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2022年06月20日

何もする気になれなかった、2日間のこと

 5月のある日の夜だったと思うけれど、食事をとり、入浴し、部屋でリラックスしていた後、何もする気になれなかった。いつもであれば読書をしたり、勉強をしたり、文章を書いたり、暇だったらスペースに参加していたりする。そうした、自分の趣味の領域のことですら、何もする気になれなかった。布団に寝転んでツイッターを開いてみたけど、タイムラインの内容が全然頭に入ってこない。ただただ文字が並んでいるだけで、その内容が頭に入らないため、見ているだけだ。読んではいない。文字を読む、というごく日常的な行為ができなかった。

 こういう時があるんだなということを、久しぶりに思い出した。もうずいぶん前のことになってしまうが、2013年〜2014年のある時期、うつ状態の診断を受けて当時通っていた大学院の修士課程を休学し、実家にひきこもっていた。次第にリハビリのためにバイトを始めるようになったが、そうやって身体を動かしたり外出できたりができるのはまだまだマシな方で、「何もする気になれなさ」をずっと抱えていたように思う。やりたいことも、やりたくないことも、どちらもしたくない。行動を起こしたくない。何もしないから、ただただ横になっている。そういう生活が、数週間〜数ヶ月ほど続いていたことを思い出す。

 もしかしたらそれに近いのかなと思い、最近起きた「ある日」の夜をやり過ごした。夜はしっかり睡眠を確保したが、朝起きても気分はすぐれず、何もしたくないので起き上がりたくなかった。午後からマックデリバリーの仕事を入れていたため、仕事に間に合う時間にはなんとか起きて、食事を取り、仕事をした。仕事は淡々とこなして、家に帰り、また何もしたくない夜を過ごした。

 翌日は仕事だったので、朝起きて出勤した。仕事も手につかなかったが、なんとかその日一日をやりすごしていた。やり過ごすことでようやく、「何もする気になれない」という気分が消えていたことに気付いた。本も読めるし、ツイッターのタイムラインも読めるし、ネットニュースも読める。ようやく文字が、内容を伴って頭の中に入ってきた。これで、2日間の「何もする気になれなさ」から解放されたことに気付いた。

 2日で終わったからまだよかったのかな、と思っている。初日の夜や翌日の朝などは、これはいったいいつ終わるんだ? という恐怖があった。2013年はとりあえず休むと決めたので、休んでいればよかった。でも今は普通に仕事をしているし、副業も入れているし、大学の講義を受けたり公認心理師試験の勉強もしないといけない。「やらなければならないこと」が多い。2日間で終わったからよかったものも、終わらなければ、これが一週間も二週間も続いたと仮定すると、やはり恐怖だった。

 大谷翔平じゃないが、意図的に休みを入れることも必要だなという(当たり前のことを)感じつつ、早めに回復できてよかったと素直に思った。一度起きたことはまた次も起こりうるので、メモ的に。まあこれも大谷翔平じゃないが、睡眠の質はめちゃくちゃ大事ですね。できるだけ同じ時間に寝て、睡眠時間をしっかり確保するということは基本的だけどとても大事でした、というお話かもしれない。

睡眠こそ最強の解決策である
マシュー・ウォーカー
SBクリエイティブ
2018-05-19






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2022年05月12日

語りがたいことを聴き、感情表現を経験する場の価値 ――NHKEテレ『ETV特集「奪われた言葉を取り戻す 児童・思春期病棟の声」』(2022年)





 NHKが「君の声が聴きたい」というコンセプトでやっていた企画の一番組という位置づけだったが、もともとの取材源はハートネットTVだったようで、過剰なナレーションが入らずに現場での実践にじっくり寄り添うタイプの静かなドキュメンタリーだった。精神科には仕事柄いくらかなじみがあるが、児童精神科のさらに病棟となるとほとんどなじみがないため、新鮮な気持ちで見ていた。




 番組タイトルの「奪われた言葉」と言う表現はややおおげさというか(企画のコンセプトに合わせたのか?)「失った言葉」だとか「抑圧した言葉」と言った方が適切なように思えた。つまり、明確な他者によって奪われたものというよりは(他者の存在ももちろん重要だが)自分自身といかに向き合うことができるのか、その困難を抱えた様々な子どもたちが登場していたからだ。困難を含む様々な経験ゆえに、「語りえない」のかもしれないし、「語りがたい」のかもしれない。

 彼ら彼女らの多くはおそらく、多くの語彙を持たない。単に学校の授業に十分通えてないのではという可能性以上に、多くの子どもたちが口にする「人間関係」もおそらく重要な要素だ。友達同士、親との関係、教師との関係など、様々な人と人とのつながりの中で言葉を獲得するし、語彙を獲得するし、感情表現ができるようになる。だが、この番組の子どもたちの多くは、そうした経験に乏しい。経験が乏しいと、他者への期待も乏しい。話したってわかってもらえないだろうし、相手は自分の話なんか聞かないだろうしという認知のもとで、「語らない」という意思決定をしがちだ。

 だからだろうか、ゲーム依存や摂食障害、行動障害といった症状そのものの治療よりも、「自分の気持ちを言葉にすること」を重きに置いた取り組みが新鮮に映った。「ホームルーム」と名付けられた対話形式の治療共同体が何度か登場するが、退院の目安が3か月に設定されていることもあってか、メンバーの入れ替わりが頻繁にありそうだ。けれどもその3か月の間に、気持ちを打ち明ける経験や、他者の言葉を聞く経験をできることは、おそらく価値があるのだろう。

 松本俊彦が編集した『「助けて」が言えない SOSを出さない人に支援者は何ができるか』を最近少しずつ読んでいるのだけれど、その中で勝又陽太郎が述べている内容が興味深かった。
 
筆者は最近、「SOSの出し方」や「援助希求」の代わりに、「援助の成立」という言葉を使っている。手前味噌で恐縮だが、この言葉は筆者らが開発した自殺予防教育プログラムGRIPにおいて教育の目標として置いているものである。自殺予防のためには、悩みを抱えた人とそれを援助する人の場で援助関係が成り立つ必要がある。そのためには、単に悩みを抱える人が援助を求められるようになるだけではなく、それがきちんと受け止める援助者側の対応も重要であると強調したい。(kindle版p.46)



 福岡にある病院だからか、ホームルームでも患者と医師との面接でも、頻繁に博多弁が飛び交っている。勝又が述べるような、援助関係が成り立つ場を多職種の支援者たちが作り出そうとしていることもよくわかる(何人もの看護師、公認心理師、精神保健福祉士が番組の取材を受けていた)。言葉を多く持たない子どもたちが自分の感情を吐露するためには、「きちんと受け止める援助者側の対応」がいかに重要かもよく伝わってくる。

 とはいえ最後のあおいさんのケースを見ていると、医療と福祉の連携の難しさも実感する。詳しく触れられていないので事情は分からないが、福祉施設側の余裕のなさ(人員、財務、スキルセット等)が、いわゆる問題行動を起こす(あるいはその可能性が高い)子どもの受け入れの困難さと相関するのではないかと推測することはできる。そうした子どもこそ手厚い支援が必要なはずだが、福祉施設側にそれを提供するキャパシティーが常にあるわけではない。そしておそらくこれは構造的な問題だ。

 もちろん常に完ぺきな支援などできるはずがない。ある程度人員もスキルもなければ「きちんと受け止める援助者側の対応」が困難なことは、この番組の病院がある意味実践している。ここまでやってようやく、という実践を。でもそれでも、当事者である子どもたちの語りがたい言葉を聴くことはできるはずで、そこからすべての支援が始まっていくんじゃないかということを改めて実感する。その意味で、カール・ロジャーズの言う「無条件の積極的関心」の一つの形を見たような気がした。










言葉を失ったあとで (単行本)
上間 陽子
筑摩書房
2021-12-02




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2022年05月11日

セーフティネットとしての公立高校の可能性 ――NHKEテレ『ETV特集「さらば!ドロップアウト 高校改革1年の記録」』(2022年)






 たった60分のドキュメンタリーであまり大きなことを期待したり、分析したりということはできないだろうけれど、それでもこのドキュメンタリーに出てくる八王子拓真高校の取り組みは面白いなと思った。単位制であり、かつ定時制を持つ公立高校だからこうした教育ができるのだろうし、番組を見ている限り校長のリーダーシップが大きな影響を与えていそうだ。実際、校長の方針について現場の若い教師たちが議論するシーンも撮影されているが、教員全員が同じ方向を向いているわけでもないのだろう。それでも、多くの教員が価値を共有しているからこそ、こうした学校が存在するのも確かである。

 多くの教員が共有している価値とは何か。最近ではありていな言葉かもしれないが、「生徒たちを取り残さない」ことだろう。退学者は毎年数十人はどうしても出ているようで、高校が最後のセーフティネットだという言葉が登場する。東京都内の大学進学率が6割を超えることを考えると、非大卒は3割強。ここには専門卒や高卒が含まれることを考えると、高校中退(=中卒)は東京ではかなりのマイノリティだ。その後の人生設計に大きな支障が出そうなのは容易に想像がつく(大人であれば)。



 ただ、この高校に通ってくる子どもたちの現実は厳しい。いじめや不登校を経験した生徒たちが集められるチャレンジクラスはその典型だろう。また、親が病気である、親が片親である、あるいは自身が生活費を稼ぐためにと、様々な理由で通学が困難な生徒たちが登場する(いわゆるヤングケアラーだと言ってもよい)。番組ではあまり触れられなかったが、軽度の知的障害や発達障害、精神障害を持つ生徒もおそらくいるだろう(一瞬だけ車いすの生徒が映像に映ったが、詳しく取材されてはいなかった)。

 学校側は当初、登校してこない(何らかの事情で登校できない)生徒たちを「怠惰」と言う評価で扱っていたこともドキュメンタリーで紹介される。つまり、生徒たちの背景に何があるかを十分考慮せず、目に見える行為(=登校しないということ)だけで評価していた可能性がある。この発想を転換して、生徒たちの抱える背景や社会問題に目を向けることでようやく生徒たちの登校を促すことができる、という教育に転換していくプロセスが描かれている。

 こうした生徒たちに対して高校がどこまで介入したり支援したりすべきなのかは、教育現場の実態や権限を知らないので十分なことは言えない。ただ確実に言えるのは、多くの教員たちに共有されていたようになんとかして高卒として社会に送り出すという熱意だろう。高校中退では厳しいというのは前述したとおりだが、かといって単に高卒という肩書を与えればいいものでもない。最低限、高卒だと言える程度の教育水準を提供した上で生徒たちを送り出す。いわば、公教育というより個別支援とも言ってよい取り組みが学校のあちらこちらで実践されていく。

 以前読んだ秋山千佳『ルポ 保健室』の中では、なんとかがんばって中学生活をサポートしたとしても、進学後の高校で十分な理解や支援を受けられずに中退してしまうというケースが紹介されていた。もっとも福祉的支援が公教育において大きなウェイトを占めるまではないし(特別支援教育は拡大しているが、まだまだ発展途上である)、教員の労務管理のハードさを考えるといまの学校現場にそもそも余力が残っているかどうかもあやしい。

 ただ、この学校の生徒たち一人一人の立場になってみると、これほど通ってよかった学校、出会えてよかった先生というのもないのではないだろうか。まだまだ未熟な高校生にとって、学校は家庭の次に大きなウェイトを占める。その家庭が様々な困難を抱えている場合に、頼れるのは学校しかない、という生徒たちがこの番組にはあまりにも多い。

 「子どもの貧困」というワードやヤングケアラーという概念が流通して久しいが、個別個別の支援だけでなく、もっと大がかりな形でのサポートの充実が必要なはずだということを、この番組の生徒たちと先生たちは体当たりで教えてくれる。





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2022年04月26日

所得の再分配はどのように正当化されうるのか、あるいは階層と社会関係資本との相関について







 この前の続きのような形になるが、いわゆる中室発言をきっかけにして所得制限や所得の再分配を正しく理解できていないツイートを最近よく見かける。もっともそれらの多くはポジショントークであり、自分たちにもっと寄越せという欲求であると仮定すると、彼ら彼女らへ所得の再分配の意義を説得するのは容易ではない。ただ、誤った認識がネット上に流布する現状は好ましくないため、いったん(というか再度)整理するためのエントリー。

◆総論

 子育て支援に関する現状の政策がベストとは言えない。例えば日本の児童福祉は所得制限を伴うが、所得制限を伴わない児童手当を給付している国はヨーロッパに多く見られる。所得制限を行う場合、線引きについて不満が生まれるのは避けられない。とはいえ、かといって自分たちへもっと寄越せと主張することで低所得家庭への支援を批判すると福祉政策における再分配は成り立たない。予算は無限大ではないため、限られた予算をどのような形で再分配を行なえば良いのかという議論はすべきだが、元ツイートのように努力の結果年収を多く持つ人が更なる要求をするのは再分配の否定とも言える。

 あえて指摘すると努力して年収を多く獲得している人が税金を多く支払ってこそようやく累進課税が機能し 、諸々の政策へと生かされる。生活に不満があるのであれば、日本的なメンバーシップ雇用の批判や教育費の高さを批判したら良いのであって、税制そのものの批判は所得階層に分断を生むだけである。 しかしツイッターランドを見ていると現に分断は生まれており、異なった階層を生きる人々の生活の実態は見えづらいことが伝わってくる。

 所得を多く持つ人ほど税金や社会保険料を多く支払う必要があるので不満があるのは分からないでもない。かといって累進課税そのものを否定すると空振りになるので、他のところ(先ほど挙げた雇用慣行や教育システムなど)を批判したほうが良いし建設的なはずだ、と言う立場。児童手当にしろ幼保無償化にしろ関心のあるのは子育て世帯であるが、雇用慣行や教育システムへの批判はもっと多くの人、例えば子どもを持たない人などを巻き込んで連帯することも可能である。

 ちなみに自分は常に税金や社会保険料を多く支払う側で、医療や福祉の制度的恩恵を受ける立場(自己負担の減免や手当の給付など)ではないと言える人でなければ、自己責任論を展開してはいけないだろうし、もっと寄越せというべきではないのではないか。事故や病気などで自分が困った時もそれは自己責任だから仕方ないですね、で本当によいのか。所得制限なしで一律にということは結果的に高所得者を利するという中室発言を改めて思い起こすべきである。



子育て支援の経済学
山口 慎太郎
日本評論社
2021-02-15


公正としての正義 再説 (岩波現代文庫)
ロールズ,ジョン
岩波書店
2020-03-17


社会保障の経済学 第4版
隆士, 小塩
日本評論社
2013-10-15





◆階層と社会関係資本

 ちなみに年収1000万と年収600万なら後者の方が楽論者の人は、年収以外の資産や資本を無視しすぎなのではないか。年収1000万クラスの人はかなりの割合ハイクラス家庭出身(つまり実家が太い)だろうし、中高大学社会人経ての社会関係資本を多く持つ側だと思われる。だからといって年収1000万と年収600万を比べちゃいけないわけではないが、生活のしやすさしんどさは実際にそれぞれあると思うけど、年収だけで比べるのは情報量が少なすぎる。階層の議論に持って行った方が色々なことがクリアに見えてくる。

 例えばパットナムがソーシャル・キャピタルの研究を展開したのは数十年前だが、一般に低所得者層ほど社会関係資本が少なく、繋がりが少ないことが貧困をより悪化させる循環もある。だから以下の記事で佐藤主光が言っているようなプッシュ型支援が重要になる。同じ趣旨のことは、中室発言にも見られる。



 少なくとも福祉政策や社会政策というものを多くの現代の経済学者はそうした認識で捉えているはず。他方で、年収1000万家庭の生活しづらさや子育て罰みたいなものを放置していい訳ではないが、それらは前述したように子育て支援政策や社会政策とは違う枠組みで議論され、解決されるべきなのではというのがこのアカウントの立場。

 従って最初に述べたように、一定レベルの収入の持ち主が低所得者層への給付施策を批判するならばこちらはその主張を再批判しなければならないという立場をとる。

孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生
ロバート・D. パットナム
柏書房
2006-04-01






シングルマザーの貧困 (光文社新書)
水無田 気流
光文社
2014-12-19





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2022年03月11日

「幼保無償化による再分配の失敗」という統計的ファクトの解釈と、今後必要とされる議論を整理する







■今回の論点

 9日から10日かけて、子育て世帯のタイムラインが非常に荒ぶっており確認したところ、教育経済学者による中室牧子の上記の発言が発端となっているようだった(厳密には、彼女の発言が一部切り取られた時事通信の記事に対する反響が火種)。ツイッターで建設的な議論を行うことは年々難しくなっていると改めて感じるが、関心のある方への情報提供としてこのエントリーを書いた。分量は長いが、随所に引用やレコメンドの情報も含んでいるため、そちらも併せてご覧いただければ嬉しい。

 さて、上記のyoutube動画の14分〜29分あたりが件の中室発言である。中室によるnoteに発言と資料がそのまま掲載されているので、動画ではなくnoteを閲覧してもよい。今回の火種になったのは以下の部分である。(なお太字はバーニングによるもの)

今の日本においても、再分配政策があまりうまく機能していない可能性があります。3ページをご覧ください。これは、兵庫県尼崎市から提供を受けた市内の保育所に支払われる保育料の分布です。グラフの一番下にあります緑の分布が2000年のもの、一番上の黄色が2015年のものです。これをみると、2000年時点では、保育所利用料は0円のところが最も多くなっていることがわかります。保育所は、児童福祉施設の1つであり、保育料は応能負担となっていますから、この時点では経済的に苦しいご家庭における子供の養育を支援する福祉的な役割が大きかったということがわかります。しかし、2015年になると、最も高い保育料を支払っている家計が最も多くなっています。これは、この15年の間に、保育所の役割は福祉から共働き世帯のサポートへと変化してきたことを意味します。このような状況で、一律に幼児教育の無償化という再分配政策が行われれば何が起こるのでしょうか。2019年10月に開始された幼児教育無償化への支出の多くは、高所得世帯への再分配となったと考えられます。同様のことは他の自治体でも生じており、例えば東京大学の山口慎太郎教授らによれば、神奈川県横浜市では世帯年収1,130万円以上の世帯が幼児教育無償化によって受けた恩恵は1年間で約52万円に上るのに対し、360万円の世帯では15万円程度であったということです。このように世帯の経済状況を把握することなく一律の無償化を行えば、再分配の機能を果たし得ないことがわかります。わが国の財政状況が極めて厳しい中では、高所得世帯ほど手厚い再分配を行うことは国民の理解を得られないものと思います。


 今回の中室発言と彼女の議論を端的にまとめると、現在の幼保無償化政策は高所得世帯が恩恵を多く受けるという(意図せざる)帰結を招いている。児童福祉における無償化政策という(給付はしないが自己負担を求めないタイプの)再分配政策の結果、高所得世帯が最も恩恵を受けるとするならば、それは福祉政策としては「政府の失敗」であると言ってよいだろう。ある政策が意図せざる帰結を招き、むしろやらなければよかったのでは、ということは歴史的にも珍しいことではない。



 山口慎太郎による横浜市の研究は2021年刊行の『子育て支援の経済学』でも紹介されており、mediumに書評を書いている。

子育て支援の経済学
山口 慎太郎
日本評論社
2021-02-15




 また、中田さんによるこちらの一連のコメントは本書の議論のポイントがコンパクトにまとめられている。






■「再分配の失敗」の解釈、あるいは政策デザインの失敗

 高所得世帯をどこで線引きするかは議論があると思われるが、こちらの記事で紹介されているデータによると年収1000万以上の子育て世帯は2016年時点で16%を占めている。数としては多くないが、この層は上昇傾向にある。これは、中室発言の「2015年になると、最も高い保育料を支払っている家計が最も多くなっています」ともリンクするだろう。中室が示している家計がどの程度の年収世帯かは分からないが、保育料が上限付きの応能負担だと仮定すると上限の最も上の金額を支払う世帯が多数を占めるということは、所得の比較的高い層が積極的に保育所を利用していると考えてよい。

 つまり、中室発言は統計的なファクトであり、中室発言を攻撃することにはほとんど意味がない。攻撃するとすれば、幼保無償化の政策過程だろう。かつて「3年抱っこし放題」発言がネガティブない身で話題になった安倍晋三を改めて攻撃してもよい。






 幼保無償化の対象が3歳〜5歳であり、0歳〜2歳が外れたことに対する批判は政策決定当初から目立っていたため、改めて同じ批判をすることも一つの手である。完全無償化ではない幼稚園、特に私立幼稚園は無償化をきっかけに保育料を意図的に引き上げたことが珍しくなく、この行為に対する批判が当時多くなされていた。



 また、こちらのnoteに書かれているように、そもそもの政策デザインが子育て支援や少子化対策という名目に対して微妙だという指摘もできるだろう。



 とはいえ、政策というのは往々にして経路依存的であるため、すでに実施した政策を取りやめるのは難しい。無償化の後に自己負担に転じたのは1970年代の老人福祉法に基づく老人医療費無料化が挙げられるが、例は多くない。また、高齢者の医療と福祉は平成に入って後期高齢者医療や介護保険に分岐していくため、老人福祉法の役割は終わりつつある(法律自体は残っており、介護保険法と併存している)。



■必要とされる議論

 ここまでは論点の整理と中室発言の解釈をしてきたが、ここでいったん幼保無償化からは距離を置いてみよう。ここからは、子育て支援を考える上でどういった議論が必要なのかを考えたい。もちろん必要な議論はいくらでもあるだろうが、このエントリーでは以下の二点に絞って考えることにする。

1.待機児童問題や保育士の待遇の問題など、保育の質と量を考える上で残された問題があるということ

2.子育て支援は子どもが成長するにしたがってフェーズが変わり、子のライフステージが移行する。その際に必要な費用に関する議論も同時に必要であり、子育て世帯をフォローするためにはこれらを政策パッケージとして提供する必要があるということ


〇一点目について

 これについては元横浜市副市長の前田正子のこちらの著書に詳しい。少し前の本ではあるが、2015年に始まった子ども・子育て支援新制度以後の本でもある。






 ここで挙げられている保育士不足や建設反対運動については、少し前に実施した#スペースで地方自治論の第12回「子育て行政」の回で言及している。録音については公開期間が終了したが、その回のレジュメは今も閲覧できる状態にしてあるので関心のある方はご覧いただきたい。



地方自治論 有斐閣ストゥディア
平野淳一
有斐閣
2018-05-25



 何が言いたいかというと、これは幼保無償化が決定した際の批判でもあったのだが、保育の質と量がまだまだ十分に担保されたとは言えない(特に都市部において)中で幼保無償化による自己負担の軽減は、子育て支援において有効な策と言えるのか? という問いを再浮上させてもよいのではないかということだ。前述したように、一度決定した幼保無償化を取りやめることは難しく、かといってボリュームが増えつつある高所得世帯を狙い撃ちにすると、この世帯は見放されたと感じるだろう。

 中室は今回の提言で保育の質評価にも言及しているが、2020年にも幼保無償化の批判と質確保の重要性について言及している。


 
 待機児童問題は保育士の不足+保育施設(保育所、こども園)の不足の両方を解決しないと難しい。前者について出来るとすれば、公立の保育士の給与の資源を国庫負担金にする(学校の先生のように)ことだろう。公立学校の教員の給与は国庫負担があるため、子どもに対して先生が足らなくなるという事態は起きづらい。むしろ現在は少人数学級や特別支援がトレンドとなっているため、子どもの数の減少と教員の数の減少は一致しない。



 しかしこの仕組みを保育所にも導入するとして、学校教育と違って私立の割合が大きい保育の領域で可能なのかどうかは正直分からない。また、いずれにせよ保育士の待遇改善費用を確保するための増税が必要とされるだろう。

 他方、日本では児童手当も所得制限付きだが、所得制限のない児童手当を実施している国はヨーロッパを中心に多くある。そのため、幼保無償化という保育料の無償化(あるいは軽減策)に対して所得制限を導入することは世帯がそれぞれに所得証明を作成、提出するコストと、行政がそれを審査する(ミーンズテスト)コストが二重にかかることも考慮する必要がある。

 では、現在の意図せざる帰結を温存してよいかというと、もちろんそうではない。ここでのアイデアは中室と同じで、支援を多く必要とする(「真に支援が必要」という表現は正直苦手だが)世帯へのフォローアップが必要だ。アイデアとして海外で一般的なのは給付付き税額控除である。例えばアメリカの「児童税額控除(Child Tax Credit)」の例がwikipediaに詳しい。

 アメリカでは源泉徴収という習慣がないため、被雇用者も自営業者もいずれもが確定申告を行っている(はずである)。その確定申告の際に税額控除が行われ、その後所得に応じて給付が提供されるという形での二段構えがアメリカ式の給付付き税額控除である。アメリカには児童手当が存在しないので、給付付き税額控除が実質的な児童手当と言ってよい。

 結論を述べると、幼保無償化より前に優先する政策課題が子育て行政においては様々あるということ。また、幼保無償化は政策デザインがイマイチであるが所得制限の導入が最適解とは言えない。制度を温存するならば、別の施策(給付付き税額控除など)と組み合わせる形で低所得世帯を中心にフォローアップすべきであるということだ。

〇二点目について

 これも多くの人が投げかけていた意見だが、子育てにかかる費用で莫大なのはむしろ教育費であるということだ。私立中学・高校や高偏差値の大学へ進学することを考えると、またそのために必要な塾代や習い事代なども考慮すると、枚挙にいとまがない。

 私立ではなく国立大学に進学するとしても、初年度に必要な入学金と授業料とその他施設代を合計すると悠に100万ほどにはなる上に、転居を伴う場合は引っ越し費用や家賃、生活費が必要になる。奨学金を利用するとしても多くの場合は貸与付きの奨学金であるため、卒業後に借金として残る。

 自分の話をすると、学部の4年間に240万を借り、卒業後の2012年9月から返済が始まっているが、そこから約10年が経過し、ようやく借り入れ残額が90万円台になっているところだ。240万というのは一か月5万×4年間(48か月)の数字だが、一か月7万を借りていた友人は336万以上を返済していることになる。この数字はこの30年間給与水準が上がっていない日本の労働者にとって、決してやさしい数字ではない。

 また、住宅費用も都市部を中心に高騰、もしくは高止まりする傾向が続いている。首都圏では中古マンションの価格も高騰しており、労働の機会が多く提供される代わりに高い住宅費が必要とされ続ける状態が続いている。





 住宅政策を長年研究している平山洋介は日本における公的な家賃補助の仕組みがないことを指摘している(あるとすれば生活保護制度における住宅扶助)。






 これは長い間企業型の福祉が続いてきた日本において、家賃や交通費などの負担を企業が積極的に行ってきたことにも起因するだろう。しかしバブル崩壊後、そうした福利厚生費を潤沢に払える企業が絞られる中、日本の住宅政策はいびつな状態で続いている。

 そしてそうした保守的でいびつな住宅政策にプラスして浸透してきた新自由主義が招いたのは、従来型の人生設計モデルの崩壊であった。






 この著書の最後に平山の述べる「都市の条件の再生」や「社会維持の新たなサイクル」といった観点は、子育て支援においても必要な観点だ。中室牧子という経済学者を叩いたり、シルバーデモクラシーだというイメージによる批判をしたとしてもそれはほとんど意味をなさない。



シルバー民主主義という言葉は、最近の論壇において流行語となり、仮説ではなく半ば事実として受容されてきた。だが、高齢者が選挙民の多数を占めることは日本の高齢者偏重の社会保障の主要因とは言いにくい。極端に女性議員の数が少ないことや、古い保守的な家族観を持つ自民党が長年政権を維持してきたこと、年功序列を重んじる政党組織、官僚制など、他の背景を探るべきである。いずれにしても、今回の18歳選挙権とシルバー民主主義の議論とには齟齬があると言える。


 子育ては家庭と保育園や幼稚園の往復で完結するわけではない。子は育つにつれてライフステージを移行させ、親は老いを見据えながら子育てと労働の両立を図ろうとする。そこにはそれぞれの人生、それぞれの生活がある。排除的にならずに可能な限り多くの人(もちろん、未婚の独身者や、子なしの既婚者も)を包括し、同時に支援を多く必要とする世帯をサポートするための政策デザインや政策パッケージの議論が必要だ。

※追記(3月26日)

 3月23日にハフィントンポストにおいて中室牧子本人へのロングインタビューが公開されていたので追記。こちらを読むことで中室の構想する子育て支援政策の論点がよりクリアになるだろう。




■その他推薦したい文献リスト

〇格差社会
学歴分断社会 (ちくま新書)
吉川徹
筑摩書房
2013-08-09




〈格差〉と〈階級〉の戦後史 (河出新書)
橋本健二
河出書房新社
2020-02-07




 子育ての先には何らかの形で最終学歴が待っており、労働につながる。ゆえに現在の日本では学歴による格差がどのように生じているかを認識しておくことが重要だ。吉川徹と橋本健二はそれぞれのアプローチで日本の格差社会の構造をあぶりだしている。

〇教育 


 フォロワーさん推薦図書。東大など、ハイクラスな学生やOBOGほど学歴ではなく塾歴になっていると指摘するおおたとしまさのルポルタージュ。そうした構造が生まれること自体の強い批判ではなく、そこからこぼれ落ちるものを評価しようとするおおたの姿勢に好感を持った一冊でもあった。子育ての先に労働があると先ほど書いたがその前に待っているのは受験であり、ここに費用が多くかかることはこれからの時代を生きる子育て世帯の悩みの種となり続けるのだろう。

あしながおじさん (光文社古典新訳文庫)
ウェブスター
光文社
2015-11-27


 女子が大学に行くことが珍しく、ましてや親のいない施設出身のジェルーシャはなかなかに奇跡的な存在であるが、そんな彼女の生き生きとした大学生活と、まるでラブレターのような手紙のやりとりがとても楽しい。女子の大学進学率の地域差は日本でもまだまだ色濃く残る中では、ジェルーシャのような恵まれない女子の大学進学は現代でも相当困難を伴っている。こうした側面も日本には残っているということにも思いをはせたい。




〇女性と労働
働く女子の運命 (文春新書)
濱口桂一郎
文藝春秋
2016-01-15




 以前「#深夜の図書室」でも取り上げた二冊。この時は女性の労働にフォーカスして議論をしたが、女性の労働のサポートは子育て支援においても重要な要素であるため、改めてチェックしておきたい。



〇社会保障
社会保障の国際動向と日本の課題 (放送大学教材)
浩, 居神
放送大学教育振興会
2019-03-20


 アメリカの児童税額控除の例を示したが、他国の社会保障の動向は参考になる点が多い。本書では「子どもの貧困」について2章分、「子育て世代と社会保障」について1章分、「住宅政策と社会保障」について1章分触れられており、このエントリーで触れてきた内容ともクロスオーバーしているため、今後の議論においても参考になる一冊だろう。



 やや古い本になるが、日本の福祉と政治、そして企業との関係が戦後どのように発展・形成され、そしてバブル崩壊後に瓦解しているのかを理解することも重要だ。制度の多くは経路依存的だという話を先ほどしたが、子育て支援に関する制度も同様に解釈してよい。そしてそれぞれの制度と政治の関係、企業による福祉(福利厚生)の関係も見据えることで、制度を立体的に理解することが可能になるだろう。

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2020年05月19日

池江璃花子と受容理論、レジリエンス、あるいはCOVID-19下の世界で彼女が生きるということ




 先日NHKスペシャルで池江璃花子の特集が組まれていたので見ていた。約一年前の冬、高校卒業の直前のタイミングに白血病を発症し、競技者としての活動を停止。結果的に来年に延期になったとはいえ、東京生まれの彼女が地元で迎えるはずだった東京オリンピックへの参加が相当厳しい状況になってきた。

 それでも彼女は病室から、あるいは自宅から定期的にメディアを通してメッセージを発してきた。自身のインスタグラムでも発信を続けている。以下に引用するのが昨年12月に退院した際の直筆メッセージだ。


 
 一人のアスリートとして、そして一人の難病患者として。それでも彼女はまだ18,19歳の少女である。そんな彼女が、自身の社会的役割を深く自認するかのようなメッセージを発信し続けることに、個人的には強い驚きを持っている。もちろんインスタグラムのようなソーシャルメディアがあるからこそ、彼女はダイレクトに自身の言葉を発信できる。最近ではウィッグをつけていない、あの長く黒い髪がほとんどない画像のアップもしている。NHKスペシャルでの密着でも、彼女は自分自身をさらけ出すことにとても積極的だった。発病直後の、とても弱くなった姿ですら。

 受容理論というモデルが心理学にはある。障害の受容理論や病の受容理論といった形で使われることが多い。



 中途障害や難病など、心身の状況の変化を受け入れることが困難な出来事に遭遇した時、この理論によればショック期→否認期→混乱期→努力期→受容期といった5つのステップを経て人は新しい心身の状態を受け入れていくようになると言う。ただ、いったんステップが進んだあとに戻ることもあれば、この期間が誰にとっても共通なものとは言えない。ガンなどの重大な疾病の場合、亡くなるまで受容期に至らないままということもあるだろう。

 こうした受容理論の一般的な経過を考えると、池江璃花子はあまりにも早く努力期ないし受容期に到達しているなと言える。若いからだ、と考えることもできるだろう。闘病生活は容易ではないだろうが、回復に至る段階になれば彼女にはまだ残された時間は長い。東京が無理でもパリを目指せばいい。何より早くプールで泳ぎたい。こんな心境をNスぺの映像から感じとることができた。

 ただ、かつて自分自身がそうだったが、病を受け入れるのは相当に苦しいものである。病そのものとの闘いも苦しいが、何より、他人と比較してしまう自分に打ち克つ必要があるからだ。周りは学校に行って元気に勉強したり遊んでいるのに、自分は退屈な病室で飲みたくない薬を飲まなければならない。病院のごはんはおいしくない。何より外で思いっきり体を動かすことができない。5歳や10歳の再発時、病院で考えていたのはこういうことだ。自分だけがなぜ苦しまなければならないのか、といった現実を受け入れることが、10歳の自分には到底難しいものだった。

 もっとも、彼女とて楽だったはずがない。映像の中にもいくつかは映っていたが、そこには映らない彼女の苦しみを想像することはできる。それでも難病と闘う同世代の仲間や、遠くにいるファンや、泳ぎたいという気持ち。起きているだけで体がしんどく、「死んだほうがいいんじゃないか」と思ってしまうほど深く大きく心理的に落ちたあとに、そこからリバウンドする力がなんと強くてすがすがしいことか。

 レジリエンス、という言葉をここ10年ほどでよく聞くようになった。3.11の時にもこの言葉をよく聞いた。退院後、彼女とて例外ではなく同じように、いや、免疫機能が弱まっているがゆえによりリスクの高い形でCOVID-19とともにある世界で生きることになった。それでもなんて彼女はポジティブで力強いのだろうと感じさせてくれたのは、COVID-19の流行を機に減ってしまった献血への呼びかけだ。
 
 彼女は強いから魅力的なのではないと感じた。彼女は自然な姿を見せるだけで、それだけでものすごく魅力的に見えるのだ。やさしさ、ポジティブさ、強さ、弱さ、もろさ。ありのままのいまを見せようとする彼女にどうしようもなく惹きつけられる。同世代のほとんどが味わうことのないような過酷な経験をしたことでもろさ、弱さを知った彼女が見せる新たな表情と言葉が、とてつもなく強く、まっすぐに響く。

 彼女はもう過去の彼女には戻れない。でも彼女の輝きはきっとこれからも失われないし、新しい色になって存在感を示していくのだろう。願わくばまた彼女が笑顔で、そして強くプールで泳いでいる姿を見られることを。あるいはそれが叶わないとするならば、彼女の見つけた新しい道を、人生を。
 
 もうすぐ20代になる彼女の見せる、10代最後に見せるまぶしいまでの輝きをこれからも見続けていたい。


※このエントリーは5月9日に配信したツイキャスを下に書きました。ツイキャスの録音は以下を視聴ください。




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2020年01月01日

死ぬまでの生き方に向き合う ――『人生をしまう時間』(2019年)



 半年ほど前、NHKが作った安楽死に関する番組への批判を長々とつづったエントリーを投稿したが、現実の死を題材に何かを表現するというのはそもそもがセンシティブな要素を多分に含んでいると思う。死は、身近な人にとっては個人的な出来事だ。だが、安楽死にしろ、今回の映画のテーマである在宅死にしろ、誰かの死はそれ自体が社会的な関心事になりうるし、高齢者福祉や在宅医療といったくくりで見たときには社会保障政策の対象になりうる。要は、個人的であるのと同時に社会的、公共的な出来事でもあるのだと言える。




 さて、もともとはBS1スペシャルの100分番組 「在宅死 “死に際の医療”200日の記録」として制作され、この短縮バージョンがNHKスペシャルにもなり、そして今回改めてディテクターズカット部分も交えて110分のドキュメンタリー映画として完成したのが、本作『人生をしまう時間』である。監督も出演者もテレビ放映の時のものを踏襲しているし、何ならすでに見たことがある映像が多々あった。だが、初めましての人にもわかりやすいように、いままでよりもずっと「視聴者に語り掛ける」切り口を見せているなと思った。ナレーションが一切ないにも関わらず、である。

 それでもこの映画が視聴者に対して優しい作りになっているのは、小堀鴎一郎医師や堀越洋一医師を中心とした在宅医療、居宅介護メンバーの医療福祉スタッフ(ケアマネ含む)が幅広く登場しているからだろう。テレビ版では尺の都合やおそらく分かりやすさへの狙いもあり、医師の言葉と患者(利用者)/家族(親族)間の言葉のキャッチボールが流れるシーンが多かった。劇場版では小堀医師や堀越医師の葛藤にも似た言葉にも存分に耳を傾けながら、この二人を近くで支えるスタッフたちの言葉にも耳を傾けていたのがよかった。

 たとえば映画で新たに挿入されたあるエピソードでは、往生を終えた女性のベッド脇でケアマネと
家族との言葉のやりとりがしばらく映像に残っていく。ある人にとっての死は、その周辺の人も巻き込むことが多い。だから人の死は何かの終わりをそのまま意味するわけではない。「死に方を考える」とか「死に方を選択する」ところから始まり、実際に誰かが亡くなり、そしてそのあとに余韻が残される。そして余韻が終わったころ、残った人たちの人生がまた始まっていく。

 テレビ版でも印象的だった百目柿を愛する老人と、目の見えない中年の娘とのやりとりにもそうした時間の流れがよく見える。視聴者は老人と娘のやりとりをただただ見守ることしかできない。しかしそこに小堀医師がやんわり介入していき、最後の時間をささやかに演出する。でも、本当の最後の時間は当人と、そして身近にいる人だけのもの。だから小堀医師は老人の娘に言う。すぐに知らせなくてもいいから、そばにいてあげてほしいと。朝になったら見に来るから、と。

 昨年話題になった東畑開人の『居るのはつらいよ』を思い出してもいい。ただただそばにいること、そこに意味を見出そうとすればするほど、つらく苦しい。けれども、誰かがそばにいることでうまくいったり、逆にうまくいかなかったりする。誰かがいなければそのどちらも生まれえないことが、人間と人間の間には存在する。先ほどの老人はほとんど死を待つのみになっており、医療行為めいたものはほとんど何もできない。だが、柿のなる日を待ちわび、そしてその柿を誰かに渡したいという思いをくみとるためには、「ただいるだけ」の人が本当に必要だ。そして死ぬまでの日々をケアする人もまた。

 東大医学部を卒業し、そのまま東大病院などで外科医として腕を振るった小堀医師にとって、死を前提とした医療はその語り以上に葛藤にあふれていたはずだ。それでも、いやだからこそか、決してわかりやすい答えのない在宅死の現場に80を過ぎてもなお通い続けるその意気に、在宅医療や在宅死を通して人間の在り方そのものを見ようとする、ある老医師のたぐいまれなライフワークが存在することがよくわかる。

 すべての人が望んだ死を選べない現実にも、医師は実直に、そしてユーモアを交えて向き合う。社会保障政策の不十分さも要員ではあるものの、医師の語り一つ一つは本当にすぐれた、そしてヒューマニティに満ち溢れた、ライフワークそのものである。


死を生きた人びと
小堀 鷗一郎
みすず書房
2018-05-02









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2019年07月23日

ケアの社会化の困難さと可能性について、一人の支援者目線から考えたこと

ETV特集「親亡きあと 我が子は…〜知的・精神障害者 家族の願い〜」


 以前ETV特集で放送された「長すぎた入院」は精神病院における長期入院を取り上げた良質なドキュメンタリーだった。長期の入院により失われるものの膨大さを丹念に切り取りながら、番組の後半では退院した患者を受け入れる小規模グループホーム(GH)を取り上げていた。今回、知的障害者や精神障害者の親と当事者に焦点を当てたのは、高齢者介護に比べると「社会化」がまだまだ足りていない障害福祉の世界における重要なテーマだからだろうし、「長すぎた入院」のアフターとしても見るべき番組だった。

 番組の要点は大きく分けて3つある。まず、成人になった知的障害者が親と同居する一方で親が年老いていったり貧困化し、障害者自身の生活の将来像が見えないこと。次に、精神障害者の地域移行(一人暮らしや施設入所)が親の疲弊に加え、資源の不足や周囲の偏見といった困難さを抱えていること。最後に、ではどのような形でケアを社会化させ、親の負担を減らすことが可能か、といったところが要点だったと思われる。

 中でも、成人してから20年近く幻聴に苦しみ、10回以上の入退院を繰り返した後に最後は実の父親に絞殺され、亡くなった女性(明示されていなかったので断定は避けるが、統合失調症の症状の表れ方に類似していた)を取り上げていたのが衝撃的だった。モザイクがかかってはいたが、女性の遺影や遺品、部屋を映しながら、殺人の罪で起訴された後に執行猶予がついた父親(こちらもモザイクがかけられていた)へのインタビューを試みていたのは、強く印象に残った。

 こうしたあまりにもヘビーな現実をふまえながら、現実的なケアの社会化(家族の外でケアを行うこと)や地域移行(病院や大規模施設以外の形でケアを行うこと)の形を探す取り組みとして、千葉で行われているACTや、大阪(だったと思う)のある地域で行われていた当事者親のGH建設運動が紹介されていた。ただ、屁びーーな現実は当事者や支援者の努力だけでどうにかなるものではないのも現実で、GH建設運動の行き詰まる様は現代社会におけるマイノリティの生きづらさそのものであると感じた。

 高齢者介護については、当事者である高齢者のボリュームが大きく、票田にもなることから選挙の争点にもなりやすい。ここしばらくホットである年金問題も、本来ならば障害年金も含まれるべきだろうが、あくまで老齢年金の話題として取り上げられる。家庭内でケアを行うことになる現役世代の問題でもあり、まだ低賃金かつ重労働の典型である介護現場の待遇改善といった話題も、介護保険以降の課題として取り上げられることが多い。

 ただ、それに比べると、すべての人が当事者や関係者にはならない障害福祉の領域は、あくまでone of themの論点として政治の世界では扱われがちだ。今回の参院選では山本太郎の政党が当事者を比例で擁立したことで話題になったように、一般的な領域というよりはやや特殊な領域として語られることが多い領域である。結果とし、浦河べてるの家のような一部の先進的な団体や地域を除いて、成人した障害者ケアの社会化というトピックは大きな形では浮上しない。

 おそらくこうした現実が、障害者たる子が成人しても親と同居している現実や、新しくGHを建設しようとしても周囲の理解が得られないという問題ともリンクしている。わかりやすく言えば、一般の人々にとっては障害者とおは「未知なる他人」であって「自分とは異なる他者」として見られることもそうそう一般的ではないのだろう。ただでさえ階層や属性による分断が進む現代においては、「他者」という存在を認知、受容することすら難しい。当事者の連帯は社会運動的な意味でも負担の軽減的な意味でも重要な要素だが、当事者以外の他者と連帯することの難しさを、まざまざと見せつけられるドキュメンタリーになっていた。


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 こうした状況を踏まえて一人の支援者として言えることがあるとすれば、目の前の利用者に対して何ができるかを考え、同僚や関係機関と上手に連携して、少しずつ自立度を高めていくことしかないのではないか。ただ番組でも紹介されていたように、あまりにも資源が足りない現実(この点においては高齢者介護も同様である)は拭えない。身も蓋もないことだが、ズブズブにならないよう淡々とできることをやっていくことでしかない。

 もちろんこれはまず目の前の相手に対してできることであり、長い目で見た時はまた別だ。ACTのように、その時々で使える制度をうまく利用してやっていくことが経済的だし、ロールモデルになりうる。とはいえACTも現実にはなかなか難しいという話も聞くし、多職種連携は介護の世界で重要な要素だが、連携のコストを乗り越えなければ実りのある支援にはなりづらいだろう。やり方はいろいろあっていい。当事者の利益にかなうことは何かをじっくり考え、支援スキルを磨いていくことを、個人として改めて意識づけられた。

 ただ、一つ言えることがあるとすれば、90年代以降にノーマライゼーションが制度や生活の場面で少しずつ浸透し、立岩真也『生の技法』から時間がだいぶ流れた今になっても、古くから課題が解決されずに残っていることや、障害者とそうでない人たちとの間の断絶の大きさ(相模原事件を引くまでもなく)があることは否めない。乗り越えていくべき課題は多い。まだまだそういう時代、国に生きていることを改めて実感するドキュメンタリーだった。













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2019年06月08日

海外での合法的安楽死という他力本願な自死への違和感と、ヴェーネ・アンスバッハが死ねなかった理由

NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」

 NHKスペシャルで50代の日本人難病女性がスイスでの安楽死をした際の経緯に密着した番組が放映された。リアタイではなくてNHKオンデマンドで見たので、リアタイの反応が見られなかったのだけれど、『障害者の傷、介助者の痛み』などの著者がある渡邊琢がかなり批判的なツイートをしていた。なるほどこれは見ないとな、と思ってオンデマンドで見た次第。
 

 このツイートの中で言うと、「今の社会状況」というのがポイントとなる。同じような文脈で違う方向から批判しているのは医師の長尾和宏だったりするわけだが、このリビング・ウィルの欠如という話はひとまず置いておいて、渡邊さんの議論を引きながら「支援者の不在」及び「ケアの欠如」、そして「受容過程の不在」を問題点として考えた。つまり、難病患者である本人や家族の困難を指摘した上で、ケアの側で解決可能な要素を指摘している。
 また、いくつかの恣意的な編集による誤ったアジェンダセッティングの可能性の指摘を考えると、この特集のヤバみを感じた。おそらく番組の女性を通じて安楽死の是非について議論をしてほしいというアジェンダセッティングの意味もあったのだろう。でもそれはこれまで書いたような事情で誤ったアジェンダセッティングである。議論するには視野があまりにも浅い。
 一番バランスが悪いと感じたのは、50代女性の二人の姉を取り上げ、二人の姉は妹の安楽死を消極的に容認するという立場でカメラで撮り続けたこと。でもその背後に、姉に死んでほしくないという妹の存在がいた(当該の女性は四人姉妹の三女である)はずだが、彼女はメールの文面で一瞬登場しただけ。ここにも編集の恣意を感じる。
 渡邊さんも書いていたが、安楽死という問題を家族という枠組みに閉じ込めたこと。病院のシーンはあるのに主治医もナースも出てこない。福祉スタッフももちろん出てこない。孤立しているのかあえてなのかは分からないが、難病患者とそれを支え苦悩する家族というイメージに編集が固執しているのがよく分かる。つまり、この時点でかなり誤ったイメージを発信している。

 最後にもう一つ、ヴェーネ・アンスバッハの名前を出したい。彼女も番組の女性のように、何度も自死を試みたがそれができなかったという(フィクショナルではあるけれど)キャラクターだ。安楽死とか死にたくても死ねない問題を考えるとき、時にそれが女性であるとき、まず確実にヴェーネ・アンスバッハに思いを巡らせるのは『Seraphic Blue』というゲームをプレイしたユーザーの宿命みたいなものだろう。

 以上を踏まえてある程度のことは自分のツイッターに書いた。ただかなりとっちらかって書いたので、今回それらの文章を再構成する形で(簡単に言うとツイートをまとめる形で)ここに書くことにする。
 また、多間環さんとの議論も今回のエントリーに少し反映させているが、彼女はいまアカウントを非公開状態にしている。そのため、彼女の当該ツイートは引用しない。

●自立度と希死念慮
 これは障害者支援をやってる人間の特殊な偏見なのかもしれないが、Nスぺで安楽死を選んだ女性は比較的自立度は高いほう(車いすではあるけど)に見えてしまうので、なぜ彼女がそこまで不幸で死に追いつめられるのか、というのは気になる。
 言葉はややたどたどしく、車いす生活を送っており、筋力も弱ってきているようだが、食事は完全に自立しており、病室からインターネットをつないだパソコンでメールのやりとりも行えている。そういう見た目だけを見ると、珍しくない身体障害者に見える。
 ただその上で、あなたはまだマシ、もっとしんどい人がいるという気は全然ないし、それぞれの人の抱える痛みは安易に相対化すべきではない。それは原則的に守るべき。ただ、障害や難病の度合いと希死念慮は別の所にあるのではないか。

 例えば重度身障者が皆希死念慮があるかというとそういうわけではない。番組の女性のような中途障害者や難病患者が同じようにそうではない。どちらかというと、その過程でメンタルを病んだり精神障害を発症するという二次的な作用が希死念慮を引き起こすというイメージだ。
 つまりある人の順調な人生が難病の罹患によって完全に折られてしまい、精神的にも立ち直れなくなった過程で希死念慮を持ってしまったのだろうと仮定する(あくまで仮定として)。障害の受容段階論で言うところのショック期を超えられるか分かれ目なのだろう。

●難病を受容する過程

 当人の受容過程が希死念慮を考える上で大事なのだが、番組においては「私らしいうちに死にたい」という彼女のショック度を表現しているにとどまった。この彼女が安楽死を不可逆的に選択したとなると、あまりにも多くの人が安楽死を選んでもおかしくはない、となりそうだ(番組の編集の問題として)。
 それがいいのか悪いのかは正直分からないし、安楽死という選択それ自体を批判するつもりはない。ただ、進行性の神経難病の場合、あれは確かに希死念慮を持ってもおかしくないということは、かつて神経系の難病患者だった人間としては否定できないということは理解できる。
 一番病気がつらかった10歳の時、周りの大人に死にたいって言ったら相当怒られた記憶がある。言った相手が同じ難病患者の子どもを持つ親だったと記憶しているので、怒られるのは当然だ。つまりそれはそれで一つの正しい反応だろう(命を粗末にするなという意味で)なと思うし、結果的に私自身は29歳になるまで生き延びているので、希死念慮それ自体への対処法ってのはあるはずだ。希死念慮を尊重しすぎると、それはそれでロクな結果につながらない。

 番組の女性については韓国の大学を卒業し、翻訳や通訳などのキャリアを持ち、その後児童養護施設での勤務を考えていたらしい。仕事一本で生きてきたような、タフな女性だったのだろう。ただ、タフであるがゆえに進行的に身体の自由を失っていく難病生活が耐え難かったのは容易に想像できる。
 しかし、言ってはなんだが歳を重ねると様々な事情でキャリアを中断するということはあまりにもありふれている。あるいは、若くしてがん患者になり、容赦なく余命を宣告される人も珍しくない。自身は健康でも親の介護で離職するというケースも、40代以降に差し掛かったなら本当に珍しいことではない(それを支える制度もまだ貧弱であるし)。
 彼女に似た人は大勢いる。だから彼女が安楽死を選んだことを容易に正当化するのは危ういが、番組はあまりにも彼女の主張を尊重しすぎてはいないか、というのが最大の違和感と言ってもよい。

●制度・政策的観点
 海外と比べて日本は安楽死の議論が少ないと番組では語られていたが、日本は高度な医療技術と世界的にも稀な医療制度を持っている。遅ればせながら障害者支援の枠組みに難病患者も取りこまれるようになっている。このような難病患者が生き続けるための環境について、番組では触れられることがなかった。
 だから渡邊琢さんのようなケア職の立場の人が番組の構成に疑義を唱えるのは当然だ。日本の医療制度にほとんど言及せず、尊厳死は認められてきたが安楽死は認められないという単純な二項対立でしかこの議論を行わない番組の構成は、あまりにも雑だと感じる。その雑さが誤ったイメージを発信しているとすれば、マスメディアとしての姿勢として大きな疑義がある。

 さらに福祉政策の観点から考えると、重度身障者は訪問、通所、施設系の障害者支援サービスを豊富に受けることはできるし、事業者にはそれなりに加算もつくけれど、難病患者への福祉サービスの受け入れの実態としてはまだまだといったところだ。そして番組の女性が入院していた新潟にその資源があったかというと……という印象は拭えない。
 例えば高齢者は社会的入院が問題になった80年代以降、どんどん病院から出ていける(出て行かざるをえない)ようになったけど、難病患者は病院で社会的入院を続けざるをえない、となるとつらいものがある。可能ならば在宅で、地域で訪問看護や訪問介護などのサービスを使って生きていける選択がもっと広まっても良い。というか、実際にはそういう例は豊富にあるはずだ。なのになぜか番組ではそういった施設外のケアについては触れない。
 故小山剛の先進的な在宅介護の取り組みで知られるこぶし園は新潟(長岡市)だし、地方だから何もないとは思わない。このあたりの掘り下げは、それこそ地域に密着するマスメディアであるNHKならあってもよかったのではないか。

●死ぬことと生きること
 高齢者福祉の世界では死が本当に目の前にあるけど、障害者福祉の世界だとすごいやり方で生きている人と、死にたいが口癖だけどやっぱり生きてる人と、いろいろな人がいる。生と死は単純な二元論ないなと日々この領域で仕事をしていて思うところだ。
 渡邊さんが今回の番組の編集を相模原障害者施設殺傷事件になぞらえてていたように、生きることのグラデーションが窮屈な社会というのは、役割を終えた人や役割を失った人から、生きることを容易に奪ってしまう。生産性がなくなったから死ぬことを目指し、それを容易に容認するような社会なのであれば、そもそも医療も福祉も最低限にしか必要がない。
 もちろん先天的な障害と中途で罹患する難病や確かに状況が異なるものであろうが健常ではない存在を否定し、それを容認してしまうということは、実際に健常な身体や精神を持たずに生きている人たちを見殺しにしてしまうのではないか。彼ら彼女らの尊厳への目配せがあまりにもないのではないか
 治療の見込みが、身体の機能の改善の見込みがないならば不要になるということだ。しかしそれは正にディストピアだし、ナチズムに通じる。このあたりの視野がNHKに欠けていたことも、あまりにも危険だと感じた。

●ヴェーネ・アンスバッハのこと
 番組の女性がやったことは積極的安楽死でもなんでもなく、現代日本社会の中で生きられなかった人の自殺の手段が電車への飛び込みではなくて投薬だった、という風にも理解できるだろう
 難病の進行と希死念慮を経ての安楽死は安楽死というより単なる自殺だと考える。それは、セラブルのエピローグパートにおいて、天使としての役割を終えて、何もない、無の存在となったヴェーネ・アンスバッハの言動とダブる。
 でもヴェーネは二年かけても死ななかったし死ねなかった。ある意味飼い殺しとも解釈できるアフターエピソードはかなり残酷だし、他方で役割がなくなって無になったとしても死ぬ必要はないし生きて良い、という天ぷらのイデオロギーかなとも感じた(なので女性にも安楽死する前にぜひセラブルをやってほしかったな、その上で結論を出してほしかったかなというのが強引な感想)。
 ヴェーネもそうかもしれないが、安楽死した人にも「尊厳」の呪いのようなものがあるかなと思う。結局のところ完全に病気を受容すると尊厳が失われるかのような錯誤をしたまま死んでいったような気がするし、それは本当に幸福な決断なんですかね、と問いかけたい。
 受容した上で自死するならともかく、受容の過程を経ずに病気によって変わってしまった自分自身をただただ否定して自分を殺してしまうというのは、簡単に言ってしまえばエゴだろう。別にエゴであってもよい。
 ただ、そのエゴをさも正しいものかのように振る舞うことについては留保が必要だ。あなたにとって正しいことが、他人にとっても正しいとは限らない。この意味では、同じ病気の別の重度身障者の女性を番組で取り上げていて、ここは数少ないバランスに配慮した部分かなと感じた。

 「ヴェーネ論」の結論で書いたことは、ヴェーネにいかに生き方の幅をもたらすかであった。安楽死を選んだ女性にとっても、これまでの生き方を失ったからと言って、今後の人生の生き方の幅を全否定しなければならなかったのだろうか。ここには留保が必要である。
 また、生き方の幅を失った、あるいはそもそも持たない人間が一つの役割を終えたから死んでしまうというのであれば、この世界には死者だらけになってしまう。そうではなくて、何か大きなことを終えたあとでも死ななくて良いという話をしたかった。あるいは、何か大きなことが難病等でできなくなったとしても、それでも何か別のことはできたのではないだろうか。
 もっとも、ヴェーネの場合は希死念慮が容認されたわけではない。番組の女性は二人の姉に容認され(一人の妹には否定されていたが)ここは大きい違いだろう。そして自殺未遂を繰り返すものの、彼女は死ねなかった。ここには迷いもあるのかなと感じました。生きること、死ぬことのいずれのが出来ない戸惑いのようなものがある。
 番組の女性はあまりにも死にとりつかれていて、そして姉もそれを容認する、死以外の外部性を失わせるという、「ヴェーネ論」で出した結論と対のアプローチをしていた。死による救済を掲げるキャラがセラブルには複数出てくるが、ヴェーネはその敵に抗した。ヴェーネが死ねなかったのも、もしかしたらここに理由があるのかもしれない。

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 以上、かなり番組に批判的なコメントを書いてきたが、ケア職の立場として言いたいことはすでに渡邊さんが詳細に論点を提示しながら批判していたので、分厚く書くことはなかった。
 その代わり、ヴェーネ・アンスバッハのことを考えずにはいられない自分の性分をしたためたつもりだ。当初番組の女性がヴェーネっぽいのではと思っていた部分はむしろそうではなく、ヴェーネとは遠いところに番組の女性はいた、という風に結論付けたい。
 そういうわけで、来るべき「ミネルヴァ論」のための布石としては、いい思考のトレーニングになりました。







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2019年02月17日

かつて難病患者だった13歳の自分へ

 このエントリーは2月16日に行われた、【ものを書くための、読書会 vol.21(テーマ:「私と本」)に参加した際のエッセイで、30分即興で書いたものを掲載します。接続詞や助詞などをやや直した以外は、当日発表したものとほぼ同じです。文の展開がややごちゃごちゃしていますが、即興ということもあるのでご了承ください。

*******

 私がかつて難病患者でなければ、こんなに本を読まなかっただろう。もしくは、本を読んだり、文章を書くことが楽しいと思えるのは、もっと後だったと思う。(※神経系の難病に罹患し、闘病していた時代があったというお話です)
 最初に長い入院にしたのは5歳のころで、5歳の男の子にとって入院生活はまああまりに退屈なものだから、病室を抜け出して他の病室に不法侵入するか、誰かから差し入れられたスラムダンク全巻(※当時まだ未完だったので、既刊の全冊)を読むのが数少ない楽しみだった。退院した後、「俺は天才だ」と叫びながら、しかし桜木花道ではなく三井寿にあこがれてシュート練習をしたのをよく覚えている。
 次に長い入院をしたのは10歳の時だが、この時は病状が重かったので、本を読む余裕はなかった。
 その次が13歳の時で、この時に小説を読むことに真に目覚めてしまった。この頃、2ヶ月ほど入院したものの比較的病状は軽かったので、たくさんの本を持ち込んでいた。橋本治に出てきたジェフリー・アーチャー(※今回課題となって輪読した橋本のエッセイ)の『ケインとアベル』や、ワイルドアームズ3のノベライズや、『聖の青春』で有名な大崎善生のデビュー小説や、要はジャンルというものが分からないから、新刊として売っていたものと、親の本棚にあってものを持ち込んだのであった。
 一番退屈をしのげたのは司馬遼太郎を読んでいた時だ。文庫で8巻ある『竜馬がゆく』を読むのは、流行のマンガを読むことよりも面白かったと思う。

 この時の経験がなければ、すでに遊びで始めていたインターネットで本の話をしたり、書評を書くためにウェブサイトを13歳の年に作ることはきっとなかった。もちろん、先の人生にもきっかけはあったと思う。でも、この時に入院していなければ、ゼロ年代初期のインターネットを楽しめてなかったのではないか。
 そもそも今の自分の原型はすべてこの時にある。平日は陸上部で毎日走り、家に帰っては本を読み、チャットをするなどしてネットで遊ぶ。この後の人生でたくさんのことを経験するが、走ること、本を読むこと、文章を書くこと、これらを三位一体でやっていたこの時はとても楽しかったし、今の自分を支えているのも13歳の自分のおかげだと思う。
 だから今でも、2月になると地元で丸亀ハーフマラソンを走るのが楽しい。走りながら文章のアイデアを考えることもよくある。読むことと書くことと、走ることは社会人になった今では仕事のストレスを発散させるための、とても安価で有効な方法だ。そしてもちろん、今いるこの場所(※カフェみずうみにおける読書会のこと)も、遠征という形で日ごろのストレスから解き放たれて、読むことと書くことを楽しんでいる自分がいる。
 だから今の私は、13歳だったころの自分感謝しかない。今後の人生においても、自分の原点だったリトルバーニングが、病院というとても不自由な空間で編み出した自由な生き方を、忘れてはいけないと思う。
 あれから気づけば16年経ち、2019年2月16日の今日、私は29歳になった(※事実です)。苦しかったことを乗り越えて、ここまで生きてこられたことに感謝したいというのが、私と本の間における重要な関係性である。 (了)







ケインとアベル (上) (新潮文庫)
ジェフリー アーチャー
新潮社
1981-05-27



パイロットフィッシュ (角川文庫)
大崎 善生
KADOKAWA / 角川書店
2012-10-01




◆追記
 病気のことについて追記する。追記する理由は上のエッセイではあまりにも説明してないから(即興なので許してほしい)ということと、13歳以降の至って健康な自分を知っている人からすれば、かつての自分がこうだったということは知らない場合が多い。
 わざわざ話すネタでもないので当然といえば当然だが、逆に地元の同級生や当時の教師はほぼ全員が自分が病気していたことを知っているはずで、このへんのギャップがあることを、エッセイを発表するまで忘れていたせいもある。なので改めてここで、コンパクトに、ではあるが少し病気についての追記を行う。
 私がかつて経験した病気は多発性硬化症・視神経脊髄炎/重症筋無力症の合わせ技だったが、いずれも当時の難病指定56疾患に指定されていたため、特定疾患医療受給者証を取得し、公費による難病医療助成を受けて治療することができた。その後も一年ごとに受給者証の更新を行ってきた。
 現在は「難病法」の施行により約300疾患にまで拡大されたが、私自身は13歳時の再発以降は長らく軽症患者であったため、現在は受給者証を所持していない。ただ、軽症患者を助成の対象から切り離して良いのかどうかについては議論がある。
 私と同じ病気を経験した人の著者としては次のものに詳しい。

難病東大生
内藤 佐和子
サンマーク出版
2009-10-09



 また、大野更紗の著作も、彼女とは違う病名ではあるが症状の出方や、役所に出す書類のめんどうくささなど、読んでいて共感できる(というか昔経験した)ことが多くあった。

 


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