前回のエントリーで予告もしたとおり、12月は以下の2冊を取り上げた。
この二冊を続けて読んだのは、いずれも日本の雇用慣行における女性の労働環境を扱っているからだ。濱口(2015)は日本が近代化して会社員や労働者が誕生した戦前〜現代までを扱い、中野(2014)は2000年代の女性の労働環境と育児環境について扱っている。濱口の方が視野が広く、総括的になっているものに対して、中野はもともとの原稿が修士論文という性格上、特定の期間に特定の対象を取り上げたという本になっている。そのため、2000年代の、とりわけ中野のいうハイスペック女性がどのように就労し、結婚し、育児をし、就労継続/退職してきたのかを質的な調査によって浮かび上がらせている。
中野(2014)が少し不幸なのは、この本で提示されている問いがある程度濱口(2015)によって説明されていることだ。濱口本の中でも中野(2014)が大きく取り上げられているわけだが、中野(2014)で提示された就労継続/退職の分岐の大前提として強調されている仕事のやりがいや職場環境、夫である男性の就労については濱口(2015)を読めばあらかた理解することができる。特に濱口が強調していたのは、日本は欧州と違って包括的な労働時間規制がないことである。
欧州、特にEU加盟国には共通して労働時間規制が存在している。一週間の労働時間や休日、休息についての細かな規制があり、こうした硬直的な労働規制が一階にあり、その上に育休や時短勤務などの柔軟な労働法制が二階にあるという、二階建ての労働時間規制になっているのが欧州の特徴だと濱口は指摘する。他方、日本では90年代初頭に育児・介護休業法が制定され、その後の改正で制度の保証する内容が手厚くなっているものの、包括的な労働時間規制は2015年時点では存在しないと言ってよかった。その後労働基準法が改正され、大企業では2019年から、中小企業では2020年から新たな労働時間規制が導入されることにはなったが、こうした規制が雇用慣行や育休、あるいは育休後の就労継続に与えた影響がどのようなものかはまだ分からないと言ってよいだろう。
ジョブ型とメンバーシップ型という大きな違いはあるが、包括的な労働時間規制が存在するEUでは育休や時短のスタッフがいた場合に特定の従業員の労働時間や業務量を大幅に増やす(肩代わりさせる)ことは困難だろう。しかし包括的な労働時間規制が存在せず(一応存在してはいるものの形骸化していると言ってよい)にメンバーシップ型の雇用が前提とされる日本企業においては、育休や時短勤務を選択する女性の労働者が不利な立場に置かれやすい。
以上のように、濱口が指摘したような雇用慣行の歴史的・構造的問題に中野(2014)は十分言及しきれておらず、彼女の研究や調査を否定するつもりはないものの、今読みかえすと物足りなさがあるのも事実だった。とはいえ、今回濱口(2015)の副読本として中野(2014)を読むことで当時(70年代後半〜80年代前半生まれ。ただし高学歴層/大企業勤務に偏っている)の女性たちがどのように働き、結婚し、出産しというプロセスの中で煩悶してきたかが、一種のエスノグラフィーを読むように具体的にわかるのは面白い体験ではあった。中野(2014)の取り上げた女性たちの一部は氷河期世代に重なるため、世代ごとの就労環境の違いがあるとはいえ、現代においても全く解決されていない問題であることも併せて確認できたことや、スペースに来てくれた方と議論ができたのは有意義な時間だった。
以下、スペースで言及した情報や参考文献です。
感情労働研究で有名なホックシールドのこちらの本は入手困難ではあるが図書館にはあったため、今後読書会として取り上げたい候補の一つ。80年代や90年代のアメリカの仕事と育児の両立の困難さを研究した本のよう。
ツイッターで交流があり、中野(2014)に登場する女性たちと同世代のとかげさんが書いた感想記事。この文章を読んだことも中野(2014)を読むきっかけになったので、改めて感謝です。
この二冊を続けて読んだのは、いずれも日本の雇用慣行における女性の労働環境を扱っているからだ。濱口(2015)は日本が近代化して会社員や労働者が誕生した戦前〜現代までを扱い、中野(2014)は2000年代の女性の労働環境と育児環境について扱っている。濱口の方が視野が広く、総括的になっているものに対して、中野はもともとの原稿が修士論文という性格上、特定の期間に特定の対象を取り上げたという本になっている。そのため、2000年代の、とりわけ中野のいうハイスペック女性がどのように就労し、結婚し、育児をし、就労継続/退職してきたのかを質的な調査によって浮かび上がらせている。
中野(2014)が少し不幸なのは、この本で提示されている問いがある程度濱口(2015)によって説明されていることだ。濱口本の中でも中野(2014)が大きく取り上げられているわけだが、中野(2014)で提示された就労継続/退職の分岐の大前提として強調されている仕事のやりがいや職場環境、夫である男性の就労については濱口(2015)を読めばあらかた理解することができる。特に濱口が強調していたのは、日本は欧州と違って包括的な労働時間規制がないことである。
欧州、特にEU加盟国には共通して労働時間規制が存在している。一週間の労働時間や休日、休息についての細かな規制があり、こうした硬直的な労働規制が一階にあり、その上に育休や時短勤務などの柔軟な労働法制が二階にあるという、二階建ての労働時間規制になっているのが欧州の特徴だと濱口は指摘する。他方、日本では90年代初頭に育児・介護休業法が制定され、その後の改正で制度の保証する内容が手厚くなっているものの、包括的な労働時間規制は2015年時点では存在しないと言ってよかった。その後労働基準法が改正され、大企業では2019年から、中小企業では2020年から新たな労働時間規制が導入されることにはなったが、こうした規制が雇用慣行や育休、あるいは育休後の就労継続に与えた影響がどのようなものかはまだ分からないと言ってよいだろう。
ジョブ型とメンバーシップ型という大きな違いはあるが、包括的な労働時間規制が存在するEUでは育休や時短のスタッフがいた場合に特定の従業員の労働時間や業務量を大幅に増やす(肩代わりさせる)ことは困難だろう。しかし包括的な労働時間規制が存在せず(一応存在してはいるものの形骸化していると言ってよい)にメンバーシップ型の雇用が前提とされる日本企業においては、育休や時短勤務を選択する女性の労働者が不利な立場に置かれやすい。
以上のように、濱口が指摘したような雇用慣行の歴史的・構造的問題に中野(2014)は十分言及しきれておらず、彼女の研究や調査を否定するつもりはないものの、今読みかえすと物足りなさがあるのも事実だった。とはいえ、今回濱口(2015)の副読本として中野(2014)を読むことで当時(70年代後半〜80年代前半生まれ。ただし高学歴層/大企業勤務に偏っている)の女性たちがどのように働き、結婚し、出産しというプロセスの中で煩悶してきたかが、一種のエスノグラフィーを読むように具体的にわかるのは面白い体験ではあった。中野(2014)の取り上げた女性たちの一部は氷河期世代に重なるため、世代ごとの就労環境の違いがあるとはいえ、現代においても全く解決されていない問題であることも併せて確認できたことや、スペースに来てくれた方と議論ができたのは有意義な時間だった。
以下、スペースで言及した情報や参考文献です。
感情労働研究で有名なホックシールドのこちらの本は入手困難ではあるが図書館にはあったため、今後読書会として取り上げたい候補の一つ。80年代や90年代のアメリカの仕事と育児の両立の困難さを研究した本のよう。
ツイッターで交流があり、中野(2014)に登場する女性たちと同世代のとかげさんが書いた感想記事。この文章を読んだことも中野(2014)を読むきっかけになったので、改めて感謝です。
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