前編はこちらから http://blog.livedoor.jp/burningday/archives/52027905.html
◆「働く」にまつわる物語
みゃーもりの数々の内省や、2クール目から登場した平岡が表しているように、お仕事ものとしての『SHIROBAKO』という要素がもっとも多くの人の共感を誘ったような気がする。
なのでさっきのクリエイターという要素からは少し離れて、そんな「働く」ことにまつわる物語を、いくつか。
柴崎友香『フルタイムライフ』
小説。みゃーもり枠。
お仕事ものということと、『SHIROBAKO』の宮森あおいに合わせた新社会人ものとして真っ先に思いついたのがこの一冊。
柴崎友香が大学を卒業したばかりの大阪の新入社員の女の子の一年を追いかけるということで、武蔵境周辺や多摩地域の地名が具体的に描写された『SHIROBAKO』のように大阪の土地という場所が強調される。通勤の風景や、会社の工場まで電車で遠出しながら眺める風景。会社の中の風景や人間関係はもちろん、会社の外(=大阪という街)までも具体的に書き出してこそフルタイム「ライフ」というタイトルにふさわしい。
社会人として一年間過ごすということがどういうことなのかは個人差があるとは思うが、仕事というものに触れていくプロセスから得られる感覚は大きい。
参考:『フルタイムライフ』書評(@ Daily Feeling)
宮下奈都『スコーレ No.4』
もう一つ、「働く」に関する小説を挙げるならこれも外したくなかった。4作収められている連作短編集。
スコーレとはSchole、つまり学校のことで、主人公である津川麻子の学生時代から社会人になるまでの過程が4つの短編になってまとまっている。学生時代のエピソードもなかなかうまく作られているのだが、学生時代の3つの短編(中学、高校、大学編)を読んだあとに読む最後の社会人編のお話がなかなかいいのだ。
もしかすると、最後の一本だけを読んだとしてもいい話だな、程度で終わったかもしれない。仕事で経験する挫折とそれを乗り越える経験というよくありがちなテーマも、小説の最後の最後だからこそカタルシスを持つ。
その点、『SHIROBAKO』8話の絵麻や23話のずかちゃんはまさに、『スコーレNo.4』の主人公、麻子の気持ちとリンクしているはずだ。かつて少女だった一人の女の子が自立した一人の女性になっていく、そんな瞬間が、絵麻やずかちゃんの(本編では描かれなかった)将来ともリンクするかもしれない。
川上弘美『古道具 中野商店』
小説。連作短編集。
川上弘美は最近になってからいくつか読み始めたくらいなので多くを知っているわけではないが、本作で描かれる「中野商店」は『SHIROBAKO』におけるムサニよろしく多種多様なキャラクターが行き交う場所として非常に味わい深い。
中野商店で働いている人は限られているが、それぞれ理由があってこの商店に集ってしまう人たちの抱えるそれぞれの日常を一つずつ川上弘美は書いていく。他人の日常をのぞき込むとそこには人生のつらさや面白さが様々浮かび上がっていることに気づくのだが、彼らの交差点としての「中野商店」が適度なクッションとして機能していることにも気づく。
結局のところ、やりたいことがあったとしても、ふさわしい人と場所がなければ働き続けることは難しい。人生を生きていく、その過程で「働く」ということはどのような生活(life)を生み出すのか。川上弘美の見せる様々な生活の、その優しさが嬉しい。
◆ノンフィクション枠
いままではフィクションにおいて表現することや働くことにまつわる物語を紹介してきたが、じゃあ翻ってリアルワールドではどうなんだろう、ということで表現枠と働く枠で気になる一冊をそれぞれ紹介しつつしめくくってみる。
水樹奈々『深愛』
エッセイ。ずかちゃん枠。
いまでこそ天下奈々様であるわけだけど、元々演歌歌手を目指して愛媛から(高校進学を機に)上京してきた彼女の半生を振り返ると、どれだけ波瀾万丈な人生に包まれているかがよく分かる。読みながら、不覚にも何度か涙腺が大きく緩んだのを覚えている。
23話におけるずかちゃんの笑顔(&宮森の涙)と、布石になった22話の暗い部屋のシーンを思い返すまでもなく、競争の激化する声優市場で生き残っていくことは容易ではない。だからこそ、生き残ることができ、かつピラミッドの頂点に立ち続ける人の見せる物語はフィクションを優に凌駕してしまうのだろう。
信じることと、愛すること。いまにつらなる水樹奈々のパワーの源泉がつまっている一冊。
天野こずえ『AQUA』、『ARIA』
マンガ。タイトルは違うが続きものになっており、『AQUA』が全2巻、『ARIA』が全12巻。また、アニメが2005年〜2008年の間に3期(4クール)とOVAが作られている。
本作に関しては改めて説明するまでもないかもしれないが、灯里、藍華、アリスという3人の新人ウンディーネ(舞台となるネオ・ベネツィアでゴンドラ乗りの仕事を意味する呼称)をメインに据えた群像劇。新人から始まった彼女たちが最終的には素晴らしい成長を遂げて大団円を迎えるわけだけど、多くの悲喜交々が14巻の中にしっかりつまっている。
日常の大切さであるとか、人間関係の豊かさであるとか、街の魅力であるとか、このシリーズの醍醐味を表すとキリがないのだけれど、個人的には藍華とその師匠である晃との関係性が一番のお気に入りだった。
晃は藍華に対して基本的には厳しく、でも仲のよい友人としても接する人なつっこさもある。厳しさの裏にある優しさと、優しいからこそ厳しく向き合う場面は藍華の成長を心から願っているからであり、藍華も晃の背中を追うために灯里やアリスたちと日々修行にはげむことになる。
灯里やアリスのような天才(天然)肌と違って、最初から最後まで努力の人であり続ける藍華が最終12巻で見せる笑顔と涙はほんとうに素晴らしかった。
というわけで、ほとんど文句なしにオススメの一冊です。お仕事ものと言えばお仕事ものだけど、むしろ合間に息抜きに読んだときにこそパワーをもらえる不思議な作品。後にも先にも同じものはそう簡単には出てこまい。
エンリコ・モレッティ『年収は「住むところ」で決まる 雇用とイノベーションの都市経済学』
最後にあえて本作を持ってきたのは、いままで経済学的な話をほとんどしていなかったから。最近出た本の中で、働くことと経済学がよりリアルな次元で結びついているのはこの一冊だろうと思う。
本作に挙げられているのはアメリカの各地方で収集されたケースだが、年収という従属変数に対して、職業よりも住むところのほうが独立変数として重要になってきている、という議論をしている。
つまりこれはどの都市に住み、暮らすかが年収にとっては重要だということだ。成長都市に住めばどのような職業でも平均して賃金が高いのに、縮小していく都市では低いままでとどまるということ。同じ仕事を選んだとしても都市によって大きく賃金が異なるのは自由の国アメリカならではかもしれないが、最低賃金のレベルでも大きく地域差がある日本でも適用できないわけではない。
あくまで年収の話が重要な部分かというと、単純にそういうわけでもない。健康や寿命にも地域差があり、都市の成長度は教育の成果にも表れてしまう。
より経済学的な部分では、成長都市では人的資本で正の外部性が働く(優秀な同僚や隣人から多くのいい影響を受ける)ことや、リチャード・フロリダのクリエイティブ都市構想の欠点を批判している部分がなかなかエキサイティングだ。
いままではずっと何をするかとか働くとはどういうことかについての本を紹介してきたが、一つの注目すべきリアルワールドの現実として、本作に目を通すのは悪くない。将来の進路を選ぶ基準の一つにもなりうるだろう
そんなわけで、以上マンガ4作、学術書3作、小説4作(うちラノベ1作)、エッセイ1作の12選でした!
マンガやラノベは1冊では全然終わらないわけですが、『SHIROBAKO』ロスなあなたに、よりどりみどりでお選びくださいな、と。
◆「働く」にまつわる物語
みゃーもりの数々の内省や、2クール目から登場した平岡が表しているように、お仕事ものとしての『SHIROBAKO』という要素がもっとも多くの人の共感を誘ったような気がする。
なのでさっきのクリエイターという要素からは少し離れて、そんな「働く」ことにまつわる物語を、いくつか。
柴崎友香『フルタイムライフ』
小説。みゃーもり枠。
お仕事ものということと、『SHIROBAKO』の宮森あおいに合わせた新社会人ものとして真っ先に思いついたのがこの一冊。
柴崎友香が大学を卒業したばかりの大阪の新入社員の女の子の一年を追いかけるということで、武蔵境周辺や多摩地域の地名が具体的に描写された『SHIROBAKO』のように大阪の土地という場所が強調される。通勤の風景や、会社の工場まで電車で遠出しながら眺める風景。会社の中の風景や人間関係はもちろん、会社の外(=大阪という街)までも具体的に書き出してこそフルタイム「ライフ」というタイトルにふさわしい。
社会人として一年間過ごすということがどういうことなのかは個人差があるとは思うが、仕事というものに触れていくプロセスから得られる感覚は大きい。
参考:『フルタイムライフ』書評(@ Daily Feeling)
宮下奈都『スコーレ No.4』
もう一つ、「働く」に関する小説を挙げるならこれも外したくなかった。4作収められている連作短編集。
スコーレとはSchole、つまり学校のことで、主人公である津川麻子の学生時代から社会人になるまでの過程が4つの短編になってまとまっている。学生時代のエピソードもなかなかうまく作られているのだが、学生時代の3つの短編(中学、高校、大学編)を読んだあとに読む最後の社会人編のお話がなかなかいいのだ。
もしかすると、最後の一本だけを読んだとしてもいい話だな、程度で終わったかもしれない。仕事で経験する挫折とそれを乗り越える経験というよくありがちなテーマも、小説の最後の最後だからこそカタルシスを持つ。
その点、『SHIROBAKO』8話の絵麻や23話のずかちゃんはまさに、『スコーレNo.4』の主人公、麻子の気持ちとリンクしているはずだ。かつて少女だった一人の女の子が自立した一人の女性になっていく、そんな瞬間が、絵麻やずかちゃんの(本編では描かれなかった)将来ともリンクするかもしれない。
川上弘美『古道具 中野商店』
小説。連作短編集。
川上弘美は最近になってからいくつか読み始めたくらいなので多くを知っているわけではないが、本作で描かれる「中野商店」は『SHIROBAKO』におけるムサニよろしく多種多様なキャラクターが行き交う場所として非常に味わい深い。
中野商店で働いている人は限られているが、それぞれ理由があってこの商店に集ってしまう人たちの抱えるそれぞれの日常を一つずつ川上弘美は書いていく。他人の日常をのぞき込むとそこには人生のつらさや面白さが様々浮かび上がっていることに気づくのだが、彼らの交差点としての「中野商店」が適度なクッションとして機能していることにも気づく。
結局のところ、やりたいことがあったとしても、ふさわしい人と場所がなければ働き続けることは難しい。人生を生きていく、その過程で「働く」ということはどのような生活(life)を生み出すのか。川上弘美の見せる様々な生活の、その優しさが嬉しい。
◆ノンフィクション枠
いままではフィクションにおいて表現することや働くことにまつわる物語を紹介してきたが、じゃあ翻ってリアルワールドではどうなんだろう、ということで表現枠と働く枠で気になる一冊をそれぞれ紹介しつつしめくくってみる。
水樹奈々『深愛』
エッセイ。ずかちゃん枠。
いまでこそ天下奈々様であるわけだけど、元々演歌歌手を目指して愛媛から(高校進学を機に)上京してきた彼女の半生を振り返ると、どれだけ波瀾万丈な人生に包まれているかがよく分かる。読みながら、不覚にも何度か涙腺が大きく緩んだのを覚えている。
23話におけるずかちゃんの笑顔(&宮森の涙)と、布石になった22話の暗い部屋のシーンを思い返すまでもなく、競争の激化する声優市場で生き残っていくことは容易ではない。だからこそ、生き残ることができ、かつピラミッドの頂点に立ち続ける人の見せる物語はフィクションを優に凌駕してしまうのだろう。
信じることと、愛すること。いまにつらなる水樹奈々のパワーの源泉がつまっている一冊。
天野こずえ『AQUA』、『ARIA』
マンガ。タイトルは違うが続きものになっており、『AQUA』が全2巻、『ARIA』が全12巻。また、アニメが2005年〜2008年の間に3期(4クール)とOVAが作られている。
本作に関しては改めて説明するまでもないかもしれないが、灯里、藍華、アリスという3人の新人ウンディーネ(舞台となるネオ・ベネツィアでゴンドラ乗りの仕事を意味する呼称)をメインに据えた群像劇。新人から始まった彼女たちが最終的には素晴らしい成長を遂げて大団円を迎えるわけだけど、多くの悲喜交々が14巻の中にしっかりつまっている。
日常の大切さであるとか、人間関係の豊かさであるとか、街の魅力であるとか、このシリーズの醍醐味を表すとキリがないのだけれど、個人的には藍華とその師匠である晃との関係性が一番のお気に入りだった。
晃は藍華に対して基本的には厳しく、でも仲のよい友人としても接する人なつっこさもある。厳しさの裏にある優しさと、優しいからこそ厳しく向き合う場面は藍華の成長を心から願っているからであり、藍華も晃の背中を追うために灯里やアリスたちと日々修行にはげむことになる。
灯里やアリスのような天才(天然)肌と違って、最初から最後まで努力の人であり続ける藍華が最終12巻で見せる笑顔と涙はほんとうに素晴らしかった。
というわけで、ほとんど文句なしにオススメの一冊です。お仕事ものと言えばお仕事ものだけど、むしろ合間に息抜きに読んだときにこそパワーをもらえる不思議な作品。後にも先にも同じものはそう簡単には出てこまい。
エンリコ・モレッティ『年収は「住むところ」で決まる 雇用とイノベーションの都市経済学』
最後にあえて本作を持ってきたのは、いままで経済学的な話をほとんどしていなかったから。最近出た本の中で、働くことと経済学がよりリアルな次元で結びついているのはこの一冊だろうと思う。
本作に挙げられているのはアメリカの各地方で収集されたケースだが、年収という従属変数に対して、職業よりも住むところのほうが独立変数として重要になってきている、という議論をしている。
つまりこれはどの都市に住み、暮らすかが年収にとっては重要だということだ。成長都市に住めばどのような職業でも平均して賃金が高いのに、縮小していく都市では低いままでとどまるということ。同じ仕事を選んだとしても都市によって大きく賃金が異なるのは自由の国アメリカならではかもしれないが、最低賃金のレベルでも大きく地域差がある日本でも適用できないわけではない。
あくまで年収の話が重要な部分かというと、単純にそういうわけでもない。健康や寿命にも地域差があり、都市の成長度は教育の成果にも表れてしまう。
より経済学的な部分では、成長都市では人的資本で正の外部性が働く(優秀な同僚や隣人から多くのいい影響を受ける)ことや、リチャード・フロリダのクリエイティブ都市構想の欠点を批判している部分がなかなかエキサイティングだ。
いままではずっと何をするかとか働くとはどういうことかについての本を紹介してきたが、一つの注目すべきリアルワールドの現実として、本作に目を通すのは悪くない。将来の進路を選ぶ基準の一つにもなりうるだろう
そんなわけで、以上マンガ4作、学術書3作、小説4作(うちラノベ1作)、エッセイ1作の12選でした!
マンガやラノベは1冊では全然終わらないわけですが、『SHIROBAKO』ロスなあなたに、よりどりみどりでお選びくださいな、と。
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