Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。





 NHKが「君の声が聴きたい」というコンセプトでやっていた企画の一番組という位置づけだったが、もともとの取材源はハートネットTVだったようで、過剰なナレーションが入らずに現場での実践にじっくり寄り添うタイプの静かなドキュメンタリーだった。精神科には仕事柄いくらかなじみがあるが、児童精神科のさらに病棟となるとほとんどなじみがないため、新鮮な気持ちで見ていた。




 番組タイトルの「奪われた言葉」と言う表現はややおおげさというか(企画のコンセプトに合わせたのか?)「失った言葉」だとか「抑圧した言葉」と言った方が適切なように思えた。つまり、明確な他者によって奪われたものというよりは(他者の存在ももちろん重要だが)自分自身といかに向き合うことができるのか、その困難を抱えた様々な子どもたちが登場していたからだ。困難を含む様々な経験ゆえに、「語りえない」のかもしれないし、「語りがたい」のかもしれない。

 彼ら彼女らの多くはおそらく、多くの語彙を持たない。単に学校の授業に十分通えてないのではという可能性以上に、多くの子どもたちが口にする「人間関係」もおそらく重要な要素だ。友達同士、親との関係、教師との関係など、様々な人と人とのつながりの中で言葉を獲得するし、語彙を獲得するし、感情表現ができるようになる。だが、この番組の子どもたちの多くは、そうした経験に乏しい。経験が乏しいと、他者への期待も乏しい。話したってわかってもらえないだろうし、相手は自分の話なんか聞かないだろうしという認知のもとで、「語らない」という意思決定をしがちだ。

 だからだろうか、ゲーム依存や摂食障害、行動障害といった症状そのものの治療よりも、「自分の気持ちを言葉にすること」を重きに置いた取り組みが新鮮に映った。「ホームルーム」と名付けられた対話形式の治療共同体が何度か登場するが、退院の目安が3か月に設定されていることもあってか、メンバーの入れ替わりが頻繁にありそうだ。けれどもその3か月の間に、気持ちを打ち明ける経験や、他者の言葉を聞く経験をできることは、おそらく価値があるのだろう。

 松本俊彦が編集した『「助けて」が言えない SOSを出さない人に支援者は何ができるか』を最近少しずつ読んでいるのだけれど、その中で勝又陽太郎が述べている内容が興味深かった。
 
筆者は最近、「SOSの出し方」や「援助希求」の代わりに、「援助の成立」という言葉を使っている。手前味噌で恐縮だが、この言葉は筆者らが開発した自殺予防教育プログラムGRIPにおいて教育の目標として置いているものである。自殺予防のためには、悩みを抱えた人とそれを援助する人の場で援助関係が成り立つ必要がある。そのためには、単に悩みを抱える人が援助を求められるようになるだけではなく、それがきちんと受け止める援助者側の対応も重要であると強調したい。(kindle版p.46)



 福岡にある病院だからか、ホームルームでも患者と医師との面接でも、頻繁に博多弁が飛び交っている。勝又が述べるような、援助関係が成り立つ場を多職種の支援者たちが作り出そうとしていることもよくわかる(何人もの看護師、公認心理師、精神保健福祉士が番組の取材を受けていた)。言葉を多く持たない子どもたちが自分の感情を吐露するためには、「きちんと受け止める援助者側の対応」がいかに重要かもよく伝わってくる。

 とはいえ最後のあおいさんのケースを見ていると、医療と福祉の連携の難しさも実感する。詳しく触れられていないので事情は分からないが、福祉施設側の余裕のなさ(人員、財務、スキルセット等)が、いわゆる問題行動を起こす(あるいはその可能性が高い)子どもの受け入れの困難さと相関するのではないかと推測することはできる。そうした子どもこそ手厚い支援が必要なはずだが、福祉施設側にそれを提供するキャパシティーが常にあるわけではない。そしておそらくこれは構造的な問題だ。

 もちろん常に完ぺきな支援などできるはずがない。ある程度人員もスキルもなければ「きちんと受け止める援助者側の対応」が困難なことは、この番組の病院がある意味実践している。ここまでやってようやく、という実践を。でもそれでも、当事者である子どもたちの語りがたい言葉を聴くことはできるはずで、そこからすべての支援が始まっていくんじゃないかということを改めて実感する。その意味で、カール・ロジャーズの言う「無条件の積極的関心」の一つの形を見たような気がした。










言葉を失ったあとで (単行本)
上間 陽子
筑摩書房
2021-12-02


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