著者:有川浩
出版:角川書店(2007)、角川文庫(2010)
文庫版帯には「男前な彼女たちの制服ラブコメシリーズ第一弾!!」とあるが、本当にラブコメだらけの(全ててはないが)本作である。たぶん第二弾は『ラブコメ今昔』であろう。
本作は自衛隊シリーズの番外編的部分に位置づけられる短編集で、あの話の続編もあれば、独立した自衛隊話もアリ、ということになっている。有川浩らしい情熱的でもあり、シリアスな展開もありつつも、基本的には堅い方向には流れないことが功を奏している作品群である。
文章がめちゃくちゃいいわけではないが、そのあたりのバランス感覚は作家として素晴らしいと思っている。独自の路線を貫くことで納得させられる部分は多い。日本においてだからこそ、成立している部分もあるかもしれないが。
本作は6編収められていて、「ロールアウト」だけはやや色が違うが、他5編の大きな要素は実にシンプルだ。つまり、自衛隊にとって恋をすること(結婚も含めて)とはいったい何なのか、ということである。『塩の街』以降の自衛隊シリーズではそれぞれにある事件を描きつつ、その中で揺れ動く人間模様や恋愛感情について書ける範囲で書いてきた、と思ってる。
ただそこでは恋愛感情は当然ストーリーを際だたせる要素でしかなかった。だからかどうかは分からないが、恋愛がメインに据えられている本作は番外編的位置づけとしてとらえられるだろうし、ある意味有川浩が書きたくてどうしようもなかったことなのかもしれない。彼女の小説の中でだだ甘でベタベタな恋愛、というのは通例であるので。
色が違うと書いた「ロールアウト」も、自衛隊という男組織の中で女性がどう振る舞っているのか、どう振る舞えないのか、について書いた話であるから、これも長編で細かく書けなかったことには変わりない。女性目線というものを男社会に食い込ませるのがいかに難しいか、というのが「ロールアウト」のテーマで、デリカシーの問題がいかに問題にならないか、が面白くもあるが切実に描写されている。
いくら男女共同参画だという文言があっても、自衛隊だけでなく多くの社会は男社会である。そういう意味では男性読者にはズバズバ突きつけられる女性の素の感情がこもっているのが「ロールアウト」の醍醐味。
逆に「国防レンアイ」では素直になれない女性像として三池舞子という三曹が登場する。分かってもらえないつらさ、という意味では「ロールアウト」宮田絵里に通じるところもあって興味深い。男性社会である以上声に出すことが難しく感じる絵里と、自衛隊という特殊な職業上、外側からの不理解に苦しむ舞子。
それは「ファイターパイロットの君」に出てくる『空の中』のヒロインでもあった光稀が自分の娘に対して持っている悩みとも通じるものがある。確かに自衛隊員というのは国家公務員とは言ってもただの役人ではないし、かと言って軍人というわけでもない、この国では特異中の特異の存在だ。
そのせいか、多くの登場人物は不理解を当たり前のものとして受け入れているように描写されている。ただ、当たり前と言っても当然悩みはする。そういう人間らしさのリアルさが諸処に際だっていて、本作を通じて有川浩が埋もれた感情を代弁しているような、そんな気もした。
「クジラの彼」と「有能な彼女」は『海の底』でも活躍した夏木と冬原の、それぞれの恋のお話。長編を読んでいると意外な本音が見えてきたりで面白いが、「クジラの彼」はこれもまた不理解という観念に関係するお話でもあり、また本作の中で一番笑える話でもある。彼女の書く人間像がきわめて等身大であるので、ああいうアホなヤツもいるよなあ、と変に共感させられるのかもしれないが。「有能な彼女」では成長した望も登場、そしてその望みに対して夏木は・・・というお話。
「脱柵エレジー」という短編が、自衛隊の実情と現実、について一番リアルに書かれているように思う。この短編は特定の個人に焦点をあてるというよりは、自衛隊の存在や規律、つまり”自衛隊なるもの”の中において人がどういう行動様式をとってしまうのか。またそれに対して周りはどう厳しく、どう寛容なのか。
地方では就職先の一つとして自衛隊が存在しているという現状も一方ではあり、普通の人が自衛隊という組織にどう染まっていくのか、というのも一端ではあるがのぞき見ることが出来る。脱柵、という聞き慣れない単語にも、そのあたりが象徴されているようだ。こういうストーリーを書けると言うことは有川の取材力に依るところも大きいのだろう。
文庫版解説では杉山松恋が有川浩の硬軟をうまく織り交ぜるスタイルについて解説している。意外とまともな、と言っては失礼だけど納得できる部分が多かったのでそちらもぜひ。
たとえば古処誠二の書く戦争ものは硬をつきつめて人間を書くが、有川は軟の路線でどう等身大の人間像、特に自衛隊にまつわる人間像を書けるか、にこだわっているのだろうな。軟だからと言ってライトにすればいいわけでもなく、確かな取材とそれに裏付けされるリアルさ、そしていくら特異な職業とは言え誰もが人間であるという、当たり前の共感を改めて突きつけられる。
そのことが楽しくてたまらないのが、本作である。
出版:角川書店(2007)、角川文庫(2010)
文庫版帯には「男前な彼女たちの制服ラブコメシリーズ第一弾!!」とあるが、本当にラブコメだらけの(全ててはないが)本作である。たぶん第二弾は『ラブコメ今昔』であろう。
本作は自衛隊シリーズの番外編的部分に位置づけられる短編集で、あの話の続編もあれば、独立した自衛隊話もアリ、ということになっている。有川浩らしい情熱的でもあり、シリアスな展開もありつつも、基本的には堅い方向には流れないことが功を奏している作品群である。
文章がめちゃくちゃいいわけではないが、そのあたりのバランス感覚は作家として素晴らしいと思っている。独自の路線を貫くことで納得させられる部分は多い。日本においてだからこそ、成立している部分もあるかもしれないが。
本作は6編収められていて、「ロールアウト」だけはやや色が違うが、他5編の大きな要素は実にシンプルだ。つまり、自衛隊にとって恋をすること(結婚も含めて)とはいったい何なのか、ということである。『塩の街』以降の自衛隊シリーズではそれぞれにある事件を描きつつ、その中で揺れ動く人間模様や恋愛感情について書ける範囲で書いてきた、と思ってる。
ただそこでは恋愛感情は当然ストーリーを際だたせる要素でしかなかった。だからかどうかは分からないが、恋愛がメインに据えられている本作は番外編的位置づけとしてとらえられるだろうし、ある意味有川浩が書きたくてどうしようもなかったことなのかもしれない。彼女の小説の中でだだ甘でベタベタな恋愛、というのは通例であるので。
色が違うと書いた「ロールアウト」も、自衛隊という男組織の中で女性がどう振る舞っているのか、どう振る舞えないのか、について書いた話であるから、これも長編で細かく書けなかったことには変わりない。女性目線というものを男社会に食い込ませるのがいかに難しいか、というのが「ロールアウト」のテーマで、デリカシーの問題がいかに問題にならないか、が面白くもあるが切実に描写されている。
いくら男女共同参画だという文言があっても、自衛隊だけでなく多くの社会は男社会である。そういう意味では男性読者にはズバズバ突きつけられる女性の素の感情がこもっているのが「ロールアウト」の醍醐味。
逆に「国防レンアイ」では素直になれない女性像として三池舞子という三曹が登場する。分かってもらえないつらさ、という意味では「ロールアウト」宮田絵里に通じるところもあって興味深い。男性社会である以上声に出すことが難しく感じる絵里と、自衛隊という特殊な職業上、外側からの不理解に苦しむ舞子。
それは「ファイターパイロットの君」に出てくる『空の中』のヒロインでもあった光稀が自分の娘に対して持っている悩みとも通じるものがある。確かに自衛隊員というのは国家公務員とは言ってもただの役人ではないし、かと言って軍人というわけでもない、この国では特異中の特異の存在だ。
そのせいか、多くの登場人物は不理解を当たり前のものとして受け入れているように描写されている。ただ、当たり前と言っても当然悩みはする。そういう人間らしさのリアルさが諸処に際だっていて、本作を通じて有川浩が埋もれた感情を代弁しているような、そんな気もした。
「クジラの彼」と「有能な彼女」は『海の底』でも活躍した夏木と冬原の、それぞれの恋のお話。長編を読んでいると意外な本音が見えてきたりで面白いが、「クジラの彼」はこれもまた不理解という観念に関係するお話でもあり、また本作の中で一番笑える話でもある。彼女の書く人間像がきわめて等身大であるので、ああいうアホなヤツもいるよなあ、と変に共感させられるのかもしれないが。「有能な彼女」では成長した望も登場、そしてその望みに対して夏木は・・・というお話。
「脱柵エレジー」という短編が、自衛隊の実情と現実、について一番リアルに書かれているように思う。この短編は特定の個人に焦点をあてるというよりは、自衛隊の存在や規律、つまり”自衛隊なるもの”の中において人がどういう行動様式をとってしまうのか。またそれに対して周りはどう厳しく、どう寛容なのか。
地方では就職先の一つとして自衛隊が存在しているという現状も一方ではあり、普通の人が自衛隊という組織にどう染まっていくのか、というのも一端ではあるがのぞき見ることが出来る。脱柵、という聞き慣れない単語にも、そのあたりが象徴されているようだ。こういうストーリーを書けると言うことは有川の取材力に依るところも大きいのだろう。
文庫版解説では杉山松恋が有川浩の硬軟をうまく織り交ぜるスタイルについて解説している。意外とまともな、と言っては失礼だけど納得できる部分が多かったのでそちらもぜひ。
たとえば古処誠二の書く戦争ものは硬をつきつめて人間を書くが、有川は軟の路線でどう等身大の人間像、特に自衛隊にまつわる人間像を書けるか、にこだわっているのだろうな。軟だからと言ってライトにすればいいわけでもなく、確かな取材とそれに裏付けされるリアルさ、そしていくら特異な職業とは言え誰もが人間であるという、当たり前の共感を改めて突きつけられる。
そのことが楽しくてたまらないのが、本作である。
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