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2018年12月25日

政治改革という名の選挙制度改革の帰結とその意味 ――『NHKスペシャル 平成史 第3回』(2018年)感想

NHKスペシャル 平成史 第3回▽“劇薬”が日本を変えた〜秘録小選挙区制導入

◇いま小選挙区制導入を振り返る意味
 NHKが「平成史」というくくりで、平成を象徴する出来事を振り返るNスぺを継続して作っている。一回目は野茂英雄というのはやや意外性があったが、二回目が山一證券破綻というのはやや妥当すぎるとも思えた。
 そんな中、三回目のテーマが小選挙区制導入という、前の二つのテーマに比べればやや地味であり、しかしながらいまの国政にもダイレクトにつながる(安倍一強とか、野党の多弱とか)テーマを持って来たなという印象を受けた。
 選挙制度それ自体を取り上げるのは地味ではあるが、しかし政治を考える上で選挙制度というのは非常に重要なトピックだ。選挙の時だけ盛り上がるのはいまでも変わらないし、その盛り上がり方も昔と今では違う。そもそも、いまの若い人たちは社会党なんか知らないし、ましてや55年体制という言葉も知らないだろう。30代だとしても昭和の時代をリアルには知らないから、政治に興味がなければ昔の政治なんて知らない。
 そんな現状で、しかしいまの自民党一強多弱を生んでいるのはまぎれもなく衆議院における小選挙区制度に依るところが大きいわけで、振り返る意味はあったんだろうなと思う。

 番組自体は後藤田正晴から始まり、金丸信や小沢一郎を経由して、ポスト55年体制の主役となった細川護熙と河野洋平の会談、そしてそれを演出した森喜朗へのインタビューへをたどりついたところがクライマックス。エピローグとして流れるのは鳩山由紀夫や菅直人の登場の一方、小選挙区制導入と小沢一郎を猛烈に批判しながら、小選挙区の時代に勝ちまくった(たとえば2005年の郵政選挙)小泉純一郎を取り上げる。
 ゼロ年代に長く衆院議長を務めた河野洋平が政治の表舞台に出てくることはもうないし、森も小泉も細川も、あるいは小沢一郎も現代ではただの老害と化してしまっているので、番組で振り返る時代の彼らの若さ(特に小泉や細川)は同じ平成でもそれくらいの時間が経ってしまったのか、という気さえしてしまうが、良くも悪くもやはり平成の国政は小沢一郎を中心として動いて来た時代が長かったことを実感させられる。

◇小沢一郎の時代

 いまではもうほとんど小沢一郎の存在が目立つことはないが、少なくとも民主党が政権を持っていた時代まではこの男の名前が表舞台からなくなることはなかった。
 小選挙区制導入へのこだわりを小沢が見せたのは、これはゼロ年代に入ってからもそうだったがイギリス流の二大政党へのこだわりが強かったからだろう。他方で、後藤田は長く続いた55年体制が国政を劣化させることを恐れた。冷戦崩壊を経て世界がめまぐるしく変わっていく中で、自民党と社会党がほどほどに議席を分かち合うかつての仕組みを捨て、生きるか死ぬかの小選挙区制導入を急いだのは、いまから振り替えれば理解できる。
 ただ、当たり前だがそれはこれまでの自民党を否定することに直結する。55年体制下の自民党は派閥間闘争によって疑似的政権交代を生み出してきたとも言われているが、それを後藤田はもはやポジティブに評価できなくなった、ということなのだと思う。
 やがて大量に刺客を送り込んだりチルドレンを生み出して小選挙区で勝ちまくる小泉が、小沢憎しも相まって小選挙区制批判の先鋒だったというのは、なかなか皮肉めいて面白い。
 ただ、小泉だけではなく現状維持にこだわる政治家が圧倒的多数であり、小沢の思い通りにはなかなかいかないのも、妥当なものとしてうなずける。

 それでも実現したのは自民党の下野と、最終的には森喜朗のセッティングした河野と細川の会談だった、というのが今回のNスぺの結論だった。
 その結論にどうこう言うつもりはないが、結果的にいずれ自民党総裁に就く森喜朗が小沢一郎の願望をアシストした結果になった、というのもこれまた皮肉なもののように見える。
 森喜朗によって、小沢一郎の時代がむしろここから始まっていくのだ、とも言えるからだ。

◇選挙制度改革への拘泥と、永遠に三合目の政治改革

 小選挙区制にするメリットは、その時々によって票の入り方に大きなばらつきがでるということだ。もちろん死票がその分増えるが、いまの自民党がそうであるように、あるいは09年の民主党がそうであるように、勢いがあるときは大勝しやすい。逆にいまの民主系政党や09年の自民党がそうであるように、大敗もしやすい。
 55年体制化のように、自民党から見えた社会党のような、確固とした大きな野党がいればそうはならないかもしれないが、社会党は社民党になって一気に弱体化した。あるいは、アメリカやイギリスのように、地域や階層によって明確に支持政党が分かれていれば大勝も大敗も生まれにくいかもしれないが、日本の場合国政選挙に影響を与えるのは流動的な浮動票、つまり無党派層である。
 この無党派層をいかに取り込むかが、小選挙区制に入ってずっと試されてきたことだ。だから結果的に、小沢の描いた夢は、絵に描いた餅にしかなっていない。
 あれだけ選挙制度改革にこだわり続けたにも関わらず、である。そしていまも、参院の合区の問題であったり、選挙制度改革への関心は根強い。

 もう鬼籍に入ってしまったが、後藤田にとって小選挙区の導入は三合目でしかなかったという。しかし、政治改革に名の下に選挙制度改革が実施され、まあそのあと90年代後半に省庁再編等々の動きはあるものの、ゼロ年代の国政のテーマは主に新自由主義的な改革とか憲法改正とか自衛隊の位置づけの問題であって、政治改革それ自体が本丸とはなりにくくなっていった。
 もちろん民主党政権になり、大臣政務官の導入、事業仕分け(現在の行政事業レビューに引き継がれる)等の改革はあったし、安倍政権になってから官邸機能の強化といった合理化や「マイナーチェンジ」は行われたが、後藤田や小沢が構想したような国政そのもののあり方を大きく変える制度変革には至っていない。いまはむしろ、そうしたムードすらないだろう。安倍政権のもっぱらの関心は経済政策であり、そして憲法改正なのだから。

 結果的に永遠に未完で永遠に三合目のまま終わってしまった政治改革であるが、選挙制度改革は人々の関心を選挙そのものに向けることには成功した。投票に行こうが行かまいが何も変わらない55年体制時代とは違い、激戦区ではわずかな票差で候補者の生死が決まる小選挙区制は、確かにドラマチックだし、テレビ受け、ネット受けもする。
 だがネット時代の選挙は、かつて以上に熱しやすく冷めやすくなっている印象も受ける。選挙が重要なのはもちろんだし選挙の重要性がかつてより大きくなったのが小選挙区制ではあるが、しかしそれは政治の一部でしかない。大事なことは議会で、委員会で、あるいは霞ヶ関で決まっていく。選挙で決まることは、それらのベースの部分でしかないのだ。
 ネット自体、とりわけ3.11以降のソーシャルメディアの時代になってからは各地で社会運動を起こしやすくなった。国会前でのデモは日常だし、沖縄における社会運動もダイレクトにネットから情報や映像が伝えられる。
 こういう時代には、たとえ政治改革が未完であったとしても、制度外の部分で政治を変えていくことができるかもしれない。それはつまるところ、選挙制度改革にこだわってきた時代の終焉にもなるのかもしれないし、それでもなんだかんだ選挙制度の重要性が(少なくともメディアの中では)失われずにいるのかもしれない。

 平成の次の時代がどういう時代になるかはわからないが、運動の時代はもう少し続いていくのだろう。これはどちらかというと、世界的な流れである。皆が皆選挙の時にわーっと祭りのように盛り上がる時代が終わらなくても、その横で運動の時代が続いていくのであれば、永遠に三合目の政治改革を補完することにつながるのかもしれない。
 まだまだ、後藤田と小沢の影からは逃れられないのかもしれないけれど。 

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burningday at 23:51│Comments(0)text | documentary

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