Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



 間違えて最初から下巻を読むというアクロバティックなことをしてしまい、しかもそのまましばらく気づかないという事態になってから上巻に戻ってようやくスタート地点に。ミステリー小説風の展開を装っているので完全にネタバレしてしまったが、逆に言うとあくまで装っているだけなので(だけというのも正確ではないかもしれないが、あくまで村上春樹の小説であってミステリー小説ではない)結果オーライではあった。しかし解かれないものも含め、謎は満ちている。たとえば本作には二人の重要なヒロインが登場するが、彼女たちの名前がすぐに明らかになるわけではない。二人のメインヒロイン(?)以外にも多数のヒロインが登場し、多くがカタカナ二文字で表記される(メイ、キキ、ユキなど)が、彼女たちもやがて去って行くという展開は村上春樹の小説にしては新鮮なものに映った。メインヒロインが去って行く、主人公が喪失するというだけにとどまらない。

 という中で上巻に戻って気づいたのは、本作が『風の歌を聴け』から『1973年のピンボール』、そして『羊をめぐる冒険』までつながっていく僕と鼠にまつわる小説の続きにあたるということだ。三部作じゃなかったのかよ、とツッコミを入れたくなったがそれはさておき、歳を重ねた僕は札幌で羊男に出会う。札幌でさらに魅力的なヒロインとも出会い、恋をするというのはおなじみの春樹の路線だ。しかしこれまでのシリーズと異なり、青春小説というには僕がいささか歳をとりすぎている。彼の言葉を借りると翻訳業を辞めた彼は「文化的雪かき」の仕事をして生活をしている。雪かきとはつまり道路から雪をよけて人を歩きやすくする行為だが、文化的と冠のつく雪かきには仕事を選ばないライターとしての僕の仕事ぶりが表れている。重要なのは、他者に仕事の説明をする際にライターだと名乗らずに文化的雪かきという(春樹)らしい、そして札幌のような雪国らしいレトリックを付け加える程度には、仕事に嫌気が差しているころだ。

 羊男と遭遇するのはドルフィン・ホテルという場所だが、同じ場所には以前いるかホテルという建物があった。不思議に思って僕はドルフィン・ホテルのフロントで尋ねるが誰もいるかホテルのことを知らない。しかしドルフィン・ホテルを散策していると何かに導かれるように進んだ先に羊男が存在していた。そこはドルフィン・ホテル内のいるかホテルだった。ホテルの中にホテルが存在しているのか、あるいは別の世界に迷い込んだのか。いまになって振り返ると、『1Q84』で月が2つ存在する世界を生み出したアイデアに類似している。とはいえ、本作は『1Q84』ほど厳密なパラレルワールドの世界を想定せず、認識の問題にとどめる。すなわち、僕の視点から見て「いま、ここ」に存在する世界は現実なのか? という問いだ。

 僕は本作の中で度々夢を見る。夢の中にもヒロインが登場する。下巻に入って、現実の世界で自分が接してきた様々な女性や友人たちの間につながりがあることに気づく(丁寧に手書き風の人物相関図も用意されている)。下巻ではわりと唐突にホノルルに行ったりするのだが、ホノルルでも接点を得てしまう僕は自分の周囲に疑問を覚えるのだ。そして次々と消えていく人たち。ある時には関係者として事情を聞かれにいった警察で僕の人生の不可解さを同情されたりもするが、僕にとって必要なのは同情よりも「現実感」だ。リアリティ。

 タイトルにおける「ダンス、ダンス、ダンス」は上巻で羊男が発した言葉に由来している。すなわち、
「音楽が鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。踊るんだ、躍り続けろ」(上巻、p.182)

 というわけだ。僕はこのとき自分の仕事や人生に対するやりきれなさから、羊男に何かをやり直したいんだと告げている。その相談に対する問いが踊り続けること。現代風に言えば、tofubeatsの「朝が来るまで終わることのないダンスを」と言ったところだろうか。もちろんクラブの中だけではない、人生において踊り続けろ、というのが羊男からのメッセージだろう。音楽はいたるところから流れている。

 翻って、自分の仕事に対するやりきれなさ以上に大きい不安と対面することになる僕に救いとなるのもやはりヒロインの存在だ。喪失を続けた僕が喪失で終わらないエンディングになったことはいささか予想外なハッピーエンドとも言えるけれど、一方でそれは果たしてエンディングなのか、という疑問も当然ある。たまたま物語はそこで完結しているが、その先がどうなるかは分からない。なぜならば謎はまだまだ満ちているからだ。謎が生み出す不安感は、現実の複数性といった現象を伴い、さらなる不安を生み出す。

 踊り続けることが現実にとどまるという方法であり、そしてもう一つの現実にとりこまれないようにするための抵抗なのだということが分かったとき、羊男の存在をまた思い起こす。wikipediaにはご丁寧に「羊男」の項目があって、彼は春樹の小説の随所に登場するらしい。やれやれ、まだまだこれからも出会うことになりそうだ。






 上巻で僕がカフカの「審問」を思い出すシーンがあるのでそのうち読んでみたい。



 「踊り続けろ」と言えば個人的にはこの曲かなと。
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