見:Amazon Prime Video
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アマプラにて。5月8日で見放題終了だったのでなんとなく見てみたが、非常に抽象度が高いフランス映画。まあしかしそういうフランス映画はいくらでもあるので、100分ない映画だから見るか…と思って見続けたものも、自宅視聴だと気が散ってしまうかもしれない。それくらい、抽象的である以上に断片的なのである。この意図的な断片の意味は、後半に少しつかめてくる。
車のハンドルを握ってどこか遠くに向かう女性。このイメージで映画は始まってゆく。彼女がどこに向かっているのかはよく分からないし、なぜなのかも分からない。次第に分かってくるのは、彼女に家族がいたらしいということ。彼女もその母も、ピアノを弾いてお金をもらっていたらしいということ。彼女と母との間にはいくらか確執があったということ。彼女自身は、自分で築いた家族を愛していたらしいということ。
主人公の歴史や過去についてはいったん脇に置いていたとしても、家族を愛していたはずの女性が、一人でどこかへ向かっている、というのはまず整合性がつかない。こうした疑問を多く散りばめる前半と、散りばめた伏線を回収してゆく後半、という展開ならばミステリーのように読むことができるが、この映画はそうしたアプローチをとらない。むしろ後半の展開は、前半に引いた伏線をさらに攪乱するような構図をとっている。
それはまず時系列がはっきりしないからである。どこが現在で、どこが過去なのか。映画の中では明確には分からない。分かっているのは、女性の家族、夫と子ども2人が雪山で遭難して亡くなったらしいこと。その遺体は春になるまで引き揚げることができないため、春になって再び女性が山に向かったこと。いわば、人生の中で最も大きな喪失を経験している女性が主人公、というイメージは後半になってはっきりと提示される。
他方で、終盤の展開はなかなかにホラーじみている。ある少女がピアノの練習を続ける場面が何度も登場するが、審査会のような場所で披露する場面が出てくる。そこに突如現れる主人公の女性。彼女にとって少女は「他人ではない」が、少女からすれば母親でもなんでもない女性は「よく知らない人」だ。このすれ違いは女性の主観で語られる物語であることが分かり、いわばナラティブの怖さみたいなものを突きつけてくる。女性は悲劇の主人公でもあり、同時に「信頼できない語り手」なのである。
「彼女のいない部屋」は邦題で、英語タイトルは"Hole Me Tight"である。ラストに撮りためたポラロイド写真を並べて「やり直す」ことを宣言する女性の姿は、孤立そのものでしかない。写真を並べて、幸せだった時代を「再演」することでしか自分を救うことができない。このどうしようもない孤独と哀しさが、しかし笑顔の中で展開されることによってより見るものの感情を揺さぶる。
そして鳴り響くピアノがずっと寂しいし悲しい。そういうタイプの、フランス映画であった。
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