Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。





見:Netflix
Info:filmarks


 ネトフリにて。ストーリーだけを見れば、特にラストの幾つかの展開はさすがにご都合主義過ぎるかなと日本アニメを見慣れているオタクとしては素直に感じるところ。

 ただ、リッチで洗練された映像表現には最後までうっとりとさせられた。この点は素直に評価して良いだろう。単にリッチで近未来な表現だと、どこか遠い国、遠い世界の物語に見えてしまう。しかし「プリントされた写真」や「アナログレコード」といった20世紀的な古いものを要所に提示することで、「少し遠いが地続きの世界の物語」として提示することには成功していると思う。

 新海誠っぽい、特に『ほしのこえ』っぽいなと思いながら見ていた。特に「待つ男性と、遠くに行く女性」という組み合わせは『ほしのこえ』(2002年)的でもあるし、『雲の向こう、約束の場所』(2004年)的でもある。遠くに行ってしまう存在に手を伸ばそうとするけれど、自分の好きな人はもう永遠に届かない距離に行ってしまったのだと。そうしたエモーショナルな感情をぶちこんでくるタイプのアニメであることは間違いない。

 しかしながら一瞬映りこんだレコードジャケットをみていると『ONCE ダブリンの街角で』(2007年)の影響がかなり濃いことも分かる。少し陰のある男性ミュージシャンと、夢見る若い女性。この組み合わせでとびきりのハッピーエンドを作りたい、という監督の情熱は重たすぎるくらい伝わるし、何より「大人の恋愛映画」なのである。この点が決定的に新海誠と違う点であり、むしろジョン・カーニー的だと言ったほうが適切だろう。実際にレコードのジャケット(にはONCEではなく「SECOND」と書かれていた)に込めたオマージュ的表現は、ジョン・カーニーのあの映画を名指ししていると言ってよい。

 あの映画とこの映画に共通点があるとすれば、「音楽を諦めるな」というメッセージだ。もっと言えば、「夢をあきらめるな」というメッセージだろう。大人になり、ある程度の年齢になってしまうと夢を追うよりも現実を生きる比重の方が多くなってしまうし、そっちのほうが楽であることもおおい。しかしながら、本当にそれでいいのか? とこの映画は繰り返し問う。ディアという、かつてジェイと一緒に組んでいたバンドの女性ボーカリストは何度も何度も実際にジェイに声をかける。ディアがジェイに恋愛感情を持っていたかどうかは定かではないが、「あきらめんなよ!!」とキレ気味に言いたそうな表情なのはめちゃくちゃ伝わるのである。

 そう考えると、「遠くへ行く」のは何もヒロインだけの話ではないのでは?とも思えてくる。つまり、身近なところで満足して「遠く」に行くことを拒絶しているのは、むしろジェイのほうなのだと。ナヨンは自分の夢(火星探査)を諦めるつもりはないし、ジェイにも夢(音楽の道)を諦めてほしくない。二人で近くにいる(現実を生きる)のではなく、二人とも遠くへ行こう、という提案をするのだ。

 それに最初はなかなか乗り切れないジェイの姿は、いくらか優柔不断な新海主人公っぽさがあってくすっとさせられてしまうが、もはや子どもではなく大人であるジェイが、大人として決断を下していく姿を追う映画でもある。火星探査の映像も迫力満点だが、それ以上にいくつか出てくる音楽を演奏する場面が魅力的に思えた。光、スクリーン、響く音。リッチで未来的な空間演出をしながら、めちゃくちゃ泥臭いヒューマンドラマをねじ込んでくるところがこの映画の魅力だと思う。

 だからちょっとくらいストーリーがご都合主義だとしても、いいものを見られたなという満足度の方が高い映画でもあったのだ。
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