Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



見:イオンシネマ綾川




 前作から半年を待たずに公開となったシリーズ新作であり、高校生編完結の1本である。春から始まった物語が次の春へ、つまり梓川咲太と桜島麻衣が出会ってから一年が経過することを様々な形で実感させられる作品になっている。

 シリーズ前々作で咲太と麻衣の関係はほぼフィックスしたと思っていた。つまりこれから残された課題は自分の家族に対してどう向き合うかだということになる。前作で示した妹である花楓への献身は、咲太と花楓の間の絆を強めただけでなく、花楓にとっても自分の味方が実は周りにたくさんいて、みんながそれぞれの形で支えてくれる(これを「チーム花楓」と表現した)んだ、という実感が強く得られた回だったと思う。その実感は中学卒業と高校進学を控えた花楓にとって、自分の人生を歩んでいくための自信にもなっただろう。

 では前作の献身が咲太に残したものは何だったのだろうか。今回の作品では、これまで言及こそされてきたもののほとんど登場しない、咲太と花楓にとっての「不在の母」が姿を現す回になっている。彼女は二人の前で何を語り、何を語らないのか。花楓の負った傷に心を痛めたことで精神を病み、約2年間の不在の季節を経て、どのような形で姿を現すのか。そして咲太と花楓はどのような表情で迎え入れればよいのか。シリーズではこれまでも様々な人間関係を描写してきたが、その中でも最も繊細で、かつ主人公である咲太にとっては重要なコミュニケーションが描かれてゆく。

 原作を読んだことを忘れていたのでほとんど空白の状況でこの映画を見ていたが、うまいなと思ったのは麻衣と母親との関係性の反復になっている点だ。麻衣の母はシングルマザーであり、仕事人間でもあった。麻衣と母との確執は過去にテレビシリーズで表現されているが、二人の関係性はきれいに回復したわけではない。今回の映画でもわずかながら登場する麻衣の母は、短い会話のやりとりを残して去ってゆく。

 対して咲太と花楓の母も似たようなアプローチをとっている。花楓に対しては自分が庇護しなければならない(しかしできなかったことに傷を負った)がゆえに、愛情をこめようとする。では咲太に対してはどうか。不登校になった花楓と二人暮らしをすることになった咲太は、日常的な家事スキルの習得に迫られ、実際に習得する。それは「良き兄」として当然の行為だという自覚と、「不在の母」の代替をしなければならない責任感の二つを背負っていたことが、麻衣に対して語られる。

 これまで咲太はケアラーでありカウンセラーの役割を務めることが多かった。前作でも「ケアする兄」としての献身を発揮してきたし、1つ年上である麻衣に対しても、彼女の心の内側をなんとか理解しようとつとめてきた。同じ学校の双葉理央や古賀朋絵に対しても同様で、二人それぞれに寄り添うことで良き理解者であろうとつとめてきた。では、咲太の悩みや不安については、誰が寄り添ってくれるのだろうか?

 映画の後半では鳩尾付近の傷と思春期症候群の発症により、麻衣が経験した現象と同じ反復、つまり誰も彼のことを見えない状況に陥ってしまう。咲太は「不在の母」に代わる役割を務めてきたことで、「不在の母」が常態化することに慣れきっていたこと気づく。母に再会したあとに発症したこの現象は、母と再会することでしかおそらく治せない。ではどうやって?

 咲太は2年間の間にこれまで経験しなかったことを経験し、成長を見せた。成熟した、とも言ってよいかもしれない。でも同じくらい、麻衣も咲太と出会うことで様々な経験をし、成長した。だからこその反復、つまり麻衣と咲太の「出会い直し」が非常に鮮やかに描かれるなと感じた。単なる反復ではなく、二人が経験し、共有してきた時間を、日々の記憶をいつくしむような、反復が描かれている。

 梓川咲太は「良き兄」であり良きケアラーやカウンセラーである一方で、ただの高校生でもある。その彼が欲していたのは、彼がこれまで救ってきた女性たちと同じである。彼もまた、誰かに承認されたかったのだ。とりわけ、大切な人に。代えのいない、自分にとっての特別な人からの承認をもらうことが、彼を生き返らせることになったのだと強く感じた。同時に成熟と未熟が交差する10代後半という思春期のキャラクターを表現するのが、このシリーズはやはり抜群にうまいなと実感させられる結末だったなと思う。

 麻衣と母、咲太と母の関係性は同じように反復するわけではない。二人の間にこれからも溝はあるかもしれない。それでも互いが互いの存在を認め合うことができれば、生きていくことができる。麻衣も咲太もまだまだ成熟と未熟のあわいを生きる二人であることに変わりがないが、だからこそ二人が二人で手を取り合って生きていくことに価値があるのだと改めて感じさせられる一本であり、麻衣にとっては美しい高校生活のフィナーレだと感じた。始まりの春に咲太に救われら麻衣だからこそできる(彼女にしかできない!)「鮮やかな反復」の描写は本当に素晴らしいと感じたし、また少し強くなった彼女の姿がとても魅力的だった。

 原作がまだ順調に続いているだけに、アニメの制作の継続が発表されたのも素直にうれしい。来るべき日をまた楽しみに待ちたいと思う。それまでに原作ちゃんと追いつきましょうね。







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