21世紀の民主主義と資本主義のために ――『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』(アメリカ、2017年)死ぬまでの生き方に向き合う ――『人生をしまう時間』(2019年)

2019年12月31日

2010年代の終わりは20代の終わりだから忘れないために書き残す

 去年の年末に「2018年を振り返らない」というエントリーを書いたのでさすがに今年は振り返る必要があるのではと思ったのと、せっかくなら今年だけでなくこの10年分もまとめて振り返ってみようという雑な企画。ついでに過去のエントリーから「振り返る」関連のエントリーをピックアップしてみた。(コンテンツ回顧的なものはのぞく)



 ↑このエントリーは「2月が終わるシリーズ」として書かれた5本目のエントリーで、過去のエントリーも紹介してある。



 ↑去年書いた振り返らないやつ。



 ↑2018年の視点から7年前を振り返ったもの。

 この10年を雑に振り返ると、単純に遠くに来たなと思う。2009年の冬はまだ19歳で、大学生で、ちょうどボカロにハマりまくっていたころで日に日にニコニコ動画をチェックしたりイベントに出向く日々だった。
 それがいまは香川で社会人やっているので(まだ5年目の終わりだけど)10年もあれば自分が考えている地点とは全く違う地点にいるんだなと思う。きっと10年後もそうなのでしょう、という単純めいたことは言えないが、もしかしたら大きなライフイベントが複数起こるかもしれない。そうなるとやはり、いま思い描いている未来なんてあっという間にかき消されるだろう。
 でもそれは思った以上にネガティブなことではなくって、未来なんて常に不確定なんだから来たものを受け入れるしかないんだという現実主義を淡々と受け止める、といったところだろう。こういう考え方は10年前ならくだらねーつまんねーと思っていたかもしれないが、思っているよりくだらなくもつまらなくもなくって、十分生存戦略として改良しうるのではないか、と思う。

 もう一つ、遠くの何かに手を伸ばすよりも足元をちゃんと見ることの意義をずっと感じていた。
 東京にいたころ、確かに毎日それなりに楽しいけれど、見たくないものを見てしまったり、手の届かないものに憧れたりといった形で、自分には無関係なものに振り回されることも多かったかなと思う。いま振り返るとそれも含め若いころの経験であって、最初からえり好みするよりはあれもこれもと手を伸ばしたほうが、自分に適するものはなんだろうと考えたときのヒントになりうる。だから、迷い自体は否定しない。
 でももうすぐ20代が終わるころになると、迷っている時間がだんだんと惜しくなる。20代はあっという間だと昔新宿の酒場で会った多くの大人に言われてきたがそれは本当にその通りだった。そして30代は早いとも聞くし確実に体力が衰えるとも聞くのだから、いっそ迷う時間は失われていく。
 もちろん、即断即決が必要だとか、全然外部の情報をシャットアウトするとか、そういう極端な方向に触れるわけではない。ただ、失われる時間は惜しい。それならば迷う時間をほかの時間に振り分けたいという、それだけの話ではある。
 気づくと自分の身近にあるもので何ができるかとか、身近な人のために何ができるかとか、そういうことを考えるようになった。だからしばらくはこういうスタンスで生きていくのだろうと思う。

 2019年を振り返ると、いまでも京都アニメーションに起きた悲劇的な出来事を忘れない。8月のある小雨が降る日に六地蔵に行ったこと、現場を見て嗚咽して、涙で前が見えなかったこと。
 3.11の時もそうだったが、悲劇的な出来事を目の前にしたとき、何かをしたいという気持ちの前に、あまりにも出来事が巨大すぎて何もできないという絶望感が立ちはだかる。
 確かに、9月以降に寄付は続けてきた。現地にも行った。アニメも見ている。でもこれ以上、何が、できるのだろう。そう考えたら、また無力感ばかりが強くなっていった。

 


 桑原由気のこの言葉に、本当の意味で救われた思いがした。これに付け足すならば、きっと忘れてしまったほうがいいことだってある。絶望だとか、加害者への嫌悪だとか。その上で、これまでの自分を救ってくれたもの、自分が好きだったものを忘れたくない。
 忘れないように生きていくことは実は容易ではないと思うけれど、こうして個人的な出来事を10年分振り返ってきたことを引き合いにすると、「ずっとずっと忘れないために」人はこうやって記録を残すのではないかと思う。









 気づくと涙もろくなっていることにここ数年気づいたけど、こんなに繰り返し涙を流すこともそうなかったなと思う。流した涙の分だけ強くなれるかどうかは分からないけれど、自分がそれだけ好きだったものがあると気づかせてくれたのは、強烈な皮肉ではあるけれど大事にしたい。忘れないためにも。

 さて。
 2020年の目標はまず公認心理師をとること。そして2020年代、次の10年間は自分なりの方法でやりたいことを一つの形にしてみたい。そのための準備を着実に行うために、迷うよりもまず、足を進めていけるように。
 どこまでやれるかはわからんしそれこそ10年後どうなるかなんてわからないわけだが、2019年の12月31日時点での構想を記録するという意味でも、書いておきたかった。このブログも気づけば15年くらい続いてきたので次の10年も書き続けていきたい。

 それではみなさん、よいお年を。

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