語りがたいことを聴き、感情表現を経験する場の価値 ――NHKEテレ『ETV特集「奪われた言葉を取り戻す 児童・思春期病棟の声」』(2022年)ハイブリッド戦争の最前線への潜入 ――『Wagner:Putin’s Shadow Army(ワグネル:影のロシア傭兵部隊)』(フランス、2022年)

2022年05月26日

新しい形態の犯罪者集団はいかにして暴かれたのか ――『サイバー地獄:n番部屋 ネット犯罪を暴く』(韓国、2022年)



 ちょうど新型コロナが流行しだしたころに日本のインターネットでも少し話題になったのが「n番部屋事件」だった。過去にない規模の参加者のいた集団的性犯罪であり、このネトフリのドキュメンタリーでも強調されていたように明確な性搾取の事件だった。日本で話題になったころは主犯格の2人、博士とガッガッがようやく逮捕されたころだったため、事件の概要も子細に語られていた記憶がある。

 ただ、このドキュメンタリーで改めて思ったのは、まだまだ知らないことばかりだったということだ。大規模な犯罪なのにテレグラムを通じた特殊なネット空間ゆえに露見しにくかったこと、プロのメディアではなく最初にこの事件に気づいたのがジャーナリストを志望する大学生2人組だったとのこと(しかも、コンペに参加する一貫の調査の中で事件を発見してしまった)、そして警察がいかにこの新しい犯罪者たちを追い詰めたかということ。

 本編の序盤は犯罪者たちの「性搾取」をアニメーションなどを使って再現することで、実際の加害と被害のイメージを視聴者に共有させることに成功している。そして成功しているがゆえに、アニメーションであってもあまりにも生々しく、残虐である。写真や動画は加工され、フィクショナブルなものに置き換えられているとはいえ、テキストでのメッセージは詳細に再現されている。そのため、このドキュメンタリーを見る前に、そういった心理的に危険なシーンが多数はめこまれていることには留意したほうがよい。女性たちを手招くための細かな手口やグルーミングの詳細が語られるところには何度も吐き気がしたほど。

 中盤以降は追う側の視点が幾重にも重なってくる。「追跡団炎」(メディアによっては「追跡団火花」や「追跡団花火」と訳されることもあるがここでは本作の翻訳に準拠する)として登場する二人の大学生、ハンギョレ新聞の取材チーム、テレビ局、そして警察。



 犯罪者たち、特に博士は追う側であるメディアを執拗にけん制し、脅迫する。それは彼がこれまでグルーミングをする中で使用してきた手口に似ている。脅迫し、要求をのませることで、自分の思い通りに他者をコントロールする。そうした欲望の塊のような存在である博士は、痕跡を多くは残さない。外国にいるというほのめかしさえする。ではどのように追うのか。

 「犯罪者が永遠に隠れることはできません」とは後半に登場するあるホワイトハッカーの言葉だ。テレグラムは痕跡をすぐに消すことが可能なメディアだが、かといってインターネット上のログを抹消できるわけでもないし、IPアドレスを完全に誤魔化すこともできない。新しい性犯罪とはいえ、インターネットを利用している以上、痕跡が残る。その痕跡を使って一つずつ犯人を追うという、新しさと古さが混合したような刑事手法が印象に残った。

 韓国では2016年に江南駅近くのトイレで22歳の女性が全く知らない男性に殺害された事件を一つのきっかけにして、多くの女性たちが社会に対して声を上げている。本作では省かれているが、NHKの『アナザーストーリー』がこの犯罪を扱った時に、多くの女性たちが「n番部屋事件」に対して抗議運動を行い、国会に請願する運動を行ったことも紹介されていた。





 韓国の現代文学や映画でも、女性蔑視やミソジニーといったジェンダー不平等は数多く題材にされている。これほどまでに女性たちが生きづらい社会があるということ(日本も例外ではないかもしれない)を直視することも、このドキュメンタリーの目指す地平だろう。少なくとも、吐き気がするくらいにはその試みは成功しているように思えた。


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