
早稲田文学5

スタッキング可能
松田青子を初めて読んだのは通っている大学の人たちが出している文芸誌『早稲田文学』のπ号(3号と4号の間という意味での増刊号)に掲載されていた「もうすぐ結婚する女」という短編である。発の単行本となった本作にも収められているが、ユニークな文章でいて展開の作り方に長けている印象を受けた。特別なことが起こるわけではないのだが、視点の持ち方で世界の見え方は変わってくる。そんな印象だ。
本作には表題作「スタッキング可能」を含む3つの短編と、さらに3つの連作的ショートショートがおさめられている。いずれも『早稲田文学』関連の誌面に発表されていたもので、『早稲田文学』によって発掘された作家と言ってもいいだろう。1979年生まれでの単著デビューは最近の若手作家の隆盛からすると特別早いわけではないが、黒田夏子が75歳で芥川賞を受ける時代なので若さだけが喧伝される必要もかつてほどないのかもしれない。ちなみに松田と黒田は『早稲田文学』5号でともに表紙とグラビアを飾っている(記事一番上の画像)という巡り合わせもあったりする。
話がそれたが、本作に収められている3つの短編はそれぞれなかなかに白眉といっていい。いずれにおいても松田節と言わんばかりの独特の文体のリズムがあって、評価するのはいずれも簡単ではないのだが、文章として読む分にはかなり面白い部類に入るだろうと思う。具体的な記述だけが何かを訴えるものではないのだ、と。
「スタッキング可能」 はA田とB田が会話をしていると思いきや、そのあとを受けるようにC川だのD田だのやたらと素顔の見えない登場人物が多数入り乱れる、いわば人の取り替え可能性をつきつめたような小説になっている。スタッキングとは積み重ねるという程度の意味らしいが、人の名前が何重にも積み重なっていくのは壮観でもある。ある会社のオフィスが舞台になっているらしいことは分かるので、その熱気を十分に伝えてくれる。しかしながら個人は取り替え可能な匿名的存在でしかない。無情なことに。
「スタッキング可能」が個人を匿名的に描くことである種の悲哀や皮肉を書き出したものだとするなら、「マーガレットは植える」と「もうすぐ結婚する女」は個人と個人の関係に焦点を当てたものなので、少し質が異なる。松田らしいのは、後者の2作においても個人を明確に名指ししないことではあるが、前述したように具体的に書きすぎないことによって新しい表現のありかたを模索しているようでもある。
「マーガレットは植える」は3.11後に出版された『早稲田文学』記録増刊 震災とフィクションの”距離”におさめられたものであるため、震災や3.11といった事象に何らかの意識が向けられているのは分かる。逆に、それ以外のことを読み取るのは難しい。「スタッキング可能」の積み重ねと比較して言うなら、「マーガレットは植える」は植えるという行為の反復だ。反復することによって希望を見いだす方法があるとするなら、この小説の終わり方にあるのがひとつの方法だろう。ベタな気はするけども、小説の終盤にリズムがいったん加速したあとに見いだしたものであるなら悪いものでもない。
さて、個人的に一番気に入っているのが初めて読んだ「もうすぐ結婚する女」である。お話としての筋道はいちおうあって、もうすぐ結婚する女の行為やもうすぐ結婚する女に対する雑感を語り手がだらだらと述べていくうちに、ある女の視点に切り替わって終わる。「マーガレットは植える」と違い何人かの登場人物と、視点の幅が出てくるが、「マーガレットは植える」に近いのはお話の終わらせ方の明るさだろう。いずれにおいても、行為の描写が続きこそすれ、明確な筋立ては見えにくい。そうなるとどこかでぶつっと切るように終わらせるしかないが、「マーガレットは植える」よりももっと自然な形で、かつ今までの筋立てを見失うことなく終わらせられたのが「もうすぐ結婚する女」という掌編だろうと思う。結婚にまつわるあれやこれやはそれだけで話の種になるとしても、それでもひとつの小説としてどうやって見立てるかは作家の腕によるものだ。
最後に。ショートショートの3編というのは「ウォータープルーフ嘘ばっかり!」と「ウォータープルーフ嘘ばっかり!」と「ウォータープルーフ嘘ばっかりじゃない!」の3編である。書き方としては「スタッキング可能」に近い匿名性とリズムのよさがある。前2編はまっったく同じ表題だが違うものとして書かれている。いずれも続きものとして書かれているようだが、本書の構成として入れ子構造になっているのが面白い。これらの3編の描かれている世界はいずれも同じなのだろうと考えられるが、何らかの明確な断絶があるのだ。その断絶を戯画化、あるいは皮肉めいて嘘ばっかり!だとか嘘ばっかりじゃない!という形でまとめてしまうのが松田青子という作家、ということらしい。ということにとりあえずしておこう。
いろいろ書いてきたが、いずれにしてもただの言葉遊びではないし、ただの散文ではなくてこれは小説だ。今後何らかの賞レースにのぼってきたときに文壇が彼女にどのような評価を下すのかが個人的には気になっている。たぶん「マーガレットは植える」や「もうすぐ結婚する女」のような形で書く限りにおいては、舞城王太郎よりはふつうに評価されそうな気もするが、まあそれはまた別の話ということで筆を置く。
コメント
コメント一覧 (1)
同じ作品を何度も読み返してしまいましたが、
何度読み返しても面白かったです。
いや、言葉遊びというか、ちょっと初めての経験かも。
なんか客観的に見えるんだけど、説明っぽくないし。
ネットで松田さんの解説をしているサイトを見つけたので
貼っておきます。
http://www.birthday-energy.co.jp
毒つくのは・・・らしいけど、それもふんだんに含めつつ
今後もがんばってほしいかも。
次の作品も楽しみにしてようかな。