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日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



見:イオンシネマ綾川

 志村貴子作品と言えば、その空気感だろうと思う。会話のリズムであり、雰囲気であり、キャラ同士の関係性であり、往々にして説明しすぎずに流れていくところがマンガチックではなくて写実的な匂いを強く感じさせる。また、性的な表現やジェンダーに関する表現も一貫して多く取り入れているが、映画のパンフレット寺田プロデューサーが言葉にしているように、いずれの表現も「フラット」に描写しているところが魅力だろうと思う。

 個人的には、このフラットであるというのは特別視しないことだと感じている。もちろん『青い花』や『放浪息子』のような、ジェンダーの揺らぎそのものをテーマの中心に据えた場合は別なのだが、本作の原作となっているマンガを読んでいても、様々な恋愛、性愛の形が出ては来る中で、そういうものもあるよね、普通に、くらいのテンションや温度で紡がれているのがいいなと思う。

 かといってこの「戸惑い」も大げさではなく、自然で、等身大的だ。BLも百合も特別なものではなく普通に描いている、と太田出版の担当編集が語っている(パンフレットpp.16-17)が、これも志村貴子の漫画の読者なら自然に感じ取っていることだろう。その上で、同性愛を表現する際につきまとう「戸惑い」の描写もぬかりない。

 「えっちゃんとあやさん」はこれもパンフレットによれば志村貴子が初めて発表した百合とのことだが(2015年刊行の新装版で最初に読んだので知らなかったが、原作自体は確かにもうずいぶん前である)その百合を、1988年度生まれで同い年の女性声優である花澤香菜と小松未可子が演じるというのもとても良い。良い、としか言えないのは物書きとしてどうなのかと思うが良いものは良いし、尊いのである。しかし初めての百合が、結婚式をきっかけに出会った二人による社会人百合というのは、いろいろできすぎている。

 続く「澤先生と矢ヶ崎くん」は男子校を舞台にしたライトなBLで、教師と生徒というこれも定番ものである。澤先生の妄想が楽しく、その澤先生を櫻井孝宏が演じているのが妙に色っぽく思えて面白い。男子校なので生徒は矢ヶ崎くん以外にもたくさんいるし、毎年新しい生徒は入ってくるし、その彼らとの関わり方を模索するような描写は、これも一つの社会人ものなのだなと実感させられる。

 後半の「しんちゃんと小夜子」「みかちゃんとしんちゃん」はそれぞれ時代設定が少し違うが、同じ登場人物が出てくる続き物だ。みかちゃん、しんちゃんという同級生の男女と、しんちゃんの家のおしいれに居候している親戚の年上の女性、小夜子。小夜子の過去を知ったみかちゃんは彼女に関心を持ち、しんちゃんはただただ動揺する。女二人の強さや好奇心、三人の中では唯一の男であるしんちゃんの儚さが、性的な話題を多く含む中でもユーモアたっぷりに描かれている。

 花澤香菜や寺田Pが「どうにかなる日々」というタイトルがいい、と感想を述べていたが、この映画を最後まで見ると確かにこのタイトルは絶妙で面白い。最初の百合カップルはのぞき、以降のキャラは関係性が曖昧なままストーリーが進んでいく。この曖昧さは感情の揺らぎでもあり、澤先生やしんちゃんの動揺する心や、矢ヶ崎くんやみかちゃんの攻める気持ちが交差しながらも完全には重ならないところに魅力があると思う。これも、恋愛関係であってもそうでなくても、関係性そのものの魅力を描くことを意識しているからなのだろう。

 極端なフラットさは悪い相対主義をひきつける(例えば差別的な言動やヘイトスピーチは表現の自由下の枠外に置かれる)けれども、志村貴子の表現するフラットさは、現実が規定しようとするものから離脱することで得られる自由を表しているように思う。そうした自由が、この映画にもあふれている。


どうにかなる日々 新装版 ピンク
志村貴子
太田出版
2020-04-17


どうにかなる日々 新装版 みどり
志村貴子
太田出版
2020-04-17


どうにかなる日々
クリープハイプ
Universal Music
2020-10-21

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