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日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。




 『舟を編む』はテレビアニメ実写映画化されてきたことですでに知名度は抜群の原作のひとつだと思うが、それを2024年になって再度映像化するとは思わなかったのが最初の感想だった。もうずいぶん前とは言え、本屋大賞受賞作というのは、これほどまで原作パワーを持つのか、と。

 しかも池田エライザと野田洋次郎というキャストに一瞬???となりつつだったが、ドラマが始まってみると思った以上にいい組み合わせで、ほとんど違和感なく10話分最後まで完走していたと思う。香具矢役のミムラをドラマで見るのは久しぶりだったが、円熟味の増したいい女感が全身から漂っており、エライザ演じるみどりと野田演じる馬締をいい距離感で見守るポジションを好演している。また映画ではオダギリジョーが演じていた西岡役を向井理が「軽々と」演じているのもとてもいい。編集部と本社、また本社と他社(書店やメディアなど)をつなぐ西岡がいなければ『舟を編む』という物語は成り立たないが、向井理のポジショニングはどの話数でも非常に上手い。

 さてこれまでのアニメも映画も、いずれも主人公は馬締であり、彼が『大渡海』を編集する中での悪戦苦闘や香具矢との出会い、恋愛、そしてその発展を描いてきた。ただ3度目の映像化となる今回はそのパートのは潔くスキップしている。3度目だからスキップしたのか、あえて違うことをしたかったかどうかは分からないし、原作は未だに読んでいないので適切な比較はできないが、2010年代後半からスタートして新型コロナが来襲する2020年でフィニッシュする、という制作側の意図がドラマに分かりやすく反映されているドラマになっていたと感じる。

 たとえばこれはドラマの後半部分の主要なテーマになってくるが、紙としての『大渡海』が出版危機になるという話題はこれまでにはなかった。今回はこれまで以上に社会情勢(というか出版事情)やデジタルデバイスの浸透に敏感になっており、2024年にあえてこの原作を映像化するのであれば扱うべきテーマだと判断したのかもしれない。Twitterのようなソーシャルメディアを編集部アカウントが作成する流れも現代的だし、あるきっかけで急にフォロワーが増えたり、逆にプチ炎上したりというのはエライザ演じるみどりというキャラクターの設定をうまく生かしていた。

 1話ごとに見ごたえがあって、それこそ1話で見ていたみどりの「不慣れな姿」がどんどんなくなっていくのを見守る面白さはある。しかしただ単に出版不況やデジタルデバイスの浸透だけを表現するには物足りない部分もあった。だからこそ、最終10話、辞書の校了直前に新型コロナウイルスが襲来するという設定は、単に社会情勢に合わせただけではなくてこのドラマが期待したメッセージがつまっていた回だったと思う。

 辞書が何のためにあるかというと、結局は言葉を残すためなのだと思う。ではその残された言葉の固まりが何のためにあるのかというと、コミュニケーションのためだろう。新型コロナウイルスという、人と人とのコミュニケーションや距離を徹底的に変えることになった。それは今振り返ると期間限定で一時的だったかもしれないが、それでも2024年の視聴者は2020年から始まった数年間のしんどさを知っている。料理屋を持っていた香具矢が、その店を諦めなくてはならないつらさもよく分かる。

 そうした変化の時に、言葉に何ができるか。言葉は距離を超えられるのか。新型コロナウイルスによって浸透したテクノロジーも様々あれど、それらをどのように使うのかは使う側の人間次第である。最後に馬締の弱みと、みどりの強みが垣間見えるやりとりや最後の香具矢との会話は、言葉を使う側の人間の態度が凝縮されていたと思うし、10話分のみどりの成長を確かに実感できるとても印象的で美しい瞬間だったと思う。

 
(1)
出演者|渡辺真起子
2024-02-19

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