2022年のベスト15冊を発表します。基本的に22年刊行の本にしていますが、一部21年の秋冬刊行も含みます。ちょっとだけ。
コメントについては、mediumに書評を書いている本はmediumのリンクを貼るので省略して、書いてない本についてはコメントしていきます。
◆単行本
1.鈴木忠平『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』
落合博満よりもあくまでその周辺、コーチであったり選手であったりの取材を濃密にこなすことで「落合博満が監督として中日にもたらしたもの」を提示してゆくタイプのスポーツドキュメンタリー。ヤクルトファン的には2011年のイメージが強いが(最後の最後に逆転されてペナントを獲得できなかった年)、内部の目線で落合がどう見られていたか、ここまで詳しく聞き取って書いたメディアはなかったと思う。プロ野球のシーズンオフに刊行されたが売れ行きも好調なようで、その価値のある一冊。
2.マルレーヌ・ラリュエル『ファシズムとロシア』
3.エドワード・J・ワッツ『ヒュパティア:後期ローマ帝国の女性知識人』
4.A.R.ホックシールド『タイムバインド:不機嫌な家庭、居心地がよい職場』
『管理される心』や前作にあたる『セカンド・シフト』がそうだったが、参与観察的なフィールドワークによって得られる生の声の一つ一つがどれも人間らしくて面白く、そして胸を打つ。学術的なノンフィクションとしてアメリカでもベストセラーになったというには、そうした本書の書きぶりも大きく影響していそうだ。本書の舞台は90年代アメリカだし、翻訳されたのもしばらく前だが、文庫版解説の筒井淳也の「現代的解題」がめちゃくちゃ重要なので2022年の本に加えた。
5.岩間 暁子・大和 礼子・田間 泰子『問いからはじめる家族社会学〔改訂版〕: 多様化する家族の包摂に向けて』
2015年に出た同書の改訂版。この7年の間に安倍政権による「女性活躍」政策が展開され、幼保無償化や子ども・子育て支援法の浸透などによって子育て支援も大きく様変わりしたが、家族社会学的にはこうしたアクチュアルなテーマをどのようにとらえることができるだろうか? というメディアがなかなか着目しない点を教科書の形で一つずつ深堀りしてゆくのがとてもよい。近代家族の成立と変容、親密圏の変化、ジェンダーやセクシャルマイノリティへの着目・・・などなど、この分野の射程は広く、これからさらに社会が変容したとしても重要さは失われない。
6.ジェフ・フレッチャー『SHOーTIME 大谷翔平――メジャー120年の歴史を変えた男』
7.額賀美沙子・藤田結子『働く母親と階層化:仕事・家庭教育・食事をめぐるジレンマ』
触れるべき話題が多いので手短に済ませるが、働く母親の置かれた労働環境や生活環境が学歴によって非常に差がついていること、そして大卒と高卒の差と同じくらい、専門卒と高卒の差が重要である可能性などについて分析されているのが面白かった。前述したホックシールドや、中野円佳(2014)などに関心のある人は手に取ってほしい一冊。
8.永田豊隆『妻はサバイバー』
◆新書
9.小泉悠『ウクライナ戦争』
10.清水晶子『フェミニズムってなんですか? 』
一冊でコンパクトにフェミニズムを理解する本がなかなかなく、故竹村和子の『フェミニズム』は優れた一冊だが20年以上前の刊行のため現代の潮流を完全に反映しているわけではないことに対する歯がゆさは長いこと持っていた。そのため、現代のフェミニズム研究者が書く、コンパクトで読みやすく、テーマも広い(例えばセックスワークに関する議論も積極的に扱っている)本書はこれからも重要な一冊になりうると思う。
11.塚原久美『日本の中絶』
女性の中絶については女性の健康の保全や女性の自己決定権などの文脈で議論されることが多く、一般的に宗教的な理由で中絶を許容しないアメリカ共和党と民主党との対立は2022年にもかなり悲しい形で実現されてしまった。そうした政治的争点になりがちなこのテーマを、日本の歴史的文脈からすくい上げる一冊。多くの先進国が中絶を法的に禁止していた時代に日本は中絶を許容し(旧優生保護法)、しかし結果的に世界の趨勢とは逆コースをたどっていく日本の戦後史のジレンマを理解することは、現代的な文脈で女性の妊娠・出産を議論する上で重要な視点だろうと感じた。
12.共同通信社運動部『アスリート盗撮』
コロナ禍の影響で外部取材が難しくなった共同の若手女性記者二人の企画からスタートし、上司の協力を得ながら作り上げていく制作過程についても興味深く読んだ。陸上や水泳、バレーボールやフィギュアスケートなどいくつかの競技でアスリート盗撮が以前から問題になっており、それぞれの業界で取り組みが行われてきたこと。ジュニアの世代への盗撮被害の広まりは、競技を目指す少女たちの門を閉ざすことにもなっていることなどが取材でつづられるが、JOCを動かす試みが印象に残った。競技ごとの取り組みも重要だが、もっと上のラインから啓発、対策を行うことがスポーツ界の健全な発展に重要なことだろうと改めて思う。
また、自分自身が陸上競技の短距離出身のため、元短距離選手だった高平慎士が積極的にこの問題に取り組んでいるのもうれしかった。高平がこの記事で語っているように、盗撮は何もスポーツの世界の問題だけではないので、スポーツ界が社会に対して発信していくことには二重の意義がある。
13.秦正樹『陰謀論』
副題に「民主主義を揺るがすメカニズム」とあるように、ソーシャルメディアを媒介とするような陰謀論の現代的流布が、実際に個人の政治的信条にどのような影響を与えているのかをさまざまな実験やサーベイで明かしていく一冊。新書だが新書クオリティを超えており(調査デザインをかなり手短に説明しているのが新書っぽいなとは思ったが)、読み応え十分。
◆文芸
14.斎藤真理子『韓国文学の中心にあるもの』
15.ファン・ジョンウン『年年歳歳』
久しぶりにファン・ジョンウンを読んだが、ある家族の歴史をシビアに、かつ優しく書き上げる良い一冊だった。歳月が人を救うことはきっとある。そしてその時に過去に思いを馳せることもまた、重要なことだ。
以上。
今年は小説が全然読めなかったことがよく分かったので来年はもっといっぱい読んでいきたい。他方でジェンダーに関する本(3,4,5,7,8,10,11,12)が非常に多く(15も女性の歴史を書いているのでジェンダーの話題には当然触れている)、そのあとに野球(1,6)や政治(2,9,13)が来るのが自分の関心を分かりやすく表しているなと感じた。
そういう2022年でした。来年もいっぱい読めますように。
コメントについては、mediumに書評を書いている本はmediumのリンクを貼るので省略して、書いてない本についてはコメントしていきます。
◆単行本
1.鈴木忠平『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』
落合博満よりもあくまでその周辺、コーチであったり選手であったりの取材を濃密にこなすことで「落合博満が監督として中日にもたらしたもの」を提示してゆくタイプのスポーツドキュメンタリー。ヤクルトファン的には2011年のイメージが強いが(最後の最後に逆転されてペナントを獲得できなかった年)、内部の目線で落合がどう見られていたか、ここまで詳しく聞き取って書いたメディアはなかったと思う。プロ野球のシーズンオフに刊行されたが売れ行きも好調なようで、その価値のある一冊。
2.マルレーヌ・ラリュエル『ファシズムとロシア』
3.エドワード・J・ワッツ『ヒュパティア:後期ローマ帝国の女性知識人』
4.A.R.ホックシールド『タイムバインド:不機嫌な家庭、居心地がよい職場』
『管理される心』や前作にあたる『セカンド・シフト』がそうだったが、参与観察的なフィールドワークによって得られる生の声の一つ一つがどれも人間らしくて面白く、そして胸を打つ。学術的なノンフィクションとしてアメリカでもベストセラーになったというには、そうした本書の書きぶりも大きく影響していそうだ。本書の舞台は90年代アメリカだし、翻訳されたのもしばらく前だが、文庫版解説の筒井淳也の「現代的解題」がめちゃくちゃ重要なので2022年の本に加えた。
5.岩間 暁子・大和 礼子・田間 泰子『問いからはじめる家族社会学〔改訂版〕: 多様化する家族の包摂に向けて』
2015年に出た同書の改訂版。この7年の間に安倍政権による「女性活躍」政策が展開され、幼保無償化や子ども・子育て支援法の浸透などによって子育て支援も大きく様変わりしたが、家族社会学的にはこうしたアクチュアルなテーマをどのようにとらえることができるだろうか? というメディアがなかなか着目しない点を教科書の形で一つずつ深堀りしてゆくのがとてもよい。近代家族の成立と変容、親密圏の変化、ジェンダーやセクシャルマイノリティへの着目・・・などなど、この分野の射程は広く、これからさらに社会が変容したとしても重要さは失われない。
6.ジェフ・フレッチャー『SHOーTIME 大谷翔平――メジャー120年の歴史を変えた男』
7.額賀美沙子・藤田結子『働く母親と階層化:仕事・家庭教育・食事をめぐるジレンマ』
触れるべき話題が多いので手短に済ませるが、働く母親の置かれた労働環境や生活環境が学歴によって非常に差がついていること、そして大卒と高卒の差と同じくらい、専門卒と高卒の差が重要である可能性などについて分析されているのが面白かった。前述したホックシールドや、中野円佳(2014)などに関心のある人は手に取ってほしい一冊。
8.永田豊隆『妻はサバイバー』
◆新書
9.小泉悠『ウクライナ戦争』
10.清水晶子『フェミニズムってなんですか? 』
一冊でコンパクトにフェミニズムを理解する本がなかなかなく、故竹村和子の『フェミニズム』は優れた一冊だが20年以上前の刊行のため現代の潮流を完全に反映しているわけではないことに対する歯がゆさは長いこと持っていた。そのため、現代のフェミニズム研究者が書く、コンパクトで読みやすく、テーマも広い(例えばセックスワークに関する議論も積極的に扱っている)本書はこれからも重要な一冊になりうると思う。
11.塚原久美『日本の中絶』
女性の中絶については女性の健康の保全や女性の自己決定権などの文脈で議論されることが多く、一般的に宗教的な理由で中絶を許容しないアメリカ共和党と民主党との対立は2022年にもかなり悲しい形で実現されてしまった。そうした政治的争点になりがちなこのテーマを、日本の歴史的文脈からすくい上げる一冊。多くの先進国が中絶を法的に禁止していた時代に日本は中絶を許容し(旧優生保護法)、しかし結果的に世界の趨勢とは逆コースをたどっていく日本の戦後史のジレンマを理解することは、現代的な文脈で女性の妊娠・出産を議論する上で重要な視点だろうと感じた。
12.共同通信社運動部『アスリート盗撮』
コロナ禍の影響で外部取材が難しくなった共同の若手女性記者二人の企画からスタートし、上司の協力を得ながら作り上げていく制作過程についても興味深く読んだ。陸上や水泳、バレーボールやフィギュアスケートなどいくつかの競技でアスリート盗撮が以前から問題になっており、それぞれの業界で取り組みが行われてきたこと。ジュニアの世代への盗撮被害の広まりは、競技を目指す少女たちの門を閉ざすことにもなっていることなどが取材でつづられるが、JOCを動かす試みが印象に残った。競技ごとの取り組みも重要だが、もっと上のラインから啓発、対策を行うことがスポーツ界の健全な発展に重要なことだろうと改めて思う。
また、自分自身が陸上競技の短距離出身のため、元短距離選手だった高平慎士が積極的にこの問題に取り組んでいるのもうれしかった。高平がこの記事で語っているように、盗撮は何もスポーツの世界の問題だけではないので、スポーツ界が社会に対して発信していくことには二重の意義がある。
13.秦正樹『陰謀論』
副題に「民主主義を揺るがすメカニズム」とあるように、ソーシャルメディアを媒介とするような陰謀論の現代的流布が、実際に個人の政治的信条にどのような影響を与えているのかをさまざまな実験やサーベイで明かしていく一冊。新書だが新書クオリティを超えており(調査デザインをかなり手短に説明しているのが新書っぽいなとは思ったが)、読み応え十分。
◆文芸
14.斎藤真理子『韓国文学の中心にあるもの』
15.ファン・ジョンウン『年年歳歳』
久しぶりにファン・ジョンウンを読んだが、ある家族の歴史をシビアに、かつ優しく書き上げる良い一冊だった。歳月が人を救うことはきっとある。そしてその時に過去に思いを馳せることもまた、重要なことだ。
以上。
今年は小説が全然読めなかったことがよく分かったので来年はもっといっぱい読んでいきたい。他方でジェンダーに関する本(3,4,5,7,8,10,11,12)が非常に多く(15も女性の歴史を書いているのでジェンダーの話題には当然触れている)、そのあとに野球(1,6)や政治(2,9,13)が来るのが自分の関心を分かりやすく表しているなと感じた。
そういう2022年でした。来年もいっぱい読めますように。
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