見:イオンシネマ綾川
野球日本代表、いわゆる侍ジャパンのドキュメンタリー映画はこれまで2本作られている。前回のWBCをドキュメントした2017年の映画と、稲葉ジャパン誕生から2019年のプレミア12制覇までを描いた映画だ。前者は見たのだが後者は見ておらず、という前提で今回の映画を振り返ると、分かりやすく主役が用意された映画だったなと感じた。とはいえ監督は三木慎太郎、JSPORTSが映像を提供し(おそらく)、アスミックエースが配給するこれまでの形式の延長なので、WBC決勝から数カ月での公開になったのはもはや慣れたものだなと感じた。
ドキュメンタリー番組は画面全体をどうストーリーとして描くかが重要なので、特定の個人に焦点を当てることはむしろドキュメントの幅を狭めることになる。なので、誰に・どこに焦点を当てるか、そのバランスをどのように変えるのかが重要だと思っている。その点、この映画は本当に分かりやすい。栗山英樹という稀有な監督の存在がまずいながら、彼は究極の黒子に徹する。主役は選手であり、コーチたちなのだと。
選手としての主役は、もちろん最後の最後に一番おいしいところを持って行ったのはこの映画のタイトルにもおそらく影響を与えている大谷翔平だろう。これはもう、野球ファンでなくてもそうでなくてもみんなが期待して、期待を全く裏切らなかったという貴重な瞬間を提供した存在である。彼のことが人間ではなく宇宙人とかユニコーンだとか言われるのも理解できなくはないが、この映画は野球中継やニュース映像に映らないバックヤードの映像を膨大に映すことによって、大谷翔平の人間くささを暴いていく。まあ暴いていくというより、単に我々が知らないだけ、ではあるのだが。
もう一人決定的に重要な存在はダルビッシュ有だろう。これも多くの人が認識しているように、現代日本野球の最高峰の投手の一人である。2020年の短縮シーズンにはサイヤング賞投票で2位の成績を収めた(ちなみに1位の票を得て受賞したのは、現DeNAベイスターズのトレバー・バウアーである)。唯一30代の投手として参加した彼は、高橋宏斗や宇田川といったプロのキャリアがまだ浅い若手選手たちの良き見本となり続けた。全員の兄貴分であり、若手にとってのメンタルコーチであり、村田善則と協働して戦略を考えるバッテリーコーチ補佐でもあった。選手として、選手以上の存在であり続けたことが、この映画が映すバックヤードでこそ確認できるようになっている。
ダルビッシュから始まり、大谷翔平で終わる。でもその間に目まぐるしく主役が登場するのが強いチームなんだな、ということも改めて感じた。ギリギリの合流になったにも関わらず持ち前の明るさですぐにチームに溶けこみ、攻守ともにファインプレーを連発したラーズ・ヌートバー。彼の不安や練習風景も、映像にしっかり収められている。特に鈴木誠也の不参加が決まり、外野全ポジションで出場する可能性が浮上したヌートバーにとっては、初めての代表参加のわりに責任が重すぎる(しかも一番打席数が回ってくるリードオフのバッター!)。その責任をどのように感じ、どのように克服したかも、この映画の見どころだ。
そしてやはり重要なのはやはり源田と、佐々木朗希になってくるのだろう。源田は主役というより脇役かもしれないが、日本一のショートとして参加した彼は簡単には替えが利かない存在である。源田自身がそのことをよく分かっていることが、バックヤードの映像で彼が語る言葉や表情を見ていて痛いほど伝わってくる。そして佐々木朗希。3月11日の先発登板も、準決勝メキシコ戦の挫折も、いずれもが彼の野球人生にとって大きなものになったはずだ。通常カメラの前ではお茶らける表情も良く見せる彼が見せた涙や怒り(自分自身の不甲斐なさに対して)は、この映画のカメラだからこそ映し出したリアリティである。
映画のほぼ半分はアメリカ編になっているので、あのメキシコ戦とアメリカ戦を映画館で追体験できるのはそれだけでも十分に楽しい、そしてずっと書いてきたように普段なかなか見えないバックヤードの映像は、野球ファンの琴線に触れるものが多くある。それだけの価値がある映像の集まりである。そしてまだWBCの興奮が醒めてない時期の公開ということもあり、誰が見ても満足度の高いドキュメンタリーになっているはずだ。
あいみょんの、新曲ではないが確かに何かが確実にリンクするこの曲を主題歌に採用できたのもかなりビッグヒットなんじゃないかな、と思った。あいみょんファンの佐々木朗希は果たしてこの映画を見ただろうか。
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