子の3人に共通するのは、いずれも「こうするしかなかった」という嘘と選択の結果だ。望んだ未来を手に入れるためには、本当のことや本音を隠しておいた方が都合がいい。わずか2つの年の差も、高校生の間では大きな差になる。先に大人になろうとする宮崎や徹子の姿を見て、百瀬は何を思ったか。一瞬映し出されるシーンでは家の中ではヤングケアラーとして料理や子守をしている百瀬がいる。百瀬にとっての偽装恋愛はままならない現実から少しでも逃げるための、自分を救い出すための悲しい嘘だったのか。
これはFilmarksのレビューでも散々指摘されているがメインとなる高校生を演じる4人の演技は非常に棒読みで、お世辞にも上手いとは言えない。ただその棒読みすら演出なのではないか。その下手さが、どこかの地方で生活している高校生のリアルなのではないかとも思える。古いタイプのガラケーでやりとりする彼ら彼女らはおそらくゼロ年代前半のどこかには存在していたのだろうと思えるほどで、青春のきらめきと苦みが凝縮されて詰め込まれた美しい108分だったと思う。キラキラだけが青春じゃない。思い出す時は苦味が必ずセットになる。それでもやがて大人になるし、ならないといけない。そういうものでしょう人生は、と最後に振り返らない(こっちを向かない!)百瀬の内心が聞こえるようでもあった。
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