監督:滝田洋二郎
脚本:小山薫堂
主演:本木雅弘、広末涼子
劇場:新宿ジョイシネマ
モントリオールや中国の映画祭で賞をとるなどベネチア映画祭以上に日本映画界を盛り上げた(のではないか)本作はロングランも決定したらしい。新宿のある映画館でこれを見たのはその劇場での公開最終日だったので人はまばらだったが、老若男女のカップルが目立っていたのを覚えている。大切な人と見るのもよしだが、一人で浸るには十分すぎる映画だろう。久石譲の音楽がまた抜群にいい。
本木雅弘演じる二宮大悟はあるオーケストラのチェロ奏者だったがある日突然オーケストラが解散する。借金もあることから道具を売りさばき故郷の山形県酒田市の実家に妻と帰ることに。そこで職探しを始めて見つけた会社がNKエージェント。訪ねていくと納棺(NouKan)を行う小さな会社だった。即採用になった大悟は妻に仕事のことを告げられないまま納棺師になることに。
この映画はある見方をすれば広末涼子をアイドルからは完全に脱却させた映画ではないか。本木雅弘も元々アイドルからのスターなので、映画としては久しぶりのスマッシュヒットではなかろうか。彼の代表作になることは間違いない。広末なのだが、「鉄道員」や「秘密」が懐かしくなるほど、また最近では「バブルへGO」のイメージをかき消すほどこの映画の中で大人になった広末涼子を見せている。本木との年齢差が少しあることやヒロインの選出には悩んだ末ではあるらしいが、年齢以上の若さを持つ本木と風格の出てきた広末という組み合わせは思いのほかすっきりとおさまっている。「広末かよー」と敬遠する人がいるなら勿体ない映画である。まあ、俺は広末ファンなので意気揚々と映画を見に行ったわけだが。あとは、監督の滝田は広末が「秘密」に出たときの監督だったようで、このコンビが上手くいった、とも言えるのかもしれない。
おくりびとである納棺師という仕事をどのように観客に見せるか。そしてその先にある、日本人の死生観をどのように見せるか。生き様が色々あるように、死に様も色々ある。その一つ一つを丁寧に、時には面白おかしくしながらとりあげることで死者に魂を込めているような気にさせられる。いや、というか生きているときに持っていた魂を、納棺の儀式を行うことで取り出しているというか。生者を生者らしく、死者を死者らしく極端な対比というものをしている箇所もあって、じわじわと観客に死というものを実感させようとする。近いような遠いようなそれを、これまた身近でない儀式を通じてここまで説得力の持つ映画になるとは思わなかった。だからこそ、本木や本木の上司役でもある山崎努の表情ひとつひとつが非常に慎重で、繊細でもある。4月に見た「ラストソング」の本木とはまるで別人(15年前だから当然かもしれないが)になっていたのはなるほど面白い。
久石譲がプロデュースし映画全体に流れるチェロはさながら葬送曲と言った感じだ。映画のテイストとあいまって悲しい感じにはさせないが、どこか静謐な繊細な感じを漂わせる。本木がチェロ奏者たるゆえんも含めて全てはラストにつながっていて、ストーリーとして綺麗なまでに一本筋の通った映画。だからこそただの映画音楽としていいというわけではなく、一つの長い映画の中で一つの長い音楽を聞かされていたような感覚を味わえる不思議さが残る。それは久石マジックでもあるだろうし、製作が本当に上手くいった証拠だろう。
山崎努や笹野高史といった大ベテランの演技も抜群にいいし、またさりげなく添えるエピソードがあまりにもずるい。見所は他にもいくつもあるが、映画の内容とリンクして”広末涼子”と”音楽”が非常に印象に残る映画であった。
脚本:小山薫堂
主演:本木雅弘、広末涼子
劇場:新宿ジョイシネマ
モントリオールや中国の映画祭で賞をとるなどベネチア映画祭以上に日本映画界を盛り上げた(のではないか)本作はロングランも決定したらしい。新宿のある映画館でこれを見たのはその劇場での公開最終日だったので人はまばらだったが、老若男女のカップルが目立っていたのを覚えている。大切な人と見るのもよしだが、一人で浸るには十分すぎる映画だろう。久石譲の音楽がまた抜群にいい。
本木雅弘演じる二宮大悟はあるオーケストラのチェロ奏者だったがある日突然オーケストラが解散する。借金もあることから道具を売りさばき故郷の山形県酒田市の実家に妻と帰ることに。そこで職探しを始めて見つけた会社がNKエージェント。訪ねていくと納棺(NouKan)を行う小さな会社だった。即採用になった大悟は妻に仕事のことを告げられないまま納棺師になることに。
この映画はある見方をすれば広末涼子をアイドルからは完全に脱却させた映画ではないか。本木雅弘も元々アイドルからのスターなので、映画としては久しぶりのスマッシュヒットではなかろうか。彼の代表作になることは間違いない。広末なのだが、「鉄道員」や「秘密」が懐かしくなるほど、また最近では「バブルへGO」のイメージをかき消すほどこの映画の中で大人になった広末涼子を見せている。本木との年齢差が少しあることやヒロインの選出には悩んだ末ではあるらしいが、年齢以上の若さを持つ本木と風格の出てきた広末という組み合わせは思いのほかすっきりとおさまっている。「広末かよー」と敬遠する人がいるなら勿体ない映画である。まあ、俺は広末ファンなので意気揚々と映画を見に行ったわけだが。あとは、監督の滝田は広末が「秘密」に出たときの監督だったようで、このコンビが上手くいった、とも言えるのかもしれない。
おくりびとである納棺師という仕事をどのように観客に見せるか。そしてその先にある、日本人の死生観をどのように見せるか。生き様が色々あるように、死に様も色々ある。その一つ一つを丁寧に、時には面白おかしくしながらとりあげることで死者に魂を込めているような気にさせられる。いや、というか生きているときに持っていた魂を、納棺の儀式を行うことで取り出しているというか。生者を生者らしく、死者を死者らしく極端な対比というものをしている箇所もあって、じわじわと観客に死というものを実感させようとする。近いような遠いようなそれを、これまた身近でない儀式を通じてここまで説得力の持つ映画になるとは思わなかった。だからこそ、本木や本木の上司役でもある山崎努の表情ひとつひとつが非常に慎重で、繊細でもある。4月に見た「ラストソング」の本木とはまるで別人(15年前だから当然かもしれないが)になっていたのはなるほど面白い。
久石譲がプロデュースし映画全体に流れるチェロはさながら葬送曲と言った感じだ。映画のテイストとあいまって悲しい感じにはさせないが、どこか静謐な繊細な感じを漂わせる。本木がチェロ奏者たるゆえんも含めて全てはラストにつながっていて、ストーリーとして綺麗なまでに一本筋の通った映画。だからこそただの映画音楽としていいというわけではなく、一つの長い映画の中で一つの長い音楽を聞かされていたような感覚を味わえる不思議さが残る。それは久石マジックでもあるだろうし、製作が本当に上手くいった証拠だろう。
山崎努や笹野高史といった大ベテランの演技も抜群にいいし、またさりげなく添えるエピソードがあまりにもずるい。見所は他にもいくつもあるが、映画の内容とリンクして”広末涼子”と”音楽”が非常に印象に残る映画であった。
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