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日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。

documentary




 先日NHKスペシャルで池江璃花子の特集が組まれていたので見ていた。約一年前の冬、高校卒業の直前のタイミングに白血病を発症し、競技者としての活動を停止。結果的に来年に延期になったとはいえ、東京生まれの彼女が地元で迎えるはずだった東京オリンピックへの参加が相当厳しい状況になってきた。

 それでも彼女は病室から、あるいは自宅から定期的にメディアを通してメッセージを発してきた。自身のインスタグラムでも発信を続けている。以下に引用するのが昨年12月に退院した際の直筆メッセージだ。


 
 一人のアスリートとして、そして一人の難病患者として。それでも彼女はまだ18,19歳の少女である。そんな彼女が、自身の社会的役割を深く自認するかのようなメッセージを発信し続けることに、個人的には強い驚きを持っている。もちろんインスタグラムのようなソーシャルメディアがあるからこそ、彼女はダイレクトに自身の言葉を発信できる。最近ではウィッグをつけていない、あの長く黒い髪がほとんどない画像のアップもしている。NHKスペシャルでの密着でも、彼女は自分自身をさらけ出すことにとても積極的だった。発病直後の、とても弱くなった姿ですら。

 受容理論というモデルが心理学にはある。障害の受容理論や病の受容理論といった形で使われることが多い。



 中途障害や難病など、心身の状況の変化を受け入れることが困難な出来事に遭遇した時、この理論によればショック期→否認期→混乱期→努力期→受容期といった5つのステップを経て人は新しい心身の状態を受け入れていくようになると言う。ただ、いったんステップが進んだあとに戻ることもあれば、この期間が誰にとっても共通なものとは言えない。ガンなどの重大な疾病の場合、亡くなるまで受容期に至らないままということもあるだろう。

 こうした受容理論の一般的な経過を考えると、池江璃花子はあまりにも早く努力期ないし受容期に到達しているなと言える。若いからだ、と考えることもできるだろう。闘病生活は容易ではないだろうが、回復に至る段階になれば彼女にはまだ残された時間は長い。東京が無理でもパリを目指せばいい。何より早くプールで泳ぎたい。こんな心境をNスぺの映像から感じとることができた。

 ただ、かつて自分自身がそうだったが、病を受け入れるのは相当に苦しいものである。病そのものとの闘いも苦しいが、何より、他人と比較してしまう自分に打ち克つ必要があるからだ。周りは学校に行って元気に勉強したり遊んでいるのに、自分は退屈な病室で飲みたくない薬を飲まなければならない。病院のごはんはおいしくない。何より外で思いっきり体を動かすことができない。5歳や10歳の再発時、病院で考えていたのはこういうことだ。自分だけがなぜ苦しまなければならないのか、といった現実を受け入れることが、10歳の自分には到底難しいものだった。

 もっとも、彼女とて楽だったはずがない。映像の中にもいくつかは映っていたが、そこには映らない彼女の苦しみを想像することはできる。それでも難病と闘う同世代の仲間や、遠くにいるファンや、泳ぎたいという気持ち。起きているだけで体がしんどく、「死んだほうがいいんじゃないか」と思ってしまうほど深く大きく心理的に落ちたあとに、そこからリバウンドする力がなんと強くてすがすがしいことか。

 レジリエンス、という言葉をここ10年ほどでよく聞くようになった。3.11の時にもこの言葉をよく聞いた。退院後、彼女とて例外ではなく同じように、いや、免疫機能が弱まっているがゆえによりリスクの高い形でCOVID-19とともにある世界で生きることになった。それでもなんて彼女はポジティブで力強いのだろうと感じさせてくれたのは、COVID-19の流行を機に減ってしまった献血への呼びかけだ。
 
 彼女は強いから魅力的なのではないと感じた。彼女は自然な姿を見せるだけで、それだけでものすごく魅力的に見えるのだ。やさしさ、ポジティブさ、強さ、弱さ、もろさ。ありのままのいまを見せようとする彼女にどうしようもなく惹きつけられる。同世代のほとんどが味わうことのないような過酷な経験をしたことでもろさ、弱さを知った彼女が見せる新たな表情と言葉が、とてつもなく強く、まっすぐに響く。

 彼女はもう過去の彼女には戻れない。でも彼女の輝きはきっとこれからも失われないし、新しい色になって存在感を示していくのだろう。願わくばまた彼女が笑顔で、そして強くプールで泳いでいる姿を見られることを。あるいはそれが叶わないとするならば、彼女の見つけた新しい道を、人生を。
 
 もうすぐ20代になる彼女の見せる、10代最後に見せるまぶしいまでの輝きをこれからも見続けていたい。


※このエントリーは5月9日に配信したツイキャスを下に書きました。ツイキャスの録音は以下を視聴ください。


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ETV特集「親亡きあと 我が子は…〜知的・精神障害者 家族の願い〜」


 以前ETV特集で放送された「長すぎた入院」は精神病院における長期入院を取り上げた良質なドキュメンタリーだった。長期の入院により失われるものの膨大さを丹念に切り取りながら、番組の後半では退院した患者を受け入れる小規模グループホーム(GH)を取り上げていた。今回、知的障害者や精神障害者の親と当事者に焦点を当てたのは、高齢者介護に比べると「社会化」がまだまだ足りていない障害福祉の世界における重要なテーマだからだろうし、「長すぎた入院」のアフターとしても見るべき番組だった。

 番組の要点は大きく分けて3つある。まず、成人になった知的障害者が親と同居する一方で親が年老いていったり貧困化し、障害者自身の生活の将来像が見えないこと。次に、精神障害者の地域移行(一人暮らしや施設入所)が親の疲弊に加え、資源の不足や周囲の偏見といった困難さを抱えていること。最後に、ではどのような形でケアを社会化させ、親の負担を減らすことが可能か、といったところが要点だったと思われる。

 中でも、成人してから20年近く幻聴に苦しみ、10回以上の入退院を繰り返した後に最後は実の父親に絞殺され、亡くなった女性(明示されていなかったので断定は避けるが、統合失調症の症状の表れ方に類似していた)を取り上げていたのが衝撃的だった。モザイクがかかってはいたが、女性の遺影や遺品、部屋を映しながら、殺人の罪で起訴された後に執行猶予がついた父親(こちらもモザイクがかけられていた)へのインタビューを試みていたのは、強く印象に残った。

 こうしたあまりにもヘビーな現実をふまえながら、現実的なケアの社会化(家族の外でケアを行うこと)や地域移行(病院や大規模施設以外の形でケアを行うこと)の形を探す取り組みとして、千葉で行われているACTや、大阪(だったと思う)のある地域で行われていた当事者親のGH建設運動が紹介されていた。ただ、屁びーーな現実は当事者や支援者の努力だけでどうにかなるものではないのも現実で、GH建設運動の行き詰まる様は現代社会におけるマイノリティの生きづらさそのものであると感じた。

 高齢者介護については、当事者である高齢者のボリュームが大きく、票田にもなることから選挙の争点にもなりやすい。ここしばらくホットである年金問題も、本来ならば障害年金も含まれるべきだろうが、あくまで老齢年金の話題として取り上げられる。家庭内でケアを行うことになる現役世代の問題でもあり、まだ低賃金かつ重労働の典型である介護現場の待遇改善といった話題も、介護保険以降の課題として取り上げられることが多い。

 ただ、それに比べると、すべての人が当事者や関係者にはならない障害福祉の領域は、あくまでone of themの論点として政治の世界では扱われがちだ。今回の参院選では山本太郎の政党が当事者を比例で擁立したことで話題になったように、一般的な領域というよりはやや特殊な領域として語られることが多い領域である。結果とし、浦河べてるの家のような一部の先進的な団体や地域を除いて、成人した障害者ケアの社会化というトピックは大きな形では浮上しない。

 おそらくこうした現実が、障害者たる子が成人しても親と同居している現実や、新しくGHを建設しようとしても周囲の理解が得られないという問題ともリンクしている。わかりやすく言えば、一般の人々にとっては障害者とおは「未知なる他人」であって「自分とは異なる他者」として見られることもそうそう一般的ではないのだろう。ただでさえ階層や属性による分断が進む現代においては、「他者」という存在を認知、受容することすら難しい。当事者の連帯は社会運動的な意味でも負担の軽減的な意味でも重要な要素だが、当事者以外の他者と連帯することの難しさを、まざまざと見せつけられるドキュメンタリーになっていた。


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 こうした状況を踏まえて一人の支援者として言えることがあるとすれば、目の前の利用者に対して何ができるかを考え、同僚や関係機関と上手に連携して、少しずつ自立度を高めていくことしかないのではないか。ただ番組でも紹介されていたように、あまりにも資源が足りない現実(この点においては高齢者介護も同様である)は拭えない。身も蓋もないことだが、ズブズブにならないよう淡々とできることをやっていくことでしかない。

 もちろんこれはまず目の前の相手に対してできることであり、長い目で見た時はまた別だ。ACTのように、その時々で使える制度をうまく利用してやっていくことが経済的だし、ロールモデルになりうる。とはいえACTも現実にはなかなか難しいという話も聞くし、多職種連携は介護の世界で重要な要素だが、連携のコストを乗り越えなければ実りのある支援にはなりづらいだろう。やり方はいろいろあっていい。当事者の利益にかなうことは何かをじっくり考え、支援スキルを磨いていくことを、個人として改めて意識づけられた。

 ただ、一つ言えることがあるとすれば、90年代以降にノーマライゼーションが制度や生活の場面で少しずつ浸透し、立岩真也『生の技法』から時間がだいぶ流れた今になっても、古くから課題が解決されずに残っていることや、障害者とそうでない人たちとの間の断絶の大きさ(相模原事件を引くまでもなく)があることは否めない。乗り越えていくべき課題は多い。まだまだそういう時代、国に生きていることを改めて実感するドキュメンタリーだった。











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NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」

 NHKスペシャルで50代の日本人難病女性がスイスでの安楽死をした際の経緯に密着した番組が放映された。リアタイではなくてNHKオンデマンドで見たので、リアタイの反応が見られなかったのだけれど、『障害者の傷、介助者の痛み』などの著者がある渡邊琢がかなり批判的なツイートをしていた。なるほどこれは見ないとな、と思ってオンデマンドで見た次第。
 

 このツイートの中で言うと、「今の社会状況」というのがポイントとなる。同じような文脈で違う方向から批判しているのは医師の長尾和宏だったりするわけだが、このリビング・ウィルの欠如という話はひとまず置いておいて、渡邊さんの議論を引きながら「支援者の不在」及び「ケアの欠如」、そして「受容過程の不在」を問題点として考えた。つまり、難病患者である本人や家族の困難を指摘した上で、ケアの側で解決可能な要素を指摘している。
 また、いくつかの恣意的な編集による誤ったアジェンダセッティングの可能性の指摘を考えると、この特集のヤバみを感じた。おそらく番組の女性を通じて安楽死の是非について議論をしてほしいというアジェンダセッティングの意味もあったのだろう。でもそれはこれまで書いたような事情で誤ったアジェンダセッティングである。議論するには視野があまりにも浅い。
 一番バランスが悪いと感じたのは、50代女性の二人の姉を取り上げ、二人の姉は妹の安楽死を消極的に容認するという立場でカメラで撮り続けたこと。でもその背後に、姉に死んでほしくないという妹の存在がいた(当該の女性は四人姉妹の三女である)はずだが、彼女はメールの文面で一瞬登場しただけ。ここにも編集の恣意を感じる。
 渡邊さんも書いていたが、安楽死という問題を家族という枠組みに閉じ込めたこと。病院のシーンはあるのに主治医もナースも出てこない。福祉スタッフももちろん出てこない。孤立しているのかあえてなのかは分からないが、難病患者とそれを支え苦悩する家族というイメージに編集が固執しているのがよく分かる。つまり、この時点でかなり誤ったイメージを発信している。

 最後にもう一つ、ヴェーネ・アンスバッハの名前を出したい。彼女も番組の女性のように、何度も自死を試みたがそれができなかったという(フィクショナルではあるけれど)キャラクターだ。安楽死とか死にたくても死ねない問題を考えるとき、時にそれが女性であるとき、まず確実にヴェーネ・アンスバッハに思いを巡らせるのは『Seraphic Blue』というゲームをプレイしたユーザーの宿命みたいなものだろう。

 以上を踏まえてある程度のことは自分のツイッターに書いた。ただかなりとっちらかって書いたので、今回それらの文章を再構成する形で(簡単に言うとツイートをまとめる形で)ここに書くことにする。
 また、多間環さんとの議論も今回のエントリーに少し反映させているが、彼女はいまアカウントを非公開状態にしている。そのため、彼女の当該ツイートは引用しない。

●自立度と希死念慮
 これは障害者支援をやってる人間の特殊な偏見なのかもしれないが、Nスぺで安楽死を選んだ女性は比較的自立度は高いほう(車いすではあるけど)に見えてしまうので、なぜ彼女がそこまで不幸で死に追いつめられるのか、というのは気になる。
 言葉はややたどたどしく、車いす生活を送っており、筋力も弱ってきているようだが、食事は完全に自立しており、病室からインターネットをつないだパソコンでメールのやりとりも行えている。そういう見た目だけを見ると、珍しくない身体障害者に見える。
 ただその上で、あなたはまだマシ、もっとしんどい人がいるという気は全然ないし、それぞれの人の抱える痛みは安易に相対化すべきではない。それは原則的に守るべき。ただ、障害や難病の度合いと希死念慮は別の所にあるのではないか。

 例えば重度身障者が皆希死念慮があるかというとそういうわけではない。番組の女性のような中途障害者や難病患者が同じようにそうではない。どちらかというと、その過程でメンタルを病んだり精神障害を発症するという二次的な作用が希死念慮を引き起こすというイメージだ。
 つまりある人の順調な人生が難病の罹患によって完全に折られてしまい、精神的にも立ち直れなくなった過程で希死念慮を持ってしまったのだろうと仮定する(あくまで仮定として)。障害の受容段階論で言うところのショック期を超えられるか分かれ目なのだろう。

●難病を受容する過程

 当人の受容過程が希死念慮を考える上で大事なのだが、番組においては「私らしいうちに死にたい」という彼女のショック度を表現しているにとどまった。この彼女が安楽死を不可逆的に選択したとなると、あまりにも多くの人が安楽死を選んでもおかしくはない、となりそうだ(番組の編集の問題として)。
 それがいいのか悪いのかは正直分からないし、安楽死という選択それ自体を批判するつもりはない。ただ、進行性の神経難病の場合、あれは確かに希死念慮を持ってもおかしくないということは、かつて神経系の難病患者だった人間としては否定できないということは理解できる。
 一番病気がつらかった10歳の時、周りの大人に死にたいって言ったら相当怒られた記憶がある。言った相手が同じ難病患者の子どもを持つ親だったと記憶しているので、怒られるのは当然だ。つまりそれはそれで一つの正しい反応だろう(命を粗末にするなという意味で)なと思うし、結果的に私自身は29歳になるまで生き延びているので、希死念慮それ自体への対処法ってのはあるはずだ。希死念慮を尊重しすぎると、それはそれでロクな結果につながらない。

 番組の女性については韓国の大学を卒業し、翻訳や通訳などのキャリアを持ち、その後児童養護施設での勤務を考えていたらしい。仕事一本で生きてきたような、タフな女性だったのだろう。ただ、タフであるがゆえに進行的に身体の自由を失っていく難病生活が耐え難かったのは容易に想像できる。
 しかし、言ってはなんだが歳を重ねると様々な事情でキャリアを中断するということはあまりにもありふれている。あるいは、若くしてがん患者になり、容赦なく余命を宣告される人も珍しくない。自身は健康でも親の介護で離職するというケースも、40代以降に差し掛かったなら本当に珍しいことではない(それを支える制度もまだ貧弱であるし)。
 彼女に似た人は大勢いる。だから彼女が安楽死を選んだことを容易に正当化するのは危ういが、番組はあまりにも彼女の主張を尊重しすぎてはいないか、というのが最大の違和感と言ってもよい。

●制度・政策的観点
 海外と比べて日本は安楽死の議論が少ないと番組では語られていたが、日本は高度な医療技術と世界的にも稀な医療制度を持っている。遅ればせながら障害者支援の枠組みに難病患者も取りこまれるようになっている。このような難病患者が生き続けるための環境について、番組では触れられることがなかった。
 だから渡邊琢さんのようなケア職の立場の人が番組の構成に疑義を唱えるのは当然だ。日本の医療制度にほとんど言及せず、尊厳死は認められてきたが安楽死は認められないという単純な二項対立でしかこの議論を行わない番組の構成は、あまりにも雑だと感じる。その雑さが誤ったイメージを発信しているとすれば、マスメディアとしての姿勢として大きな疑義がある。

 さらに福祉政策の観点から考えると、重度身障者は訪問、通所、施設系の障害者支援サービスを豊富に受けることはできるし、事業者にはそれなりに加算もつくけれど、難病患者への福祉サービスの受け入れの実態としてはまだまだといったところだ。そして番組の女性が入院していた新潟にその資源があったかというと……という印象は拭えない。
 例えば高齢者は社会的入院が問題になった80年代以降、どんどん病院から出ていける(出て行かざるをえない)ようになったけど、難病患者は病院で社会的入院を続けざるをえない、となるとつらいものがある。可能ならば在宅で、地域で訪問看護や訪問介護などのサービスを使って生きていける選択がもっと広まっても良い。というか、実際にはそういう例は豊富にあるはずだ。なのになぜか番組ではそういった施設外のケアについては触れない。
 故小山剛の先進的な在宅介護の取り組みで知られるこぶし園は新潟(長岡市)だし、地方だから何もないとは思わない。このあたりの掘り下げは、それこそ地域に密着するマスメディアであるNHKならあってもよかったのではないか。

●死ぬことと生きること
 高齢者福祉の世界では死が本当に目の前にあるけど、障害者福祉の世界だとすごいやり方で生きている人と、死にたいが口癖だけどやっぱり生きてる人と、いろいろな人がいる。生と死は単純な二元論ないなと日々この領域で仕事をしていて思うところだ。
 渡邊さんが今回の番組の編集を相模原障害者施設殺傷事件になぞらえてていたように、生きることのグラデーションが窮屈な社会というのは、役割を終えた人や役割を失った人から、生きることを容易に奪ってしまう。生産性がなくなったから死ぬことを目指し、それを容易に容認するような社会なのであれば、そもそも医療も福祉も最低限にしか必要がない。
 もちろん先天的な障害と中途で罹患する難病や確かに状況が異なるものであろうが健常ではない存在を否定し、それを容認してしまうということは、実際に健常な身体や精神を持たずに生きている人たちを見殺しにしてしまうのではないか。彼ら彼女らの尊厳への目配せがあまりにもないのではないか
 治療の見込みが、身体の機能の改善の見込みがないならば不要になるということだ。しかしそれは正にディストピアだし、ナチズムに通じる。このあたりの視野がNHKに欠けていたことも、あまりにも危険だと感じた。

●ヴェーネ・アンスバッハのこと
 番組の女性がやったことは積極的安楽死でもなんでもなく、現代日本社会の中で生きられなかった人の自殺の手段が電車への飛び込みではなくて投薬だった、という風にも理解できるだろう
 難病の進行と希死念慮を経ての安楽死は安楽死というより単なる自殺だと考える。それは、セラブルのエピローグパートにおいて、天使としての役割を終えて、何もない、無の存在となったヴェーネ・アンスバッハの言動とダブる。
 でもヴェーネは二年かけても死ななかったし死ねなかった。ある意味飼い殺しとも解釈できるアフターエピソードはかなり残酷だし、他方で役割がなくなって無になったとしても死ぬ必要はないし生きて良い、という天ぷらのイデオロギーかなとも感じた(なので女性にも安楽死する前にぜひセラブルをやってほしかったな、その上で結論を出してほしかったかなというのが強引な感想)。
 ヴェーネもそうかもしれないが、安楽死した人にも「尊厳」の呪いのようなものがあるかなと思う。結局のところ完全に病気を受容すると尊厳が失われるかのような錯誤をしたまま死んでいったような気がするし、それは本当に幸福な決断なんですかね、と問いかけたい。
 受容した上で自死するならともかく、受容の過程を経ずに病気によって変わってしまった自分自身をただただ否定して自分を殺してしまうというのは、簡単に言ってしまえばエゴだろう。別にエゴであってもよい。
 ただ、そのエゴをさも正しいものかのように振る舞うことについては留保が必要だ。あなたにとって正しいことが、他人にとっても正しいとは限らない。この意味では、同じ病気の別の重度身障者の女性を番組で取り上げていて、ここは数少ないバランスに配慮した部分かなと感じた。

 「ヴェーネ論」の結論で書いたことは、ヴェーネにいかに生き方の幅をもたらすかであった。安楽死を選んだ女性にとっても、これまでの生き方を失ったからと言って、今後の人生の生き方の幅を全否定しなければならなかったのだろうか。ここには留保が必要である。
 また、生き方の幅を失った、あるいはそもそも持たない人間が一つの役割を終えたから死んでしまうというのであれば、この世界には死者だらけになってしまう。そうではなくて、何か大きなことを終えたあとでも死ななくて良いという話をしたかった。あるいは、何か大きなことが難病等でできなくなったとしても、それでも何か別のことはできたのではないだろうか。
 もっとも、ヴェーネの場合は希死念慮が容認されたわけではない。番組の女性は二人の姉に容認され(一人の妹には否定されていたが)ここは大きい違いだろう。そして自殺未遂を繰り返すものの、彼女は死ねなかった。ここには迷いもあるのかなと感じました。生きること、死ぬことのいずれのが出来ない戸惑いのようなものがある。
 番組の女性はあまりにも死にとりつかれていて、そして姉もそれを容認する、死以外の外部性を失わせるという、「ヴェーネ論」で出した結論と対のアプローチをしていた。死による救済を掲げるキャラがセラブルには複数出てくるが、ヴェーネはその敵に抗した。ヴェーネが死ねなかったのも、もしかしたらここに理由があるのかもしれない。

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 以上、かなり番組に批判的なコメントを書いてきたが、ケア職の立場として言いたいことはすでに渡邊さんが詳細に論点を提示しながら批判していたので、分厚く書くことはなかった。
 その代わり、ヴェーネ・アンスバッハのことを考えずにはいられない自分の性分をしたためたつもりだ。当初番組の女性がヴェーネっぽいのではと思っていた部分はむしろそうではなく、ヴェーネとは遠いところに番組の女性はいた、という風に結論付けたい。
 そういうわけで、来るべき「ミネルヴァ論」のための布石としては、いい思考のトレーニングになりました。





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NHKスペシャル 平成史 第3回▽“劇薬”が日本を変えた〜秘録小選挙区制導入

◇いま小選挙区制導入を振り返る意味
 NHKが「平成史」というくくりで、平成を象徴する出来事を振り返るNスぺを継続して作っている。一回目は野茂英雄というのはやや意外性があったが、二回目が山一證券破綻というのはやや妥当すぎるとも思えた。
 そんな中、三回目のテーマが小選挙区制導入という、前の二つのテーマに比べればやや地味であり、しかしながらいまの国政にもダイレクトにつながる(安倍一強とか、野党の多弱とか)テーマを持って来たなという印象を受けた。
 選挙制度それ自体を取り上げるのは地味ではあるが、しかし政治を考える上で選挙制度というのは非常に重要なトピックだ。選挙の時だけ盛り上がるのはいまでも変わらないし、その盛り上がり方も昔と今では違う。そもそも、いまの若い人たちは社会党なんか知らないし、ましてや55年体制という言葉も知らないだろう。30代だとしても昭和の時代をリアルには知らないから、政治に興味がなければ昔の政治なんて知らない。
 そんな現状で、しかしいまの自民党一強多弱を生んでいるのはまぎれもなく衆議院における小選挙区制度に依るところが大きいわけで、振り返る意味はあったんだろうなと思う。

 番組自体は後藤田正晴から始まり、金丸信や小沢一郎を経由して、ポスト55年体制の主役となった細川護熙と河野洋平の会談、そしてそれを演出した森喜朗へのインタビューへをたどりついたところがクライマックス。エピローグとして流れるのは鳩山由紀夫や菅直人の登場の一方、小選挙区制導入と小沢一郎を猛烈に批判しながら、小選挙区の時代に勝ちまくった(たとえば2005年の郵政選挙)小泉純一郎を取り上げる。
 ゼロ年代に長く衆院議長を務めた河野洋平が政治の表舞台に出てくることはもうないし、森も小泉も細川も、あるいは小沢一郎も現代ではただの老害と化してしまっているので、番組で振り返る時代の彼らの若さ(特に小泉や細川)は同じ平成でもそれくらいの時間が経ってしまったのか、という気さえしてしまうが、良くも悪くもやはり平成の国政は小沢一郎を中心として動いて来た時代が長かったことを実感させられる。

◇小沢一郎の時代

 いまではもうほとんど小沢一郎の存在が目立つことはないが、少なくとも民主党が政権を持っていた時代まではこの男の名前が表舞台からなくなることはなかった。
 小選挙区制導入へのこだわりを小沢が見せたのは、これはゼロ年代に入ってからもそうだったがイギリス流の二大政党へのこだわりが強かったからだろう。他方で、後藤田は長く続いた55年体制が国政を劣化させることを恐れた。冷戦崩壊を経て世界がめまぐるしく変わっていく中で、自民党と社会党がほどほどに議席を分かち合うかつての仕組みを捨て、生きるか死ぬかの小選挙区制導入を急いだのは、いまから振り替えれば理解できる。
 ただ、当たり前だがそれはこれまでの自民党を否定することに直結する。55年体制下の自民党は派閥間闘争によって疑似的政権交代を生み出してきたとも言われているが、それを後藤田はもはやポジティブに評価できなくなった、ということなのだと思う。
 やがて大量に刺客を送り込んだりチルドレンを生み出して小選挙区で勝ちまくる小泉が、小沢憎しも相まって小選挙区制批判の先鋒だったというのは、なかなか皮肉めいて面白い。
 ただ、小泉だけではなく現状維持にこだわる政治家が圧倒的多数であり、小沢の思い通りにはなかなかいかないのも、妥当なものとしてうなずける。

 それでも実現したのは自民党の下野と、最終的には森喜朗のセッティングした河野と細川の会談だった、というのが今回のNスぺの結論だった。
 その結論にどうこう言うつもりはないが、結果的にいずれ自民党総裁に就く森喜朗が小沢一郎の願望をアシストした結果になった、というのもこれまた皮肉なもののように見える。
 森喜朗によって、小沢一郎の時代がむしろここから始まっていくのだ、とも言えるからだ。

◇選挙制度改革への拘泥と、永遠に三合目の政治改革

 小選挙区制にするメリットは、その時々によって票の入り方に大きなばらつきがでるということだ。もちろん死票がその分増えるが、いまの自民党がそうであるように、あるいは09年の民主党がそうであるように、勢いがあるときは大勝しやすい。逆にいまの民主系政党や09年の自民党がそうであるように、大敗もしやすい。
 55年体制化のように、自民党から見えた社会党のような、確固とした大きな野党がいればそうはならないかもしれないが、社会党は社民党になって一気に弱体化した。あるいは、アメリカやイギリスのように、地域や階層によって明確に支持政党が分かれていれば大勝も大敗も生まれにくいかもしれないが、日本の場合国政選挙に影響を与えるのは流動的な浮動票、つまり無党派層である。
 この無党派層をいかに取り込むかが、小選挙区制に入ってずっと試されてきたことだ。だから結果的に、小沢の描いた夢は、絵に描いた餅にしかなっていない。
 あれだけ選挙制度改革にこだわり続けたにも関わらず、である。そしていまも、参院の合区の問題であったり、選挙制度改革への関心は根強い。

 もう鬼籍に入ってしまったが、後藤田にとって小選挙区の導入は三合目でしかなかったという。しかし、政治改革に名の下に選挙制度改革が実施され、まあそのあと90年代後半に省庁再編等々の動きはあるものの、ゼロ年代の国政のテーマは主に新自由主義的な改革とか憲法改正とか自衛隊の位置づけの問題であって、政治改革それ自体が本丸とはなりにくくなっていった。
 もちろん民主党政権になり、大臣政務官の導入、事業仕分け(現在の行政事業レビューに引き継がれる)等の改革はあったし、安倍政権になってから官邸機能の強化といった合理化や「マイナーチェンジ」は行われたが、後藤田や小沢が構想したような国政そのもののあり方を大きく変える制度変革には至っていない。いまはむしろ、そうしたムードすらないだろう。安倍政権のもっぱらの関心は経済政策であり、そして憲法改正なのだから。

 結果的に永遠に未完で永遠に三合目のまま終わってしまった政治改革であるが、選挙制度改革は人々の関心を選挙そのものに向けることには成功した。投票に行こうが行かまいが何も変わらない55年体制時代とは違い、激戦区ではわずかな票差で候補者の生死が決まる小選挙区制は、確かにドラマチックだし、テレビ受け、ネット受けもする。
 だがネット時代の選挙は、かつて以上に熱しやすく冷めやすくなっている印象も受ける。選挙が重要なのはもちろんだし選挙の重要性がかつてより大きくなったのが小選挙区制ではあるが、しかしそれは政治の一部でしかない。大事なことは議会で、委員会で、あるいは霞ヶ関で決まっていく。選挙で決まることは、それらのベースの部分でしかないのだ。
 ネット自体、とりわけ3.11以降のソーシャルメディアの時代になってからは各地で社会運動を起こしやすくなった。国会前でのデモは日常だし、沖縄における社会運動もダイレクトにネットから情報や映像が伝えられる。
 こういう時代には、たとえ政治改革が未完であったとしても、制度外の部分で政治を変えていくことができるかもしれない。それはつまるところ、選挙制度改革にこだわってきた時代の終焉にもなるのかもしれないし、それでもなんだかんだ選挙制度の重要性が(少なくともメディアの中では)失われずにいるのかもしれない。

 平成の次の時代がどういう時代になるかはわからないが、運動の時代はもう少し続いていくのだろう。これはどちらかというと、世界的な流れである。皆が皆選挙の時にわーっと祭りのように盛り上がる時代が終わらなくても、その横で運動の時代が続いていくのであれば、永遠に三合目の政治改革を補完することにつながるのかもしれない。
 まだまだ、後藤田と小沢の影からは逃れられないのかもしれないけれど。 
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公式:http://www4.nhk.or.jp/etv21c/x/2018-02-03/31/18887/2259602/
オンデマンド:http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2018084758SC000/?capid=sns002(視聴は2/17まで、216円)

 当日リアルタイムで見逃してしまったのを悔やみつつ(丸亀ハーフの前日だったから仕方ないね)一部で話題になっていたので見てみたが、60分という短い中で戦後日本の精神医療史をコンパクトに凝縮した特集だと思った。視聴期限が迫っているが、医療問題やマイノリティの問題に関心がある人には見てほしいと思う。
 たとえばイタリアは精神病院を捨てたともいわれているし、人権意識の高い西ヨーロッパ諸国は戦後、むしろ精神病院を減らして地域移行を進めていったと言われている。対して日本の精神病院という構造はいまだに残り続けていること(世界の精神科ベッドの2割が日本にあると紹介されていた)や、地域移行が進まずに数十年単位の長期入院が強いられていること。
 そして今回登場する統合失調症の患者は、3.11によって皮肉にも退院の契機を得たこと、などだ。

 細かい論点は番組を見てほしいということで、番組で補足されていなかったいくつかのことに触れておきたい。
 まず番組に登場するのはほとんどが中高年、さらに老年と言ってもいい年齢の統合失調症患者だ。なぜこうなっているかというと、一つは統合失調症は主に10代後半から20代の青年期の間に発症するとされ、そのまま入院が長期化しているからだろう。長期化している理由は番組の中でも戦後の精神科病棟への収容政策があったとされているように、結果的に座敷牢から病院へという形で「収容」という発想が変わらなかったのが根本の原因である。(他方で、近年は入院患者数は漸減している。ソースがすぐに見つからなかったが、ゆるやかな地域移行の成果と、新規の発症者が減少している帰結とされている)

 番組でも紹介されていた(はず)が、現在の精神科への平均入院日数は280日ほどである。まあこの平均が意味するところの具体的なばらつきは明かされなかったが、いまの若い人が入院したとしてそこから40年や50年入院というケースはほとんどないだろう。
 中井久夫の研究に代表されるように統合失調症自体への研究が進んできたことや、入院以外の選択肢が様々あること。服薬が必要な場合でも、メンタルクリニックへの通院が一般的だと思われる。(ちなみに精神疾患の治療の際、自立支援医療の適用を受けると、自己負担が1割で済む)
 数はまだまだ足りていないと思うし、番組内では住民の反対運動の歴史なども紹介されていたが、精神疾患専門のグループホームも各地に作られている。通所施設としての作業所や就労支援施設も様々あるので、在宅もしくはホームで生活しながら仕事をしたり適宜ケアを受けたりといったことは可能だ。一人暮らしの場合など、事情によってヘルパーによる家事援助も受けられるだろう。
 そもそもいまの医療制度では長期入院によって病院はもうからない構造になっているので、ある程度長くなってくると病院側は患者を積極的に退院させるはずである。よって、番組に登場した患者のような長期入院はよほど重篤か、よほど自傷や他害行為といった緊急性がないかぎり行われないはずだ。

 ところで精神保健法ができたのが1987年、精神科ソーシャルワーカー(PSW)としての精神保健福祉士の制度が始まったのが1997年、そして「分裂病」から名称が変わり「統合失調症」が誕生したのが2002年と、まだまだ統合失調症を中心とする精神科医療の周辺の整備は日が新しい。
 整備されて日が新しいということは、医師や看護師、あるいは作業療法士などが主に病院での患者の支援にあたっているが、病院の外で患者の支援にあたるワーカーはまだまだ不足しているともいえる。仮に精神保健福祉士の資格を得たとしても、活躍の場が十分にあるか、また賃金が十分かという点もまだまだ改善の余地がある。 
 番組の中では病院の中で数十年もの歳を重ね、中高年になった患者の退院と地域移行への取り組み
も紹介されている。患者たちは病院の外に出られただけで幸せを感じており、その幸福感は表情からにじみでている。他方で受け止める家族もまた高齢化しており、彼らの複雑な心境も露呈していく。家族を責めるのは容易かもしれないが、個人的には家族も何らかの形で収容政策の被害者になっているように感じた。
 もちろん家族の意向もあって入院している患者も多いだろうし、その点では家族は加害者ともいえるわけだが、とはいえ家族か病院かという二択しか長い間選択肢がなかったことを見落としてはいけないと思う。この点は高齢者介護の問題とかなり近似していると思っていて、介護離職という問題も本来は高齢者の地域移行や見守りの制度がスムーズに整備されているならば大きく顕在化しなかったかもしれない。
 精神疾患の患者も高齢となった親も、そのケアをいかに長い間家族が背負ってきたのかはもう十分に語られている。統合失調症患者の長期入院も、それは一種の社会的入院だったのだろう。でもそうした収容の時代、人権無視の時代はとっくに終わっているし終わらせる方法をもっと模索しなければならない。いま生きている時代は、たとえ日本が世界の潮流に出遅れているとしてもそういう流れの中にあるはずだからだ。

 もう一つ、精神疾患を持たない知的障害者も長い間入院を余儀なくされてきたことも番組の中で紹介されている。知的障害者は長い間「精神薄弱者」という呼称をされており、1998年にようやく知的障害者福祉法が整って名称が変わった。
 知的障害者の場合は各地に特別支援学校や養護学校ができるなどして環境整備が進んできたが、他方で収容されていた知的障害者もいるという事実を、今回の特集ではさりげなくではあるが強調した番組の意義は大きいと思う。 
 その意味では、戦後の障害者政策の一端も「凝縮」されたいい特集になっていた。なかなかカメラの入りにくいと思われる精神病院の中にカメラがどんどん入っていっていること、そして病院の日常が比較的淡々と撮影されていることに好感を持った。過剰なナレーションなどいらなくて、カメラの先の日常が彼らにとってのすべてなのだろうし、決して飛び降りることのできない窓枠も彼らの日常の風景なのだろう。

 地域移行という意味では障害者の日中の通所施設で仕事をしている自分にとっては、まさに一つの流れのプロセスの中にいるのだろうと思う。統合失調症の利用者には多く接してきたし、入院経験のある利用者からは病院という場所のいやな思い出や忌避感をたくさん聞いた。
 いまの自分が仕事としているフィールドも、まだまだ終わらない戦後の一部なのだなと強く感じた。




看護のための精神医学 第2版
中井 久夫
医学書院
2004-03-01

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「相馬看花 ―第一部 奪われたときの記憶―」
監督:松林要樹
出演:田中京子ほか
公式サイト:http://www.somakanka.com/
見:オーディトリウム渋谷


 この前の日曜日の午後、渋谷のオーディトリウムという映画館で「相馬看花」という、3.11以降の南相馬を追いかけたドキュメンタリー映画を見てきた。はじめていったけど、ユーロスペースの入ってる建物としてなんとなく納得。
 先月の朝日夕刊でこの映画のことを知り、機会を見ていくつもりだったのだが、ちょうどこの日は批評家の佐々木淳と監督である松林要樹が対談する、というセッションが上映後にあったので行ってきた。日曜日の昼間にもかかわらず、という言明もあったけれど、日曜日の昼間だからこそ見に行けたとも言えるのでまずはその点に感謝したいところ。

 映像の構成はシンプル。監督が南相馬で偶然であったという田中京子さんという市議会議員の方の撮影から始まり、田中さんを介して出会った人たちを継続的に追いかけるというもの。そういう経緯もあるので登場人物はさほど多くはないが、その分濃密だ。2時間と言わずもっともっと、彼らのことを知りたいと思うほど、出てくる人たちが魅力的なのだ。もちろんその魅力を引き出したのは監督の腕によるところも大きいだろう。
 ドキュメンタリーの醍醐味は事実をリアリティとして残すことにあると思うが、ドキュメンタリー「映画」である醍醐味はテレビ局の事情のようなものが介在しない、純粋に監督個人の作品として見ることができるところにもあると思う。いろいろな制約がある以上、マスメディアが撮影、放送するドキュメンタリーほど大味ではないかもしれないが、大味でないことの魅力がつまった2時間になっている。テレビだと脚色や演出がご都合主義的に入る場合があるし、それ自体が悪いわけではないがリアリティとは何か、を考えると難しい問題になる。
 とはいえ、機動性をいかしたからこそ生まれた映像もいくつかある。たとえば田中さんや末永さんの生活する避難所を定点観測している映像は、マスメディアのニュース映像とは比較にならないほど濃密なものである。体育館のなかでひとりひとりが線量を測定する映像もなかなか衝撃的だった。状況は大きく変化した。それでも生きている人たちがいる。変わったことも、変わらなかったことも、両方が混在している。

 この前土地をめぐるエントリーを書いたが、監督も同じようなことに興味をもって南相馬を撮り続けたのではないか、と思いながら見ていた。つまり、土地の人を映すことによって、その人を通じてあぶり出すものを映像として生み出すことである。登場人物のひとりであるかつて市議会議員をやっていた末永武さんや、約10年間福島第一原発で仕事をしていたという粂忠さんの語る物語は、土地の歴史(の一部ではあるとしても)そのものでもあるのだから。
 このへんの話は上映後のトークで佐々木敦が指摘していたことでもある。佐々木さん曰く、この映画が素晴らしいのは分かりやすく告発しようとしているのではないこと。そこにいる人のたいへんさをストレートに伝えるのではなく、土地の記憶のようなものを引き出そうとしている。そこには時間の広がりがあるのではないか、と。(*1)
 時間の広がりを感じるには、まずは長く生きた人に問うことなのだろう。

 文章にしてみて改めて思ったが、この映画を見て感じたことは多い。しかし、この映画の内容をうまく文章に起こすことができない。粂さんの柔和な表情と表現豊かな方言も、末永さんの熱意も、言葉にすれば短くおさまるが感じたことをそのまま書くことはいまはできないな、と。
 大づかみとしてはいままで書いてきたようなことが映画の中には投影されている。伝えたい、という監督の思いと、語りをもって伝えたいという南相馬の人たち。映像は文字通り、人の息づかいを伝えることのできるメディアであるということを、改めて感じた。

*******

 同じ日の夜に、NHKのETV特集で「飯舘村一年 〜人間と放射能の記録〜」という番組を見た。昼間に109分、夜に90分、計200分ほどこの日は福島をみつめ、考えた一日になった。
 この特集の構成は全村避難後のそれぞれの人々の状況を追う形をとっていて、主に仕事と子育てをめぐるエピソードが多い。住むことは働くことでもあり、働くことは住むことでもある。住めないなら外で働くかいいのか、働くならどこに住むのがいいのか、子育てをするためにはどうすれば・・・という幾多の迷いが映像におさめられている。90分の間のほとんどは重たい空気が覆う。

 空気の重たさについてもそうだが、ETV特集としてはこの切り口をとったんだろうなと率直に感じた。リアリティを伝える以上に、その様相を伝えること。語りを引き出しつつ、エモーショナルな言明を引き出す。佐々木さんの言葉を使えば、たいへんさに重きを置いているように見えた。
 とはいえ、強調しすぎる結果になっていないのは、ETV特集的な(といっていいのかどうかはあやふやではあるが)ストイシズムのようなものを感じる。NHKスペシャルは時々前のめりするというか、伝えたい思いありきの番組構成になることがしばしばあるが、ETV特集のよさはある程度ストイックに現実を伝えること。その現実は、他の番組ではカットされたり扱われないような対象であり、継続的であることだと思っている。

 福島をみつめる一日を過ごしながら、映像としてそれを見ることの可能性と限界についても思いをめぐらした。当たり前だがあくまで福島で起こっていることのほんの一部であり、あえて福島という言葉を使って書いているが厳密にはもっと具体的な地名(市町村である南相馬や飯舘、あるいはもっと小さい範囲で)で語るほうが適切だろう。
 とはいえ、現実に福島あるいはフクシマとして認識が及んでいるのも事実だ。こうなってしまっているという前提をある程度考慮しつつ、引きずられないような形で、これからも福島をみつめていたいと思う。

 自分が福島に初めて足を踏み入れてから、5ヶ月半ほどが経つ。(*2)
 直接訪れてできること、分かることはあるが、あくまで個人には限界もある。だからこの日のように、コンテンツを通じて福島をみつめること、厳密にはコンテンツのその先にある福島のリアリティをみつめることを、これからも続けていきたいといまは考えている。
 映画「相馬看花」第一部に関しては来週金曜まで渋谷で上映中のようです。また、DVDがここ(http://tongpoo-films.shop-pro.jp/?pid=42899723)で購入できるよう。

*1 手元のメモを元に構成したので、トーク内容は書かれている言葉通りそのままではないです。ご容赦。
 
*2 福島を訪れた2日間をエントリーにしたものはこちら→「鈍行列車のたしなみ nach ふくしま」(2012/1/10)
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