見:Netflix
『メダリスト』は原作も評判だったし、アニメは今を時めく米津玄師が主題歌を務めているだけあって放映中によく話題を見かけたのを覚えている。自分の最近のアニメ視聴は「全部終わってから一気に見る」スタイルなので、あえて見ないように禁欲していたが、予想通り見始めたら一気に見終わっていたのでとても楽しい一本だったと思う。原作の継続と、アニメのこのオチを考えると、2クール目以降は確実に見据えているだろうと思ったし、早い段階での決定を見たことでとても楽しみにしている。
さて、『メダリスト』の重要な設定は「遅いスタート」である。浅田真央がもっとも有名だろうが、10代からシニアの舞台や世界の舞台(グランプリシリーズや世界選手権など)で活躍し、表彰台に上がるという姿は珍しくない。グランプリシリーズでは国内だとNHK杯が例年行われているが、ロシア勢が出場を禁止されて以降は日本勢が表彰台独占という光景も起きるようになった。伊藤みどり以来の日本では女子選手が多く世界で活躍してきたが、羽生結弦の台頭以降は男子も力をつけるようになってきており、「男女それぞれに活躍するウインタースポーツ」として認知されている競技である。
アニメに直接関係するのは、こうした歴史的な世界観であると言えるだろう。つまり、シニアの選手を目標にして、男女ともにフィギュアスケートの世界に入るジュニア選手が豊富にいること。浅田真央や安藤美姫、宇野昌磨らを輩出した愛知県が一つの聖地であること(サッカーの聖地が静岡、であるのに似ている)。ただこの作品はあくまで「遅いスタート」を起点としている。環境には恵まれているが、スタートは遅い。それがどのようなインパクトを残す(残せる)のか? と言った点ではフィクションらしい実験かもしれない。「普通の主人公」であれば、漫画としてのインパクトは弱いからだ。
コーチである司と、小学5年生のいのり。司もスケートを開始するのが非常に遅かったが、それでもアイスダンスで日本選手権出場まで上り詰めた実力者である。いのりは司の前で天性の才能を見せるが、しかしながら5年生という年齢に本人、そして母親が自信を持てずにいる。とはいえ、いのりにはもう一つ、「愚直に努力することができる」というのが魅力だった。それを司がどこまで見抜いていたかは分からないが、母親を持ち前のポジティブさで説得することで、ようやくこの物語は始まる。
つまり、スタートの時点でかなりハンデを抱えている主人公が、どのようにして成長し、そして「氷上で輝くことができる」のか。そのプロセスを、13話通じて丁寧に描いていた、という印象だ。何が丁寧なのかというと主に二つ。まずは表現で、特にスケートのシーンは滑らかだ。いまではスポーツよりもアイドルアニメのライブシーンの演出でオーソドックスである3Dモデルをスケートのシーンで使っており、さらにモーションキャプチャーを使うことで非常に滑らかな形での演出を見せている。『ユーリ !!! on ICE』(2016年)の表現も相当レベルが高かったと思うが、軽々と超えていってるのが2025年なのだと見せつけられた。
もう一つ丁寧なのは、さっきも書いた「愚直さ」の演出である。京都のスケーター大和絵馬、そして父親を金メダリストに持つ男子選手の鳥理凰の存在だ。いのりがこの二人と関わるという経験は、いのり自身にもポジティブに跳ね返ってくる。そうした「健全な成長」が「遅いスタート」であっても可能なのではないか、という提案を、特にアニメの後半である7話以降は丁寧に描いている。大和絵馬も鳥理凰ももちろん才能豊かな選手だが、その能力を十分に発揮できていない。いのりもそうであるように、この3人それぞれが「前を追う立場」として描くことで、「遅いスタート」の実験を継続しているとも言える。
メンタルのスポーツでもあるフィギュアスケートではあるが、とはいえ技術がなければメンタルはない。司が一番そのことをよく知っているのだと思う。そしてケガをしていれば無理をしてはいけない。成長は結果であり、最優先に追い求めてはいけない。「遅いスタート」だからと言って、無理をすれば小学生という成長期の身体に大きな負担をかけてしまうからだ。そうした現代的なスポーツ指導を、アニメ的なコミカルさを大事にしつつ発揮できる司というコーチは、2025年的な存在なのだろうとも思う。
何より司には、いのりに対するリスペクトと、圧倒的な信頼がある。コーチと選手であるとともに、最高のバディなのである。この二人が紡ぐ物語をもっともっと見ていたい。そう思わせながら迎えるグッドエンディングであったと思うし、2クール目への期待感を十分に持たせてくれた。最初から最後まで一貫した二人の熱い思いが、このアニメを強く下支えしているのである。
司もいのりも、スケートというスポーツを心から愛している。好きで好きでたまらない。コーチ役の司も、機会があればリンクで滑りたくってたまらない。そういう「好き」が詰まったバディなのも、2025年的である。一昔前だと、好きだけで生きていくのは難しいという価値観が強かっただろうし、司がまさにその現実と対峙してきた。でも司といのりはそうした「現実」を自分の「好き」で変えるができると本気で思っているし、司は実際にそうしてきた。だからこの二人には単なる信頼関係じゃなくて、純粋で圧倒的な信頼関係がある。
「好き」だけで生きてきて現実を変えていく。競技が違うところだと、大谷翔平がまさにそういう存在だろう。もちろん誰もが大谷翔平にはなれないし、もはや誰も大谷にはなれない気もするので、ロールモデルにはならないかもしれない。それでも、「そういう生き方をしても良い」という作品のメッセージは後に続く者たち(とりわけ子どもたち)の希望になるのではないか。漫画とアニメでは視聴機会が異なるから、(基本的に有料である)漫画で触れる機会のなかった子どもたちも(家族が加入している)ネット配信などで『メダリスト』に触れられるようになったかもしれない。
そうしたイメージを想像することができるのは、この作品が単なるアニメ化にとどまらないポテンシャルを持っているからだ。そして繰り返すように、この作品が2025年的な表現を追求しているからに他ならない。


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