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武田綾乃が漫画原作を手掛けているというのは彼女のTwitterを通して以前から知っていたが、漫画がまだ続刊中の中でのアニメ化ということで、何をどうやってどこまで展開するのだろうかと純粋に気になっていたタイトル。終わってしまえばかなりもったいないところで12話のラストを迎えているが、逆に言うとこれは次を期待しておいて良い、ということだと思うので素直に期待していようと思う。
武田綾乃の書く部活もの、ということでどうしても『響け! ユーフォニアム』と比較してしまうが、『ユーフォ』と違って個人競技であるというのがまず一点。ドラマ部門のような共同製作部門があるが、アナウンスにしろ朗読にしろ、基本的な個人対個人のコンテスト形式である。そこがまず大きな違い。そして、登場する部員が『ユーフォ』よりもはるかに少ない。つまり、『ユーフォ』よりも一人一人の部員について濃く表現できる、というメリットがある。
これらの前提条件を踏まえて武田綾乃が導いた方法が、「部員の過去をちゃんと表現すること」だったのだと思う。高校生、最低でも15年の人生を生きて来た彼ら彼女らにも当然過去はある。過去の経験がいかにして今の自分を形成しているのか、という自負もある。それを素直に受け入れていればよいが、そうではない場合が多いのも高校生という年代らしい。もうあと数年で成人に達するが、「まだ子どもである」という事実が、時に自分の首を絞めるように、痛い響きを持つ。
分かりやすいのは秋山松雪だ。メガネをかけたインテリ枠という雰囲気の彼は部活はそもそも参加するつもりがなかった。ただ、彼の声の良さに入学式の時に気づいた薄頼瑞希にスカウトされて放送部に参加している。効率主義で勉強優先というスタイルを前半は保っているが、ドラマ部門の脚本を書くことになったり、同じ1年生男子の冬賀萩大や主人公の春山花奈などの影響を受け、自分にもこういう機会を与えてもいいのではないかと感じるようになる。医師の家系を背負っている以上、勉強には手を抜けない。ただ、彼の効率の良さが手伝って部活動への参加比重も少しずつ増えていくというわけだ。
そしてもう一つは、秋山松雪には姉がいるということ。姉との関係は悪いものではないのに、アニメ後半で連絡をとったのが数年ぶりということ。また、10話から最終話にかけては部長の瑞希にも家族問題が襲い掛かってくる。10代後半、少しずつ自立しつつある年齢であったとしても、「まだ子どもである」という現実に抗うのは容易ではないが、その「容易ではなさ」を用意するのも武田綾乃の作劇の魅力の一つだ。家族問題とはやや異なるが、冬賀萩大もまた過去に傷を負うキャラクターだ。
『ユーフォ』の北宇治高校と本作のすももが丘高校は、いずれも「強豪校ではない」のもポイントである。つまり、はじめから「勝つことが期待されている」わけではない。合同研修では音羽高校やライラック女学院といった他校部員との交流も持たれるが、ここでも重要なのは「自分たちは強くない」ことを知らされることである、実感を伴って。ただ、その実感がなければ物語が飛躍的に加速していかない。強豪校には強豪校の物語があるだろうし、『君と漕ぐ』のながとろ高校は少なくとも弱い高校ではないが、武田綾乃は非強豪校の「普通の高校生たち」の成長物語やサクセスストーリーを書くことを今回も選んでいる。
もっとも、書きたいのは成長や成功そのものというより、その手前の傷や挫折だろう。とはいえ武田綾乃の作劇の場合、傷つくと言ってもリカバリー可能な範囲であり、ボロボロになるまで傷つく例は多くない。『ユーフォ』の希美のように、一度部を辞めてから復帰するプロセスが一番大きな傷つきかもしれないが、それでもリカバリー可能だ。それは希美にみぞれがいたように、あるいはあすか先輩に晴香や香織、久美子がいたように、「身近な他者の存在」とそのつながりを書くことに対して、武田綾乃は最も魅力を感じる作家だと思う。
今回は個人競技の部活動ではあるが、このアニメが書こうとしているのは「身近な他者とのつながり」であり、部としての一体感である。それぞれがそれぞれの傷や挫折を抱えている。でも、だからこそ「みんなで」乗り越えてゆく。傷つきや挫折や、あるいはコンプレックスから逃げるのではなく、向き合った上で乗り越えようとする。そのプロセスを、花奈と夏江杏がそうであるように何度も何度もぶつかり合うようにして、決して美しくない姿で描こうとするところがとても武田綾乃的だし、教育的とも言えるのではないだろうか。
というわけで『ユーフォ』がそうであったように、このアニメがいずれEテレで放送されても驚かない。教育的というのはもう一つ、顧問を中心とした大人たちの存在もちゃんと描いているところだ。子どもたちだけでは成しえない。大人たちの力を借りてこそ、傷や挫折に向き合い、成長することができる。そうした「可能性の物語」を、今回も達成しようとしていることがわずか1クール12話の中からでも、十分に伝わってくるのがとても面白かったなと感じている。
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