2021年2月の読書記録人間関係とコミュニケーションを繊細かつ力強く ――『ファーストラヴ』(2021年)

2021年03月05日

生まれる家は選べないが、自分の人生は選択できるはず ――『あのこは貴族』(2021年)



見:イオンシネマ高松東

 上流と中流、東京と地方、外部と内部、結婚と独身。様々な構図をあえてテンプレート的に配置しながら、現代を生きる若い世代の人生を描いていく映画だと思った。群像劇という表現が適当かどうかは分からないが、日本に生きる現代の若者の一人としてはなかなか刺さるところが多い映画で(作中のキャラや俳優と年齢が近いせいもおそらくある)、他人ではなく知っている誰か、あるいはよく知らないけれどある時期近くにいた人(大学の同期とか)など、いろいろな顔や人生を思い浮かべながら映画を見ていた。

 ストーリーよりもまずは各俳優陣の演技が素晴らしくて、見入ってしまった。皆それぞれにキャラクターに忠実に役を演じており、言葉遣いや雰囲気、ちょっとした仕草だったり表情の作り方だったり、リアル以上にリアルな演技も多くあったようにも見えた。また、この年齢の山下リオなら独身バリキャリ路線の役もできるんだなとか、その山下リオが水原希子と交わすセリフのやり取りはどれもハマっていたと思うなとか、あるいは石橋静河が自由に生きるバイオリニストをやれるんだなとか、主演の二人(高良健吾&門脇麦)以外にも見所が非常に多いのは単なるキャスティングや役者の演技力にとどまらず、監督や演出の巧みさもあったのだろうと思う。

 他にも面白いところはいくつかあるが、高良健吾演じる幸一郎が最後まで本心をほとんど見せず(婚約者の華子に対しても、腐れ縁の美紀に対しても)にただただ「家の宿命」に従って生きる中で、美紀の前でだけは素を晒す構図はうまいなと思った。商業で実を成し、政界にも進出した家庭に生まれた幸一郎は、渋谷区松濤の上流家庭で生まれ育った華子とのデートは格の高い店が中心で、ドレスコードもしっかりキメている。ただ大学の同期である美紀と会う時はいつも大衆居酒屋でカジュアルな服装という構図が、学生時代の延長のような気楽さや気軽さを本当は自分も楽しみたい(堅苦しい関係の外部にも身を置きたい)という欲望が透けて見える。

 そうした感覚を、同じ上流であるはずの華子とは共有できず、逆に同じ大学に身を置いた美紀とは共有できてしまうのは、なかなか面白い。あらかじめ形作られた関係性を「演じる」ことしかできない華子との関係がやがて破綻するのも、そしてそれを静かに受け入れるのも、幸一郎の中にいくつもの逡巡があるゆえだろう。華子とも破綻し、美紀とも終局し、結果的に何も得られないのは幸一郎が長い逡巡の中で「選択できなかった」ゆえの罰なのかもしれない。

 幸一郎と美紀との間に身体の関係があったという描写はあるものの、それ以上深い関係にはならずに終わってゆく。逆に、浅い関係を長く続けることを二人ともが楽しんでいるように見えた。それは、「ありえたかもしれない別の人生」を幸一郎も、美紀も、二人ともが夢想していたようにも見えたが、やがて終局が訪れる。

 夢を見ることができる、あるいは学生時代のカジュアルな関係を続けられるるのは20代までで、30を過ぎると過去や夢を距離を置いて、「現実」を生きざるをえないという社会的圧力を、とりわけ幸一郎は背負っていたように思う。関係の終局を切り出すのは美紀からだが、この関係がいつか終わることを幸一郎はきっとどこかで悟っていたのではないかとも思えるのだ。家や社会からの圧力から逃れられないがゆえに。学生時代の関係にどこで終局を打つのかといったテーマは、『花束』と重なるところもあるかもしれない。




 『花束』は若い時代の恋愛とその挫折の話がメインで、恋愛関係にならない男女がほとんど出てこない。逆に本作『あのこは貴族』の場合は、幸一郎と美紀のように恋愛関係にならない男女関係や、女性同士の親密さ(華子&逸子、美紀&里英)とか、恋愛(や結婚)とは違う関係をいくつも描こうとしていたところが現代的で希望的だと感じた。誰にとっても、自分の人生は自分で選択できるはずだから。もちろんそれぞれの人生に待ち受ける困難さから逃れるのは難しい。様々な葛藤があり、もがきながら生きていく様は、現代を生きる若い世代にとっては他人事ではない。だからこそ、この映画が提示した様々な人生のロールモデルは、同世代にとって希望的に見えるのだ。
 
 最後になったが、現在31歳独身で、かつ恋愛関係に発展しない関係を長く続けている身としては『花束』よりもこの映画のほうがグサグサ刺さる感じでございました。仮に近い将来終局が訪れたとしても、その選択を受け入れた上で、自分の人生の続きを生きていきたい。

あのこは貴族 (集英社文庫)
山内マリコ
集英社
2020-07-03



※補足

 一つだけ、映画の序盤に「階級」と「階層」を区別せず使っている場面があったが(どんなシーンかは忘れた)ここはツッコミを入れたい。マルクス主義的な文脈を強く持つ「階級」と、社会構造を客観的に観察、分析する際に利用する「階層」は分けて使いたい。

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