2018年10月の読書記録にぎやかな日々への愉快な追悼 ――『止められるか、俺たちを』(2018年)

2018年12月11日

連帯と尊厳 ――『わたしは、ダニエルブレイク』(イギリス・フランス、2016年)



見:Netflix

 御年80を超えているケン・ローチにとって復帰作となったのが本作のようだが、年齢を考えると常に新作が遺作になってもおかしくない、という気持ちでみつめていた。主人公のダニエル・ブレイクもケイティも、いわゆる(と言っていいかは微妙だが少なくともイギリスのようなアングロサクソン諸国では妥当なのではないか)「新自由主義的な現代社会」においてはある意味わかりやすい象徴的な人物だ。

 ダニエル・ブレイクは一貫して大工としてのキャリアを築いてきたが心臓の疾患によって仕事をするべきではないと医者に勧告されている中高年世代の人物。日本でいえば団塊世代よりは一つ下で、新人類より一つ上、アメリカならばトランプを支持していてもおかしくない「学歴を持たないがコツコツ労働してきた」層の男性だ。ダニエルがハローワーク的な行政機関に行ってもろもろの手当を申請しようとするが、いかにもお役所的な硬直的な事情のため、うまくいかない。抗議をしたいと訴えるもペーパーレスによりオンライン申請のみとなっていて、マウスの使い方を役所の職員や近くの利用者に教わる羽目に。歳をとり、妻にも先立たれ、病気にもなったダニエルは社会政策の中で埋もれた存在になってしまった。

 そのダニエルがハロワで出合うのが二人の子を持つシングルマザー、ケイティである。ケイティの描き方には非常にリアリティがあって、列をなしてフードバンクに通うものの空腹に耐えかねてすぐに缶詰を空けてしまったり、生理用品をついスーパーで万引きしてしまったり(初犯だからか、事情をくんでもらい警察沙汰にはされずにすむ)、割のいい仕事の紹介をされたら予想されたように娼館での売春だったり、といったように、日本でもそうであるが(そしておそらく日本のほうがより厳しい)シングルマザーもまた社会政策の中で十分に救われているとは言えない存在だ。

 しかしおそらく、当初はダニエルもケイティも、そういう恵まれない層の一人として典型的に描写しながらも、次第にダニエル、ケイティといったキャラクターの個性を浮き彫りにした描写を増やしていく。それは、ダニエルとケイティ家の交流、主に子どもを介してのそれが展開されていくからだろう。労働市場では戦力外のダニエルも、持ち前の器用さで子どもたちを楽しませることはできる。あるいは、身寄りもなく孤独なケイティに対して、慰めの言葉をかけることはできる。ささやかな連帯というべきか、あるいは生きるための連帯というもっとハードなイメージでとらえるべきかは難しいが、ある時にダニエルの発する言葉が印象に残る。

 字幕では「尊厳を失ったら終わりだ」と書かれていた。ここでいう尊厳は、respectとダニエルが発していたので、dignityとはやや意味が異なるのだろうけれど、相手へのrespectというよりは自分自身へのrespect、つまり、ケイティがケイティ自身を見捨ててはいけない、という意味でのメッセージだったのだろうと思う。絶望的な境遇で、いわゆるセルフネグレクトに陥りそうだったケイティを救ったのは、間違いなくダニエルであり、子どもたちだろう。

 最初から最後まで行政があまりにも典型的な悪役として描写されるのはやや難点だが(現実的には、ハロワで対応できることには限界があるし、ダニエルもケイティもそれぞれ別の機関につなぐことはできたはずだ)、行政の施策にこぼれ落ちたり、あるいはそもそも利用できない、利用しないことによって貧困を極める場合は珍しくない。ある程度のアウトリーチはどの国、地域でも実践されているだろうが、基本的に行政は申請主義で受け身である。目の前の人間をすぐさま救うことはできない。

 ところでこの映画の原題は"I, Daniel Blake"となっていて、非常にシンプルでわかりやすい。Iを最初に持ってきているのは、名もなき貧困層ではなく一人の人間だということ(まさに尊厳である)や、それぞれの人間にアイデンティティがある、ということなのだろう。祝祭的なラスト直前の落書きシーンはなかなかにいい。あれがまさに、「連帯と尊厳」が両方現れたシーンだったし、この映画で唯一と言ってもいいほどファニーな場面だった。




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2017-09-06



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