Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



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 アマプラでの配信は明日で終了とのことで見てみた。吹き替えで見たが、孤高の登山家である羽生役を大塚明夫が演じているのがとてもいい。最後まで頑固だが、頑固なほどに山に取り憑かれてしまったことはその演技からよく伝わってくる。なぜ命を懸けて山を登り、崖を登るのか。永遠に出ない答えを求めて彼らは山を登っているのだろう。

 原作は夢枕獏が1990年代に発表した長編小説。また、2000年代には谷口ジロー原作で漫画化されており、この2つの原作が映画のベースになっているようだ。原作小説では文庫版で1000ページを超える分量だが、今回見た映画は90分しかないのでかなり圧縮してコンパクトに作ったと思われる。また、2016年には日本映画として実写化されているが、今回見たこの映画はコロナ禍に公開されたフランスとルクセンブルクの合作ものであり、アニメーションである。登山もののアニメはないわけではないが、それほど目立ったものは少ない。

 それはどうしても実写でやるスケール感に追いつかないからだと思う。だからこのアニメも、山そのもののスケール感を出すことにはさほどこだわっていないように見えた。その代わりにこだわっているのは、「山に挑む人間の姿」である。逆に言うと、それにしかこだわりがないかもしれない。そもそも、出発点に「ジョージ・マロリーはエベレストに登頂したかどうか」という謎が提示されるのもポイント。このマロリーという登山家は実在しており、1924年の登山で行方不明になっている。75年後の1999年に遺体が発見されているが、それでも登頂したかどうか(していれば世界初の快挙)は、今もよく分かっていないらしい。

 以前『MERU』という登山のドキュメンタリーを見た時もそうだったが、登山業界では何かと「初」を目指したがる。しかし、この「初」には実は終わりがない。例えば誰かが初登頂を果たすと、次はルートを変えようとする登山家が現れたり、無酸素や単独での登頂を目指す登山家が現れる。『MERU』の場合も、このルートで初登頂を目指すという登山家とカメラマンたちのドキュメンタリーだった。『MERU』を見ていたおかげで、登山家兼記者兼カメラマンの深町が主人公をこの映画で務めているのも違和感なく受け止められる。誰が、どのように達成したのかを証拠を残す必要がある。そのために、カメラを背負った登山家の存在は重要だ。



 そのカメラマンである深町がネパールに滞在していた時、孤高の登山家(だった)羽生らしき男と遭遇する。その男が持っていたカメラは、かつてマロリーが持っていたカメラと同じだった。そのカメラは本当にマロリーの遺品だったのか・・・? というミステリーにはなりそうでならない。なぜならマロリーはもうすでに死んでいるし、同タイプのカメラというだけで、中身を見てみないと真偽は分からないからだ。そのためもう一つの謎、すれ違ったあの男は本当に羽生だったのか・・・?にスライドしてゆく。

 それ以降はもうほとんど男と男の物語である。山を登ることしか考えていない孤高の男と、地上で働きながらカメラを持って山に登ることにこだわる男。映像として優れているなと思ったのは、山の怖さを描写する点だ。山に圧倒されるだけじゃない。山に登ろうとする自分が、身体だけでなく意識のレベルで「いかに飲み込まれてゆくのか」を描写しようとする。そこに非常に見ごたえがあると言ってよい。

 どうしても二次元のレベルで山の怖さ、凄みを描こうとしても限界があることはすでに述べた。ただ、限界がある中でも山を様々な色で分けようとしたり、吹雪にまみれて視界が狭まってゆく描写を登山家目線で演出する試みはなかなかに良い。アニメであることには変わりないが、アニメであるのに非常にリアリティがあるのだ。前半にはクライミング中の滑落も描かれるが、落ちる瞬間だけでなく落ちたあとの絶望的な心境を描写することにも余念がない。だから徹底的にこの映画は、山を描き、人を描くアニメだ。

 山に囚われたら最後、常に死が待っているかというとそういうわけではないだろう。しかし危険な挑戦に挑めば挑むほど、死の確率は上昇する。だからと言って、はじめから死を恐れていては何もできない。死ぬかもしれないが、登ることはやめられない。究極的な選択のその先を、アニメーションのレベルで可能な限り演出しようとする試みは本当に見事だった。




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