別れの痛みをここまで強烈に、しかも若さというエネルギーを伴って表現した曲も珍しい。様々なレトリックとゆのみPの映像がかみあって公開4週間で46万再生を超えた曲である。俺も毎日聞いてます。パソコンでも、手元の端末のプレーヤーでも。
映像が音楽に合ってるなあ、ということは多々ある。だが、この曲は映像があるからこそ生まれた世界があるのだろうと思う。映像がなくても曲を聴いた個々人の中に世界はできるし、作曲したDixieさんの中にも世界があることだろう。映像があることでそれを集約してしまうというある意味ではマイナスなものもあるが、映像があることで解釈を大幅に広げてしまったからたまったものじゃない。もちろんあくまでも音楽が主体なのだが、音楽と映像が組み合わさって『Just Be Friends』という創作物が存在する、としたほうが説得力があるだろう。
ゆのみさんの「JBFのPVには救いがありません。わざとそういう構成にしました。
最後には別れの絶望感が残るだけです」というコメントが印象に残る。救いのなさ、絶望。映像から受けるイメージは確かに救いのなさであるが、音楽そのものから受けるイメージは後悔だと思った。
Dixieさんは「仕方なく別れることもあるよね。夢の為とか、お互いの為とか・・・
色々理由はあるけどさ、悲しいものは悲しいし、辛いものは辛い」とゆのみさんに語ったらしい。仕方なさ、というのも一歩進めたときに、状況が仕方ないのは何らかの後悔があるからではないかと考えた。最初のほうにある歌詞”僕らはこんなことしたかったのかな”からも伺える。そのあと”彼”は栓を抜いて状況を打破しようと考えた。打破した先には当然のように何も残ってなかった。彼はつぶやく。”所詮こんなものさ”と。2番の”今を過去に押しやって 二人傷つく限り傷ついた”もやっぱり後悔だと思う。極めつけが最後のサビに向かうまでの”一度だけ 一度だけ 願いが叶うのならば何度でも生まれ変わって あの日の君に逢いに行くよ”だろうね。
映像の中ではふたりが近い場所にいるのにコミュニケーションがとれたてないことからはっきりとした断絶があるのだろうというのは伺える。
乗り越えられる後悔もあれば、乗り越えられない後悔もある。乗り越えられないからそれが本当の意味で救いがないのかどうかは、人生という長いスパンから見ると分からないんじゃないか。2人の関係に対しては救いはないけれど、2人のそれぞれの人生に救いがなくなった訳じゃない。
あの2人がすぐに笑って再会できるとは思わない。ただ時間が解決してくれることも多々ということ、時間が経って2人が全然違う2人になったときにこそ「Just Be Friends」という言葉が響くと思う。そうなれるかどうかも分かんないけど、時間が経てばネガティヴな思い出も笑って振り返ることができる可能性はあるし、「Just Be Friends」というタイトルは音楽や映像を見る限り皮肉にしか見えないけど、2人の関係に救いがないからこそいつかの未来には2人が友達として向き合っているといいな、というDixieさんのメッセージなんじゃないだろうか。
歌詞や映像の解釈は大量のコメントを見る限りされてるけど、タイトルに対してはあまりなかったような気がしたので、タイトルにもつっこんでみました。音楽自体はネガティヴの極み。だからこそ、ある意味ではポジティヴでシンプルなタイトルが印象に残るよね。
後悔という言葉から過去を想い、過去を想うことで未来を見据える。そういう曲だと、俺は思っている。
コメント
コメント一覧 (4)
だいぶ前の記事みたいで、見て頂けるか分からないけれど。
この曲を聴くと涙が止まらなくて、本当に救われなかった。
でも、私はあなたの解釈に救われました。
ありがとう。心から。
JBFという曲の知名度もあってかいまでも読まれているらしいことはアクセス解析などで知っていたのですが、こうしてコメントをいただけてうれしく思います。
最初にこの曲を聴いたのは記事を投稿した2009年7月なのでもうずいぶん前のことのように思いますが、動画と曲がここまで相まって鮮烈な曲はいまでも貴重だと思いますね。
終止鬱々とした失恋の経緯が曲や動画でつづられるなか、最後のほうで一気に晴れる(ように見える)展開がこの曲のなかで一番好きです。
なので後悔というネガティブなものを認めつつ、後悔から生まれる未来を肯定的にとらえようとする意志を感じ取りました。
もちろん解釈というかぎりですが、共感していただけてありがとう、という気持ちです。
この歌詞はひたすら別れの悲しみを描いているな、とは感じていたのですが、タイトルの意味は考えていませんでした。
元々、徹頭徹尾今と過去に絶望しきることで未来への希望へと目を向けさせていると解釈していたのですが、あなたのタイトルの解釈がそれに寄り添ってくれるようで嬉しかったです。
ありがとうございます。
返信が遅くなってしまい、申し訳ありません。
2009年の楽曲を今でも聴いている人がいて、2009年に書いたこのブログエントリーを読んでいる人がいるのだというのがまず、純粋に嬉しかったです。
単なる別れの曲にしては、音楽もミュージックビデオもあまりにも美しすぎるんですよね。
だからこそ、「未来のために関係を断ち切る」ための楽曲だったと、いまでも解釈しています。