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日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



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 久しぶりの、映画館に見に行こうとしたけど間に合わなかったシリーズ。老数学者と落ちこぼれ青年の出会いを描く、という点で明確に『グッド・ウィル・ハンティング』を意識している映画だと思うし、ある進学校の警備の仕事でひっそりと生活する北出身の老数学者と、寮を追い出されてからはホームレス状態になってしまった落ちこぼれハン・ジウとの出会いを描く前半部分は、だいたいその構成である。老数学者と出会うことで、ジウは数学の面白さに目覚めてゆく。

 途中からはキム・ボルムという強気だけどキュートな女子の同級生も登場し、彼女の行動が物語後半に大きく影響している。しかし後半は『グッド・ウィル・ハンティング』展開とは全く異なる。南北問題と老数学者の過去、韓国における管理教育と入試の問題、学校と私塾との「悪い関係」、そして格差社会……といった感じで後半はやや詰め込みすぎなエンタメ映画となっているのが印象だ。らしいと言えばらしいし、惜しいと言えば惜しい。これは見た人の好みの問題と言えるかもしれないが、詰め込みすぎには変わりない。

 そのため個人的には南北問題や管理教育を下敷きにして『グッド・ウィル・ハンティング』路線で行くのも全然アリだったのではと思うが、この路線でいくにしては主人公の男子高校生ハン・ジウがちょっとおとなしすぎたのかもしれない。『グッド・ウィル・ハンティング』が成立するのは主人公の「悪さ」や「やんちゃさ」にも起因するからだ。

 どちらかというとヒロイン?であるボルムのほうがやんちゃだが、やんちゃと言っても進学校に通っている時点で十分アッパーな存在であり、下層階級からの不満を詰め込んだ青年を若きマット・デイモンが好演する『グッド・ウィル・ハンティング』とはやはり異なる。もっとも、ボルムとこれも管理的な母との確執はもう少し見てみたかったけど時間切れになっていたのが惜しい。でもボルムがいなければ、「女性のいない数学の物語」になってしまうので、「現代的には」ボルムがいた方が良かったのだと思う。しかしだからこそ、彼女が端役で終わってしまったのも悲しいところではあった。

 いろいろ不満をタラタラ書いてしまったが、「勧善懲悪」ですっきり終わる韓国映画らしさは、それは同時に「現実ではそうはいかない」というストレスの裏返しなのかもな、と思いながら見ていた。他方で、老数学者もジウも、あとボルムも、みんな不器用な生き方をしてしまっているのはとてもリアルだと思う。

 高度な資本主義と能力主義は、自助努力を奨励する。でもそれが難しい環境(ジウ)もあれば、環境は悪くないけど押し付けられる苦しさ(ボルム)も当然ある。そんな不器用な二人の助け合いは、ちょっとした「弱い連帯」として解釈する面白さもある。強い連帯だけがエンパワーメントするわけではない。弱い連帯も、日々を生き延びるためには重要なのだ。

 そしてこの二人の生きざまを後ろからみつめる老数学者の視点は、悪いものではない。若者に対して年長者ができることは、よくも悪くも「教える」ことと「見守る」ことくらいなのだから。
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