Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。





見:イオンシネマ高松東
Info:公式サイトfilmarks


 少し前に『チェンソーマン レゼ篇』という東京都心を爆破しまくるアニメ映画を見ていたわけだが、その数か月後に今後は実写でまた東京都心を爆破させまくるとは思わなかった。今年は気づけば爆破の年である、のかもしれない。爆破からスタートして、爆破で終わる映画だった。これがノンストップ、リアルタイムに行われるという点においては、2013年の韓国映画『テロ,ライブ』を思い出しても良い。

 スズキタゴサク。酔っ払いとして中野区の野方署の署員に検挙されたタゴサクを佐藤二朗が快演していることは、以下の三浦優奈のツイートやラジオを通じて知っていた。filmarksの感想コメントなどを読んでいても、多くの人が佐藤二朗に言及しているし、その理由は確かによく分かる。



 そのため、ややひねくれている自分としてはそれ以外に着眼点を置きたい。まず見るべきは、最初に取調官としてタゴサクと向き合うことになる警察官・等々力を演じる染谷将太の演技だ。いくらかやる気のなさそうな態度ながら、タゴサクから何かを引き出したいという熱意も同時に宿す染谷の演技は、等々力という警察官が背負っている過去の過ちをすでにいくらか説明している。この、いわば陰のあるタイプのキャラクターを演じる染谷に表情はなかなかに見ていて気持ちがいいのだ。そしてこの等々力という警察官が、後々になって重要な役割を示すようにもなる、という構造もまた面白いし、ミステリーとしてよくできている。

 もう一つの見どころは、清宮という警視庁から派遣されてくる老刑事を演じる渡部篤郎だ。等々力に代わって取り調べを担当する清宮vs.タゴサクの構図は、いわば中年vs.中年。立場や階層は全く違う者の、目線がほとんど同じになる。ここでタゴサクは清宮相手に「ゲーム」を始め、次第に翻弄していくわけである。この構図を最近何かで見たなと思ったが、柚木麻子の『BUTTER』が映像化されたらこれに近いものが出来上がるのかもしれないと感じた。

BUTTER(新潮文庫)
柚木麻子
新潮社
2020-06-05


 タゴサクとカジマナ、いずれもサイコパスと認定しようと思えばできてしまう「得体の知れない犯罪者」だが、どちらもフィクションであることに留意しよう。つまり、「得体の知れない」のは謎が説かれていないからであり、(本格派の)ミステリー小説である以上は「謎が解ける」ようにできているのである。つまり、タゴサクが語るものの中にある情報と、タゴサクが絶対に語らない情報(隠している情報)のいずれをも「解く」必要がある。解かなければ爆弾の所在が分からず、死者が増えかねない。

 よってこう考えてようやく、山田裕貴演じる警視庁の陰キャインテリ刑事の類家と、外に出て遊軍的に情報収集にあたる等々力との連係プレーが生きてくる計算になる(そして遊軍班には別動隊として伊藤沙莉もいる)。これを取調室の中の密室、いわば安楽椅子探偵と安楽椅子被疑者の心理戦にしても、お話としては成立するだろう。ただ、観客(小説であれば読者)が謎を解けるようにするためには、心理戦だけではやや物足りない。心理戦は基本的に叙述トリックであり、情報は後出しになるからだ。

 等々力が外を駆け巡って集めた情報が結実する、あるいはしそうになる瞬間の染谷将太の表情にまた一段とギアが入って見えるのがとてもいい。山田裕貴もまた、当初は抑えていた感情を次第に開放し、爆発させるようになる。類家の演技はいくらか「計算」されたものだろうが、この計算がタゴサクの「演技」をどこまで切り崩せるか、そしてそれが爆破のタイムリミットに間に合うのか、というサスペンスフルな展開がこの映画の後半1/3の持ち味である。

 密室の心理戦から、確実なタイムリミットのあるサスペンスへ。タゴサクの演技は警察の持っている情報をどんどん上書きすることになる一方で、ミスリードも誘発する。だからタゴサクの語り「だけ」を素直に聞いていては失敗するのだ。その足りない情報を、前述したように等々力が駆け回って集めているわけである。

 約2.5時間ある大作映画ではあるものの、手を汗握るとはこのことで長さをほとんど全く感じさせない出来栄えになっている。とはいえ、タゴサクの意図がはっきりと分かるまでは非常に胸糞な展開が続くというシビアさもあるので、そのへんはいくらか踏まえながらこの映画の謎解きを楽しんでほしい、というところだろう。


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