Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



見:ホール・ソレイユ

 いつぞやの春先にラジオでやたらクリープハイプの「栞」が流れているなあと思っていたが、3年後の今ごろになってようやくこの映画の主題歌として起用されていた(だからタイトルの「栞」がダブっている?)ことをようやく知った。元々はFM802の春のキャンペーンソングとして作られた曲だが、映画にも確かにこれほどぴったりな曲もないだろう。あとネットで有名になってからプロになったライターの夏生さえりが製作サイドで参加するなどしているのももう一つの発見だった。さえり所属の会社が製作にクレジットされているからだろう。

 前置きはこのへんまでにして。本作は2019年の2月から3月の修了式までにかけて、埼玉県春日部市のある公立中学校2年6組を舞台にしたドキュメンタリー映画である。諸事情で教室に入れなくなった1名を含めた35名の生徒が2時間かけて一人ずつ自己紹介をする、というだけの非常にシンプルな筋書きだ。もっと制作サイドの演出や筋書きが出るようなドキュメンタリーなのかと思っていたが、ストイックに生の映像だけを映し続けていたのは印象的だった。もちろん登場するクラスメイトの順番や映像に残す会話には演出の意図が当然入ってはいるだろうけれど、それでも最初から最後まで抑制的な印象が強かった。

 2年6組は男子にも女子にも何人かのムードメーカーがいるせいか、カメラがあってもなくても非常に賑やかで活気のあるクラスに見える。球技大会では男女ともに奮闘し、女子はサッカーやドッヂボールの競技で表彰されるほどである。部活がどれだけ活発なのかはわからなかったが、サッカー部とバスケ部には優秀な生徒がいて、弱いわけではなさそう。文化部は美術部や文芸部、吹奏楽部といった定番の部活風景流される。

 当然部活に入らない生徒もいて、それぞれギターをやっていたり、体操をやっていたりするらしい。あと河原でパソコンと機械を接続させて何かの測定をしているっぽいオタク風味の生徒もいれば、柔道や剣道の姿が似合う体格のいい男子生徒もいたりする、そういう特段レアではなくて、大人が見ても「ごくごくありふれた」学校の風景を映像に収めたいという意図は強く感じられた。あと、これも意図的だと思うが担任教師以外の教師は名前すら分からない状態で、あくまで教室の外でも「2年6組」のメンバーを撮り続ける。

 ではそうやって抑制的に撮り続けたこの映像は何を見せようとするのだろうかとずっと考えていたが、35人それぞれのインタビューを聞いていると「みんな不器用だな」というのが素朴な感想だった。例えば14歳にしては達観しているようで寂しさも同時に抱える生徒がいたり、あえてムードメーカーを演じることがクラスにとって良いことだと信じている生徒がいたりする。それぞれ一人だけではなく、複数いる。つまり、この彼ら彼女らはもっと内側に抱えているものがたくさんあるはずなのに、それを「クラスメイトの前ではうまく話せない、伝えられないという不器用さを抱えている」点が共通しているなと感じた。

 だからもっと話せよ、とは思わないし、もっと話したとしてもうまく伝えられないまま進級があって卒業を迎えるのがこの世代の特徴なのではないかとも思う。高校は入る前に受験があるので、中学と比べると比較的同質なメンバーが教室内に存在し、その方がコミュニケーションが楽だ、と感じる生徒が多いだろうなと思った。つまり「このコミュニケーションがうまくいかない感じ」がまだ幼さも多く残る(特に男子)中学生という時代なのかも、と。

 昔見た『青空のゆくえ』(2005年)という劇映画が当時すごく好きだったことをよく覚えている。あの映画もこのドキュメンタリーも、大人になった今ではやがて過ぎ去って忘れてしまう時代だなと思えるが、でも当時はそんなこと考えようがないし、目の前のことで手いっぱいだし、という感情を隅々に散りばめていた映画だなとも思った。あるいは、クリープハイプが歌うように、「うつむいてるくらいがちょうどいい」季節かもしれない。でもそれが苦しくて苦しくて、教室に入れない生徒がいるという残酷さも同時に映していたところが、本作を綺麗な映画にはしない制作の意図を感じた。

青空のゆくえ [DVD]
西原亜希
メディアファクトリー
2006-02-03


 その教室に通えなかった彼も、いつかこの時間を忘れて大人になるのかもしれない。でも誰にとっても言えることは、いつか忘れてしまうとしてもその時代がないと大人にはなれないことだろう。大人になった第三者が見て思うのは、まだまだ未成熟な時代だからこそ懐かしいという感情だけじゃなくて、自分もかつてそうだったのだ、という共感性なのかもしれない。自分にもかつて、似たような空間で息をしていた時代があったのだ、と。

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