見:Amazon Prime Video
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テレビ放送では『青ブタ』大学生編と前後して放送されていた青春アニメで、タイトルは把握していたが見るのがこのタイミングになったことをいくらか後悔するくらいには素晴らしい仕上がり。てかこれリアタイ組は青ブタ大学生編に加えて着せ恋の2期と続けての放送だったんだよな?? これは絶対毎週1回以上キュン死してしまいますわ、という出来栄えでございました。たいへんよかったのではないか。
アニメの構成としては主人公とヒロインが出会う1話と、お互いに思いを伝えあうラスト13話を対にすることで1クールの完成度を高めているアニメだった。海に行く12話と、過去回想を交えながらの夏祭り回である13話だけはやや駆け足かなと思ったけど、それでも最期まで感情表現と心理描写を丁寧に掬い取るアニメだったことで駆け足感を薄めることにも成功している。どうしても原作ありの1クールアニメって展開がせっかちになりがちだと思うけど(青ブタ大学生編がそうだった)、原作の良さを損ねずに丁寧に丁寧に作っている良アニメである。
アニメの前半は信頼関係とは何かについて掘り下げ、後半は傷からの回復や再生を描こうとするが、あくまでベースは高校生活という青春ドラマにあるのがいい。この時間、この関係性でなければ成り立たないコミュニケーションがあるのだということを原作者はきっとよく知っているのだろう。そして何より、ヒロイン役の井上ほの花が27歳なことにめちゃくちゃ驚きつつ(オカンとの年齢差がもう10歳差に)、最後まで終わってみるとこのキャスティングは完璧だったと言うしかない。井上ほの花が薫子で本当によかったし最高だったと思う。
凛太郎というキャラクターの前に薫子というキャラクターの理解を重視していたアニメでもあったと思われる。凛太郎は主人公で登場回数も多いので、話数が進めば自然に掘り下げられるキャラクターだ。しかし「お嬢様学校」に特待生として通う薫子は、当初謎めいた存在として登場する。実はそこまで謎めいた人物でもなければ、お嬢様というほど高飛車なわけでもなく、むしろ庶民的なキャラクターだ。でも最初はそれが「分からない」ところに、凛太郎の目線と視聴者の目線を被せようとしているのだろうと思った。
逆に、薫子のキャラクターが「分かってくる」とまた話が違ってくる。笑顔の絶えない天真爛漫なキャラクターでありながら、不良の高校生に目をつけられても毅然と立ち向かう強さを持っている少女。このギャップがなぜ築かれたのか、彼女の人格がどのように形成されたのかについてはアニメの中ではまだ十分に説明されていない。しかしこの不良の高校生に動じないキャラクターは、薫子という少女を「お嬢様」として見てはいけなくて、芯の強いヒロインだという見方をしなければならない、と視聴者に訴えてくるのである。芯の強さ、まじめさ、まっすぐさ。薫子の中ではこれらの要素が全部繋がっているからこそ、あの天真爛漫な笑顔があるのだということだ。
こうして薫が凛太郎を変えてゆく。凛太郎は自分の見た目について揶揄されながら生きて来た。身長が高くて顔も整っているが、それはしかしながら「威圧感」をもたらすルックスでもある。また、その威圧感のある見た目と家業(ケーキ屋)とのギャップについても繰り返し揶揄されてきた。中学時代までそうして生きて来た彼には、友達らしい友達がいなかったのである。しかし(底辺校とも呼ばれる)千鳥高校に入学したことを期に、彼は変化する。彼が変化したのではなく、彼の周りの友人たちが彼を少しずつ変えていったこと。そして今回、薫と出会ってまた自分が変化していること。その変化に自覚的になる凛太郎の変容を描くのが、もう一つのこのアニメの側面である。
変わってゆく凛太郎を見て戸惑う友人たち(とりわけ朔)をよそ目に、凛太郎は変わることを恐れないようになる。それは何よりも、「自分に正直に生きること」だったからだ。揶揄されてきた自分の見た目も家業も、自分がそれを嫌いなわけではない。他人の目線や評価なんてどうでもいいと、自分に正直になることを目指す物語だ。そしてこれと対になるような存在が、薫子のクラスメイトで幼馴染でもある昴だ。彼女もまた、高身長で銀髪という、威圧的で目立つ容姿を持っている。しかし対人関係、特に異性とのコミュニケーションが得意ではない彼女もまた、「自分に正直に生きること」に苦労していた。
そう、このアニメは相互作用の中で人が変わってゆく、傷を癒して再生してゆく物語なのだ。それが高校生らしい青春ノリ(特に宇佐美翔平に象徴されるような)をベースにしているからこそ、アニメの形式とよく似合う。実写が悪いわけじゃないけど、宇佐美のようなキャラクターはアニメだからこそ生きてくるだろう。そして薫子や凛太郎、昴といった必ずしも感情表現が得意ではないキャラクターたちが見せる様々な「表情」を、CloverWorksの制作陣はとても多様に表現している。
さて、「自分に正直に生きること」はある程度自己完結することが可能だ。次はそこから踏み出す勇気、他者に自分の気持ちを伝えるという、アサーティブネスな勇気が必要になる。そうした勇気こそ、相互作用の中でようやく獲得できるものなのだということを、このアニメは本当に真摯に、律儀なほど真摯に伝えようとしているところもまたとても美しいと思う。本当に、本当にもうすぐ36歳になろうとする自分がこんなに美しい表現と物語を見ていいのかと思うほど、心打たれたアニメだった。

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