見:ホール・ソレイユ
BS世界のドキュメンタリーで放送されていたことは知っていたが、あえて映画館の暗い空間で、大きなスクリーンで見ておいたほうがいいんじゃないかと思い、見てきた。約100分なので、映画として長いとは思わなかったものの、本当にたった100分だったのか? という思いが何度も去来するほどには、見るに耐え難い映画だった。
映画を見ている間はなるべく感情が昂らないようにしていたが、映画館を出てすぐに涙と鼻水が溢れ出てきたことを思うと、いろいろなことを感じざるをえない。多くの外国記者が開戦して数日の間に脱出を図る中、ウクライナ出身(ハルキウ)のカメラマンとして20日間の間崩壊していくマリウポリに残り、カメラが映した映像を海外に届けようとしたチェルノフ。軍人だけではなく警察官や救急隊、医師や看護師といった医療従事者たちがカメラの前で饒舌に言葉を残したこと。彼ら彼女らが果たして無事なのかどうかは分からないのが心苦しいが、だからこそリアルタイムで刻まれた映像を戦争の現場にいない人間が、平和な日常で暮らす人間が目の当たりにする意味はあるのだろうと思っている。
最初の数日間は撮影場所が定まらずに、街を探索するがある日からは第2病院と呼ばれる病院の救急に張り付き、途切れずに運び込まれてくる患者たちを映し出す。患者たちはぎゅうぎゅうの手術室に運び込まれて処置を受けるが、その甲斐空しく息を引き取る患者の姿も多数映されている。友達とのサッカー中に爆撃に遭い、両足を失った挙げ句亡くなった少年。まだ1歳にも関わらず心臓が動かなくなった我が子の死を受け入れられずに号泣する若い母親。
極めつけは世界中で報道された、産科病院の爆撃と、そこから第2病院に搬送された妊婦の姿だ。骨盤を損傷して胎児とともに息を引き取る母親、辛うじて致命傷を免れ、出産に臨む母親。自分は大丈夫だから、と気丈に振る舞う母親。この映像を見るだけでもロシアにたいする猛烈な怒りを覚えるが、この映像をすぐさまフェイクだと断じたロシアメディアや政治家の姿に、更なる怒りを覚えずにはいられなかった。
美しい港湾都市が破壊され、崩壊していく。その最中を、撮影チームは縦横無尽に駆け回る。次第に自分たちの安全も脅かされる中、脱出したほうがいいという助言ももらうようになる。国際法上病院は安全なエリアだが、民間人を容赦なく攻撃するロシア軍の様子を見て、いつまで残る(残れる)のかを撮影チームが模索する様も描かれている。基本的には公的な使命を強く感じる映像だが、同じウクライナ人を見捨てるように脱出を図るフェーズでの葛藤には、私的さも感じる映像になっている。
この映画は「二度と観たくなくなる素晴らしいドキュメンタリー」という評価も受けたようだが、これは本当にそうで、そしてそれは単に悲しいから、つらいから、だけではなくて怒りが止まらないから、だと思う。なぜこうまでして民間人が殺されなければならないのか? なぜ生活の場が破壊されなければならないのか? わずか100分の映画ではあるが、何度も何度もなぜ? どうして? という怒りばかりが強くなる。
前述したように、それでもこの映画を見る意味、見る価値があるとすれば、まだ続いている戦争でロシアを追い詰めるための事実を知っておくべきだからだろう。特に西側陣営は支援疲れもあり、アメリカはイスラエル問題への対処にエネルギーが向いてしまっていいる上に、大統領選挙を控えている。多くの民間人の死、そして数多くの戦争犯罪がリアルタイムに記録されたこの映画を目撃することが、ロシアとの戦いにとって重要な意味を持ってほしい。
カメラが戦争の現実を変えることはないのかもしれない。それでもカメラが収めた映像は記録され、多くの人に届く。多くの人がカメラが映した「事実」を目撃する。ロシアが躍起になって否定しようとした事実を。それを知る意味はきっとあるはずだと、強く信じたい。
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