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日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。





見:第七藝術劇場

 1990年代のある時期に中野で展開されていた「沈没ハウス」という営みを最初に知ったのは一年前のハフポストのインタビューだったかなと記憶している。その後、「沈没ハウス」で成長した青年がドキュメンタリー監督となり、「沈没家族」という映画を武蔵大学社会学部の卒業制作として仕上げる。それが映画祭にも出展され、主題歌や挿入歌付きのロングバージョンが改めて制作され、今回劇場公開という形になったようだ。

 公開のタイミングでたまたま大阪に滞在していたので絶対に見に行きたいと思ったし、監督の舞台挨拶にも居合わせることができて幸運だったと思う(質疑応答にも参加した)。その話なんかも聞きながら、90年代の活動を2010年代ももう終わる今日この頃に振り返る意味はどのへんにあるのだろうかということを考えていた。

 「沈没ハウス」の活動に当時のだめ連メンバーも加わっていたことから、当時はどちらかというと左派的な意味で評価されたらしい。立ち上げたシングルマザーである加納穂子は、実子である監督(加納土)以外にもシングルマザー家庭を巻き込んでいて、その意味では小さいけれども社会運動といえる。そもそも家族というのは最小単位の社会とも社会学的な文脈では語られたりするわけだけど、ごくごく一般的な家族以上に「沈没家族」は社会的な存在であったはずだ。血のつながりのないメンバーが随時出入りする、という意味においては。

 ただ、加納穂子も、大人になった土自身もこれが新しい家族像だとか社会運動だという気持ちはさほど強くはなかったらしい。穂子には穂子のやりたいことがあり、その手段として沈没ハウスという場所で共同保育をするというアイデアを思いつき、実行した。そこで育てられた土は、よその家庭との違いを感じながらも、大人になったいまではいい経験だと振り返っている。

 同じように沈没ハウスで育って大人になった女性と再会する場面では、加納穂子の行った実験はうまくいったね、と笑い合うシーンがあり、そこが個人的には大きく印象に残った。ともすれば自分史にとどまりそうなテーマを、自分以外の誰かの視点で雄弁に物語って見せるのは、加納土が社会学を専攻したこととも無縁ではないだろう。私の質疑応答ではこのあたりのことを質問したが、マスメディア出身の指導教員の下、同じゼミの学生たちと議論しながら一本の映画を作り上げるという経験は、かなり大きいものだったと語っていた。

 ふと振り返って見ると、子育てというのは何も実の母親一人が抱え込むものではなかったのではないか。労働力として期待されるがゆえに多産が当たり前の農村地域では、兄や姉が弟や妹たちの面倒を見るという光景は珍しくなかっただろうし、田舎では近所の人が良くも悪くも随時干渉したり出入りしたりする。つまり、子育てという営みは、母親だけのものではないし、一つの家族に閉じているわけではない。保育園が整備されたことで子育ては「社会化」されるわけだが、それはつまり近代化や都市化によって従来のような子育てが難しくなったがゆえの策である。逆にそういう環境では、保育園に社会化できない場合に母親がワンオペで育児をするという、タフな構図が出来上がる。

 だからこの映画を見て感じたのは、新しさというよりは復古的なイメージである。かといって守旧的なやり方ではなく、ラディカルであると言えるだろう。その営みの中でずっと参与観察していた当の本人が、改めて現代でフィルムに収めるというのは価値がある。あらゆる意味で息苦しさと戦う必要がある育児の現場において、たとえ古いやり方だとしても現代的な形で再提示することには、そういう息苦しさを少し取り除く意義がある。加納穂子をわがままな母親だと攻めることもできるだろうし、加納土の人生がずっと平坦だったわけではないようだが、それでも一風変わった環境でも自分が大人になれたことを舞台挨拶で楽しそうに語る加納土の姿が焼き付いた。

 とりわけ戦後に閉じてしまった家族という形態、概念を改めて拡張することが、結果的に生きづらい人たちを救うことになったり、「普通」とは違う生き方でもちゃんと子どもは育つということは、なかなか面白いものだと思う。けれどあえて強調すると、実母である穂子と、実父である「山くん」の存在は、あまりにもこの映画で大きい。共同保育という営みを描きながらも血のつながりをあえて強調する試みは、これもまた面白いドキュメントの撮り方だなと感じた。

A・I・A・O・U
SPACE SHOWER NETWORKS INC.
2019-04-03

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