公式:http://www4.nhk.or.jp/etv21c/x/2018-02-03/31/18887/2259602/
オンデマンド:http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2018084758SC000/?capid=sns002(視聴は2/17まで、216円)

 当日リアルタイムで見逃してしまったのを悔やみつつ(丸亀ハーフの前日だったから仕方ないね)一部で話題になっていたので見てみたが、60分という短い中で戦後日本の精神医療史をコンパクトに凝縮した特集だと思った。視聴期限が迫っているが、医療問題やマイノリティの問題に関心がある人には見てほしいと思う。
 たとえばイタリアは精神病院を捨てたともいわれているし、人権意識の高い西ヨーロッパ諸国は戦後、むしろ精神病院を減らして地域移行を進めていったと言われている。対して日本の精神病院という構造はいまだに残り続けていること(世界の精神科ベッドの2割が日本にあると紹介されていた)や、地域移行が進まずに数十年単位の長期入院が強いられていること。
 そして今回登場する統合失調症の患者は、3.11によって皮肉にも退院の契機を得たこと、などだ。

 細かい論点は番組を見てほしいということで、番組で補足されていなかったいくつかのことに触れておきたい。
 まず番組に登場するのはほとんどが中高年、さらに老年と言ってもいい年齢の統合失調症患者だ。なぜこうなっているかというと、一つは統合失調症は主に10代後半から20代の青年期の間に発症するとされ、そのまま入院が長期化しているからだろう。長期化している理由は番組の中でも戦後の精神科病棟への収容政策があったとされているように、結果的に座敷牢から病院へという形で「収容」という発想が変わらなかったのが根本の原因である。(他方で、近年は入院患者数は漸減している。ソースがすぐに見つからなかったが、ゆるやかな地域移行の成果と、新規の発症者が減少している帰結とされている)

 番組でも紹介されていた(はず)が、現在の精神科への平均入院日数は280日ほどである。まあこの平均が意味するところの具体的なばらつきは明かされなかったが、いまの若い人が入院したとしてそこから40年や50年入院というケースはほとんどないだろう。
 中井久夫の研究に代表されるように統合失調症自体への研究が進んできたことや、入院以外の選択肢が様々あること。服薬が必要な場合でも、メンタルクリニックへの通院が一般的だと思われる。(ちなみに精神疾患の治療の際、自立支援医療の適用を受けると、自己負担が1割で済む)
 数はまだまだ足りていないと思うし、番組内では住民の反対運動の歴史なども紹介されていたが、精神疾患専門のグループホームも各地に作られている。通所施設としての作業所や就労支援施設も様々あるので、在宅もしくはホームで生活しながら仕事をしたり適宜ケアを受けたりといったことは可能だ。一人暮らしの場合など、事情によってヘルパーによる家事援助も受けられるだろう。
 そもそもいまの医療制度では長期入院によって病院はもうからない構造になっているので、ある程度長くなってくると病院側は患者を積極的に退院させるはずである。よって、番組に登場した患者のような長期入院はよほど重篤か、よほど自傷や他害行為といった緊急性がないかぎり行われないはずだ。

 ところで精神保健法ができたのが1987年、精神科ソーシャルワーカー(PSW)としての精神保健福祉士の制度が始まったのが1997年、そして「分裂病」から名称が変わり「統合失調症」が誕生したのが2002年と、まだまだ統合失調症を中心とする精神科医療の周辺の整備は日が新しい。
 整備されて日が新しいということは、医師や看護師、あるいは作業療法士などが主に病院での患者の支援にあたっているが、病院の外で患者の支援にあたるワーカーはまだまだ不足しているともいえる。仮に精神保健福祉士の資格を得たとしても、活躍の場が十分にあるか、また賃金が十分かという点もまだまだ改善の余地がある。 
 番組の中では病院の中で数十年もの歳を重ね、中高年になった患者の退院と地域移行への取り組み
も紹介されている。患者たちは病院の外に出られただけで幸せを感じており、その幸福感は表情からにじみでている。他方で受け止める家族もまた高齢化しており、彼らの複雑な心境も露呈していく。家族を責めるのは容易かもしれないが、個人的には家族も何らかの形で収容政策の被害者になっているように感じた。
 もちろん家族の意向もあって入院している患者も多いだろうし、その点では家族は加害者ともいえるわけだが、とはいえ家族か病院かという二択しか長い間選択肢がなかったことを見落としてはいけないと思う。この点は高齢者介護の問題とかなり近似していると思っていて、介護離職という問題も本来は高齢者の地域移行や見守りの制度がスムーズに整備されているならば大きく顕在化しなかったかもしれない。
 精神疾患の患者も高齢となった親も、そのケアをいかに長い間家族が背負ってきたのかはもう十分に語られている。統合失調症患者の長期入院も、それは一種の社会的入院だったのだろう。でもそうした収容の時代、人権無視の時代はとっくに終わっているし終わらせる方法をもっと模索しなければならない。いま生きている時代は、たとえ日本が世界の潮流に出遅れているとしてもそういう流れの中にあるはずだからだ。

 もう一つ、精神疾患を持たない知的障害者も長い間入院を余儀なくされてきたことも番組の中で紹介されている。知的障害者は長い間「精神薄弱者」という呼称をされており、1998年にようやく知的障害者福祉法が整って名称が変わった。
 知的障害者の場合は各地に特別支援学校や養護学校ができるなどして環境整備が進んできたが、他方で収容されていた知的障害者もいるという事実を、今回の特集ではさりげなくではあるが強調した番組の意義は大きいと思う。 
 その意味では、戦後の障害者政策の一端も「凝縮」されたいい特集になっていた。なかなかカメラの入りにくいと思われる精神病院の中にカメラがどんどん入っていっていること、そして病院の日常が比較的淡々と撮影されていることに好感を持った。過剰なナレーションなどいらなくて、カメラの先の日常が彼らにとってのすべてなのだろうし、決して飛び降りることのできない窓枠も彼らの日常の風景なのだろう。

 地域移行という意味では障害者の日中の通所施設で仕事をしている自分にとっては、まさに一つの流れのプロセスの中にいるのだろうと思う。統合失調症の利用者には多く接してきたし、入院経験のある利用者からは病院という場所のいやな思い出や忌避感をたくさん聞いた。
 いまの自分が仕事としているフィールドも、まだまだ終わらない戦後の一部なのだなと強く感じた。




看護のための精神医学 第2版
中井 久夫
医学書院
2004-03-01