見:Amazon Prime Video
Info:filmarks/IMDb
これを見るまで気づかなかったが、初めてのポン・ジュノ映画。今年は意識的に韓国映画を手広く見ているのでちょっとずつ見ていかないとなあとは思っていたけど、最初に見たのがこれで良かったと思う。80年代に現実の韓国で発生した連続強姦殺人事件をモデルにした事件で、映画の設定も1986年。そして現実と同様に犯人は捕まらないまま時が過ぎる(現実では最後に犯人は捕まるが、映画のあとであり別件逮捕)。
最初はソン・ガンホ演じる主人公のパク刑事の立ち居振る舞いに注目が集まる。良くも悪くも「田舎の刑事」というか、太っていて居丈高で、タバコをプカプカさせ、自宅のアパートでは美しい恋人と濃厚なセックスをする(最初愛人だと思っていたが後に結婚している)。そういうタイプの、そのへんにいそうな太っちょおじさん刑事が、連続強姦殺人事件を追えども追えども糸口が見つからなくて焦っていく様を映し出した130分である。一つの事件を追っている間に次々と別の事件が起きる、それをまた追う、の繰り返しなので非常にテンポの速い130分でもあった。
この映画では後半のソン・ガンホは口数が一気に少なくなる。前半と後半で、まったく違う役を演じているように見えるのだ。まるで顔から、生気が消えていくように。最初の方は恋人とのセックスに溺れてるが、後半では性行為すらしなくなる。ただ隣で寝ているか、一緒にいるだけ。彼はもともと粗暴だったからこそ、暴力に取り付かれて変質するのをすごく恐れていたのではないか、と思いながら見ていた。
逆にキム・サンギョン演じるソ刑事の変質が怖ろしいなと思った。彼はソウルから来たエリート刑事で、パク刑事の「田舎っぽさ」を嫌う。ゆえに序盤から何度も対立し、ケンカもする。それでも女性だけを狙った連続殺人という巨悪に対してバディとして立ち向かわねばならない、その信念を強く持っている。その彼ですら、いや信念の強い彼だからこそ? 暴力に飲み込まれていってしまう様はとても切なかった。
どんどん粗暴になっていくしパク刑事を見ていると、序盤のソ刑事が乗り移ったかのようにも見えてしまう。だから後半のパク刑事は捜査の手段も選ばなくなっていく(ある学校の保健の先生に怒られてる場面がある)。そしてその先に、あのトンネル付近での発砲があったんだと思うが、もうあの時のソ刑事は、完全に我を失っていた。自分は無実だと信じている被疑者の方が、強い眼差しをしていたし、ソン・ガンホ演じるパク刑事の方がよほど冷静だった。
現実がそうであったように、犯人はこの映画で捕まることはない。後ろ姿や犯行場面が短時間映されることはある。また、死体として映される数人の女性たちの惨たらしさには息が詰まりそうになる。遺体が醸し出すどうしようもない臭いを、画面の向こうから感じるのではないかと思うほどに、あまりにも生々しくて、あまりにも悲しい。であるがゆえに、二人の刑事の「怒り」に共感してしまう気持ちにもなる。
それでも、いやだからこそ暴力に取り付かれてしまわないことの重要性と、取り付かれてしまったがゆえの末路が描かれている。暴力に取り付かれてしまっていては、悪を裁くことはできない。むしろ自分が裁かれる番になるかもしれない。正義は果たされるべきだが、正義への道のりは非常に険しいのだ。
また、これは1980年代の韓国という社会状況、つまり政治的な暴力が多くの市民に牙をむいた時代であったということを思い出す必要があるのかもしれない。結果的に民主化は果たされるが、その道のりが長かったことを現代のわれわれは知っている。暴力に対してできることは多くないかもしれないが、それでも愚直に抵抗を続けること。この映画では、最初粗暴だったパク刑事が自分の粗暴さを何とかこらえて、こらえて、こらえようとしたその姿がずっと、目に焼き付いて離れない。
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