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日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



見:U-NEXT
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 1997年のアカデミー9部門受賞作(作品賞を含む)。最初はアマプラに入っていた時に見る予定だったが気づけば期限が超過してしまいうーんと思っていたところU-NEXTにあるやんけ!ということで見てみた1本。マイケル・オンダーチェによる原作は詩的であり、幻想的でもあったが映画は一本のストーリーを提示しているので小説よりはいくらか分かりやすくなっている。ただ、過去と現在を何度も繰り返し往復しながら多面的に映像を構成しているので、いま何の話をしているのか、いま出ているキャラクターは何者だったか、はちゃんと整理しながら見た方がよい映画だろう。

 イングリッシュ・ペイシェントと名付けられた、国籍不明の名も無き患者。やけどを負っており、息も絶え絶えの状態でハナという従軍看護師から看護を受けている。イングリッシュ・ペイシェントこそアルマシーは1930年代に北アフリカの砂漠を探検して地図を作る仕事を行っていた。1930年代後半、すでに日本は戦争を始めている時代で、ドイツではナチスが台頭して時間が経過している。西ヨーロッパに2回目の世界大戦の足音が聞こえてくる、そんな時期を過ごしていた。

 アルマシーは砂漠の調査で知り合ったキャサリンという女性と不倫関係に陥る。キャサリンとアルマシーは何度も逢瀬を重ねており、狭いバスルームに二人で入ってイチャつく場面は「束の間の平和的な休息」を象徴するこの映画の重要な場面になっているだろう。しかし不倫というのはだいたいバレるもので、キャサリンの夫であるジェフリーは密かにアルマシーを懲らしめたいという思いを募らせていく。そんなことは知らないアルマシーとキャサリンの運命は果たして。

 というストーリーだけを見ると、単なるロマンティックな不倫映画では? と思ってしまうがそうではない。重要なのは、これはあくまでアルマシーによって「語られる物語」なのである。要は、アルマシーの語る物語である以上、そこにはいくらかの虚構や誇張が含まれているかもしれないことに留意する必要があるだろう。

 だからあくまで軸足はイングリッシュ・ペイシェントとしてのアルマシー、彼を看護するハナ、爆弾処理班のキップ、そしてカナダ軍所属のカラヴァッジョ。この4人の、少し入り組んだ関係にある。ハナとキップはいつの間にか懇意になるし、カラヴァッジョはどうやらアルマシーと何らかの因縁がありそうだということがわかってくる。アルマシーが何を語り、どこまで語るのか。それ次第で、物語の行く末が変わるかもしれないという、いい緊張感が映画全体を覆っている。

 原作にあった詩情は映画ではやや薄れたか、と思いきやラストの30分ほどは詩情に包まれているといっても良い。過去と現在は分かれているのではなく、繋がっている。それも、忘れられないほどつらい記憶として。その後はアルマシーの孤独が画面全体を覆う。彼にはもう、ここから先の人生がないのだ。まだ若いキップとハナが戦後の人生を夢見るのとは違う。アルマシーにとっては、ここが終の棲家なのであると。

 ここまで来ると、彼の語りが事実だったかそうでなかったかはほとんどどうでもよくなってくる。『落下の王国』(2006年)でスタントマンのロイがアレクサンドリア嬢に語って聞かせた物語のように、アルマシーの語る人生の物語が聞き手に突き刺さってやまない。聞き手は女性という点しか共通点がないが、語り手のロイとアルマシーは二人とも「患者」である。ロイに夢中になっていたアレクサンドリア、アルマシーへの感情移入を止められなかったハナ。ハナは、アルマシーの語る美しくも悲しい物語の結末を知ったその時、何を感じていたのだろうか。アレクサンドリアほど幼くはないが、まだ年若いハナにとって、世界とは、人生とはいったいどのような景色として見えたのだろう。

 物語ることそれ自体が映画になり、物語る側と聞く側がいることで新しい物語が生まれる。この映画独特の詩情は、小説を読んだ人にこそ味わってほしいものだ。

イギリス人の患者 (創元文芸文庫)
マイケル・オンダーチェ
東京創元社
2024-01-19



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