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アマプラにて。月末で見放題が終わるので、ギリギリ間に合ってよかった。原作はイアン・マキューアンの『贖罪』である。小説を読んだのはもうだいぶ前なのでストーリーの序盤以外は忘れていたが、長い小説(文庫本だと637ページ!)を2時間に圧縮していること見合ってか、展開がかなりテンポよくサクサクと進んでいく。もう少しゆっくりかと思ったが、見やすいテンポの構成だった。
最初からネタバレになるが13歳の時に「嘘の目撃証言」をしてしまうブライオニー・タリスの創作を見せられている、という意味で多分「メタフィクション」的な解釈をするほうが正しいんだと思う。まずこの映画は冒頭からブライオニーがタイプライターを叩く場面から始まる。どうやら彼女は物書きになりたいという願望があるらしい。そのブライオニーは文章を書く以外の時は、自分が生活する大きな屋敷とその周辺の様子をよく「観察している」のである。観察する主人公としての、ブライオニーというキャラクターがここで強く刻まれる。
その後、ブライオニーの嘘によって姉セシーリアと、恋人のロビーとの関係は引き裂かれてしまう。引き裂かれた現実の二人は悲劇的だったと語られているが、間違いなく自分がきっかけを作ったことが「贖罪」として残り続ける。大学には進まずに18歳から看護師見習いになったブライオニーは、第二次世界大戦のヨーロッパを生きることになる。そしてそれは、セシーリアとロビーも同じだ。個人的な嘘が紡いだ小さな悲劇と、世界大戦という大きな悲劇。逃れられない運命には抗うことができない。だから創作の世界で二人を幸せにしたかった、と解釈すべきなのだろう。
しかしながらそれも、全部ブライオニーのエゴイズムではないか。現実のセシーリアとロビーは多分、もう終わってしまった過去を切り離して生きていたんじゃないか。もちろんブライオニーの嘘によって人生が狂わされた、という事実は変わらないから、二人がブライオニーを赦したことはない。それは永遠に不可能かもしれない。だからこそ過去を切り離した可能性を見ている。ブライオニーとセシーリアは、その後縁を切っているからだ。
こう考えるとはやり、ブライオニーのエゴを見せられているという解釈が可能になるはずだ。最後までブライオニーの個人プレーだったかもしれない、と。この映画はブライオニーを最後まで「嘘をつく女性」として描き、反省はさせるものの、結局謝罪することはなかった。しかしそれが逆に誠実だと思ったのだ。成長して大人になった彼女をいい人、として決して描写していない。とはいえ悪人とも書かない。あくまでも「嘘をつく女性」として描く。成長しても罪は残るし、残った罪がエゴに転じるかもしれない。そういう人間の弱さや脆さを体現するキャラクターとして、ブライオニーを描いていた。
映像表現については。まず若い頃のセシーリアがまとうグリーンのドレスが非常に美しい。クラシカルなデザインなのに背中がぱっくりと開いていてめちゃくちゃセクシー。セクシーなだけでなく、強気な性格も相まって「自立した女性像」をキーラ・ナイトレイが好演している。監督のジョー・ライトとキーラはジェイン・オースティン原作の『プライドと偏見』(2005年)でもコンビを組んでおり、今回『つぐない』を見ているとキーラがエリザベスをどう演じたのかも俄然気になった。時代は異なるがイギリス文学を下敷きにしている点も、何かそうさせるものがキーラにはきっとあるのだろう。
あとは、ロビーが赴いたダンケルクの場面。戦争映画ではないので、あの場面で何が起きていたのか、そしてその後ロビーがどうなったのかははっきりとわからない。ただただロビーが直面したつらさだけはわかる。そのリアリティを長い長いワンショットのカメラ回しでまとめてしまうところにも凄みを感じたし、戦争という多くの人を幸福から遠ざける出来事に対する怒りと悲しみも感じる。 だからある意味、メッセージとして強くはないけど「反戦映画」でもあると感じた。例え誠実に生きていたとしても、戦争は個人が幸福になる権利をあっという間に奪っていく。
嘘をついた女性、というブライオニーを眺め続けるもよし。なにが事実で何が事実ではないのか、あるいは何が上書きされているのか? をメタフィクション的に考えるのもよし。そして、映像表現のバリエーションの豊かさに圧倒されるのもよし。2時間に詰め込んだ感も強いが、それでも失敗していないところが本作の巧みさだと思う。Amazonプライムは今日中ならまだ間に合うので、お時間がある方はぜひ。

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