Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



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 アマプラの配信期限ギリギリに視聴した一本。少し前に『ノー・アザー・ランド』を見た時と同じような気持ちになり、最後は涙が溢れていた。暴力は絶対に心から許せない気持ちの中で、暴力の中で生き延びた事実に励まされる。だからこそ現在進行形で暴力の行使を続けるイスラエルは改めて絶対に許せない感情になる。歴史の映画、特に戦争の映画が現代に作られる理由は、そうした「現代の不正義」を告発する意味もあるのだろうと思う。


 
 ストーリーはシンプルだ。ゲオルク・エルザー、36歳。1939年に時限爆弾を仕掛けてヒトラー暗殺を試みた、家具職人だ。逮捕され、ナチスに拘束される中で尋問と拷問が続くが、ナチスの疑いは「共犯者はいないのか?」である。たった一人であんな爆弾を作れるはずがないし、たった一人で暗殺を計画するわけがないというナチス側の「思い込み」を、エルザーはまっすぐな表情で次々と否定していく。自分一人でやった、というシンプルな事実を突きつけるために。

 その尋問の風景と、エルザーの歩んできた日々、半生のような映像が交互に織りなされる演出が非常に憎いと思う。政治的な理由もあり、長く拘束されたエルザーだが1945年の、ナチスの降伏寸前に処刑されてしまう。しかも、処刑の事実は長く伏せられていたということで、改めてエルザーの名誉回復を試みた映画だったのかもしれないと思う。
 
 エルザーの日常。生活があり、労働があり、音楽などの娯楽がある。1930年代を生きた、ヨーロッパ市民の一人だったはずだ。独身の彼は懇意にしている一人の女性エルザがいた(日本語表記だと1文字違い!)。エルザは今でいうところのDVを夫から受けていたが、夫が夜な夜な酒場に出向く時間を利用して二人は逢瀬を重ねていた。エルザーの母は「あんな女はやめておけ」と不倫状態を否定しようとするが、純粋な二人はやがて結ばれ、子どもも生まれる。これも史実としてあとで知ったことだが、エルザは戦後も長く生きていることが分かる。

 そういう意味で、本当にただの一市民というか、正義感のある職人の男性の人生を追う映画である。日々の中で戦争がどんどん拡大していくし、オーストリアも併合されてしまう。他方で、日常は続いていて、愛する人もいる。穏やかな日常と、不穏な戦争が別々に存在するのではなく、同時に存在している。先ほどイスラエルの不正義の例を出したが、2014年以降長くロシアとの戦争状態にあるウクライナ市民にも、この映画の描写はかなり響くだろう。

 もちろん、響かない方がいいに決まっている。平和な方がいい。それでも人間という愚かな生き物は、戦争を止めることができない。であるならば、賢い選択としては戦争のような暴力や不正義に反対し続けるしかない。ナチスという不正義が最後に負けるということも、歴史として知っている。あと、エルザーは処刑されたが妻エルザとその子どもが長く戦後も生きたということは、不正義と暴力に対する最大の勝利だと言って良い。
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