※このエントリーはふくろうさん(@0wl_man)主宰の企画、「海外文学・ガイブン Advent Calendar 2020」に参加しています。



■はじめに

 このエントリーでは韓国の現代文学における百合作品、あるいは文学における百合描写について紹介していきたい。まず、「百合」という言葉になじみがない方に簡単に説明すると、「百合とは女性同士の親密な関係全般のこと」であると言ってよい。

 具体的には親友同士、先輩後輩関係、レズビアンカップルなどなど、性的な関係を含む含まないに関わらず、女性同士の親密な関係を取り入れた作品のことをここでは百合作品と言いたい。あるいは、小説の主題ではないものの描写として一部取り入れられることもあるため、ここでは百合の描写が観測されるならばその小説は広義の百合作品であると解釈しよう。百合作品のジャンルとしては、女子学生同士の青春を描く百合作品や、職場の先輩後輩関係を描く百合作品(「社会人百合」と称されることも多い)が日本では小説、漫画、アニメなどの作品に観測される。

 実際には「百合」の定義は人それぞれであり、セクシャルマイノリティの文学であるレズビアン作品とは異なるものとして解釈する人もいる(その場合は、恋愛関係や性的関係の有無などが「百合」を定義する材料となる)。ただ、ここで「百合論争」(「百合」の定義する範囲についての論争)をするつもりはないので、個人的な百合解釈にお付き合い願いたい。なお、あくまで個人的な解釈であるため、読者の方が「それは百合じゃない」と思ったとしてもそれは読者の方の自由な解釈である。

 それでは始めよう。2018年に日本で紹介されたデビュー短編集が韓国でもベストセラーとなっている新鋭のチェ・ウニョン、すでに世界的に評価され、芸術的な小説家でもあるハン・ガンを中心に紹介したい。この二人を中心に紹介する理由は、単純に私の推し作家であるからだ。その意味では偏愛でもあるが、読者の方にはご容赦いただきたい。

■作品紹介


◆チェ・ウニョン「ショウコの微笑」(『ショウコの微笑』クオン、2018年所収)

 高校時代、日本から韓国に留学してきたショウコとの思い出を追想しながら、女性として映画監督になるという夢に突き進む主人公ソユの成長と挫折の物語。出会いと別れ、文化の違いの共有、不平等や差別や格差、そして喪失。この短編が文壇デビューとなったチェ・ウニョンだが、彼女の後の作品にも通じる要素がふんだんにつまっている佳作である。何より日本の読者としては、日本から来た女の子との出会いを丹念に書いてくれたことや、その名前がタイトルに振られていることが、何より嬉しく感じる。この短編については別の文章でかなり詳しく論じているのでこちらをご覧いただけると嬉しい。




◆チェ・ウニョン「彼方から響く歌声」(『ショウコの微笑』クオン、2018年所収)

 「ショウコの微笑」へ”越境する百合”と言ってもいいかもしれないが、本作も大好きな大学の先輩を追いかけてロシア(先輩の留学先がロシア)に行ってしまう主人公のエネルギーに驚かされる。好きという感情は国境を越えていくこと。もちろんそれがバラ色ではないことは当然として、私たちの生きる世界はつながっているんだという当たり前のことを強く実感することができる。タイトルも含め、非常に美しい百合作品だ。

◆チェ・ウニョン「あの夏」(『わたしに無害な人』亜紀書房、2020年所収)

 少しこじつけかもしれないが、「ショウコの微笑」の変奏だと思いながら読んでいた。今回は国境や人種を超越するような越境小説ではないが、「ショウコの微笑」よりも具体的にセクシュアリティについての描写があり、性の揺らぎやセクシャルマイノリティの社会的な地位についての記述はより現代的である。また、時間が経過するにつれて二人の関係性が遠ざかってゆくのは「ショウコの微笑」にも似ている。離れたくないのに、互いの置かれた社会状況の変化やその他様々な事情によって二人は離れていってしまう。そうした大切な人との思い出を振り返る時、名前を呼ぶ行為のなんと尊いことか。

◆チェ・ウニョン「六〇一、六〇二」(『わたしに無害な人』亜紀書房、2020年所収)

 主人公が子どものころ、隣の部屋に越してきた家庭について回想する短編。小説の中で流れている時間に比べるとコンパクトにまとまった短編ではあるが、主人公が見聞きするものの中には暴力や不平等があふれていることから、読むのが辛く感じる人もいるかもしれない。そして、そうした不正義を身近なところで感じながら抵抗することができない無力さも抱えている。こうした二重の辛さをフィクションではあるものの記録し、小説という媒体で「告発」する行為は、オーソドックスなフェミニズム小説のやり方だと言えるだろう。チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』に関心のある方にもおすすめしたい。

◆チェ・ウニョン「過ぎ行く夜」(『わたしに無害な人』亜紀書房、2020年所収)
 
 四歳離れた姉妹の再会の物語。姉のユンヒは大学院を修了したが研究職のポストにつけずに困窮している。そんな中、五年ぶりに再会する妹のジュヒは、結婚と離婚と出産を経験し、彼女は就職しているものの「社会保険はない」待遇であるなど、楽な生活ではなかった。優秀な姉であるユンヒは、奔放な妹とある時期から距離を保って生きてきたが、大人になって再開したことで仲良くしたという自分の気持ちは昔からずっとあったのではないか、もう一度仲良くできるのではないかという気持ちを強くする。良い思い出も悪い思い出もすべては過去のこと。格差社会を生きる現代の韓国人のつらさを描写しつつ、姉妹だからこそ紡げる特別な関係が築かれうることを希望的に示唆している。例えば、少なくとも姉妹ならば安心して夜を一緒に過ごすことはできるはずだと。

◆ハン・ガン「明るくなる前に」(『回復する人間』白水社、2019年所収)

 短編集『回復する人間』は、人間の喪失と回復(レジリエンスと言っても良い)をテーマに執筆されているが、その先頭を飾る「明るくなる前に」は以前勤めていた職場で仲良くなった先輩「ウニ姉さん」の喪失を少しずつ受け入れようとしていく(≒レジリエンスのさなかにある)主人公の「私」の心の揺れ動きが子細に描かれている。さよならだけが人生だ、とはよく言ったものだが、どれだけ好きな人であっても、遠くに行ってしまうことを妨げることはできない。好きな人だからできないのかもしれない。もう一生会えないくらい遠くに行っても。だからこそ人には喪を受け入れる時間が必要であるのだと、ハン・ガンは小説を通じて優しい言葉で伝えようとしている。




◆ハン・ガン「京都、ファサード」(『小説版 韓国・フェミニズム・日本』河出書房新社、2020年所収)
 
 「ショウコの微笑」とはベクトルが異なり、韓国出身で日本に移住した女性と、韓国に在住している主人公の女性の物語。移住したまま韓国に帰ってくることは最後までなかった友人への追憶の小説でもある。彼女が帰らなかった理由を最大限尊重しながら、会えない時間が長く続いたことへの寂しさを偽れない気持ち。こうした、人生にとって重要な喪失を書く時、ハン・ガンの詩的な文章は静かに読者の感情をとらえる。「明るくなる前に」もそうだが、人と人の出会いと別れを書くのが抜群にうまい作家である。

◆キム・へジン『娘について』(亜紀書房、2018年)

 レズビアンの娘と、その性的嗜好を容認できない伝統的な生き方をしてきた母親の構図を描いた小説。その娘が恋人を連れて実家に転がり込んできたことで、世代の違う女性三人の奇妙な生活が始まっていく。主人公は娘の母であり、分かりあえそうもない娘のことを複雑な感情で眺めながら、あるいは介護の仕事を通じて得られる癒しを丁寧に受け止めていくところにも好感が持てる。仕事では年上の、家庭では年下の世代を「ケア」し、その中で関係性を紡ぎ直しながら生きていく様を描写することで、世代や国境を超えて共感を生む物語にもなっている。




◆チョン・セラン「屋上で会いましょう」(『屋上で会いましょう』亜紀書房、2020年所収)

 一種の社会人百合と言ってもいいかもしれないし、百合というほど感情的な関係というわけでもないかもしれないが、「屋上で会いましょう」という言葉に救いを求める主人公の感情の描写が非常に豊かでコミカルでもある面白い短編である。2018年に翻訳刊行されて話題になった『フィフティ・ピープル』もそうであったように、チョン・セランは切実さを切実なままに書くのではなく、いろいろな角度で描写するところに魅力があるが、同名のタイトルの短編集の表題作としては魅力たっぷりで申し分がない。




◆キム・エラン「ノックしない家」(『走れ、オヤジ殿』晶文社、2017年所収)

 住人の名前も顔も分からないような家に住みながら、しかしそこで生まれていくコミュニケーションを描いた短編。キム・エランは本作が韓国でのデビュー作になったようで、日本に最初に紹介された本に収録されたのも当然の流れだろう。彼女もまたユーモアを忘れない作家である。チョン・セランのようなコミカルな語り口が生むユーモアさというより、他者に寄り添う気持ちを表現するためのユーモアと言ってよい。この題材ならちょっとしたホラーやサイコ小説にもなりそうだが、そう料理しないところにキム・エランの小説の魅力がある。




■おわりに

 以上、短編9作長編1作を紹介してきた。ここ数年に日本で翻訳されたものを中心に紹介してきたのですでに読んでいる方もいるかもしれないが、未読な方でも今回取り上げた本は書店や図書館で入手しやすいと考えている。ぜひ年末年始の読書プランに加えていただけると、このエントリーを書いた人間としては非常にありがたい。

 また、小説ではないが今年日本でも公開されて話題になった映画『はちどり』もここで紹介してきた文学作品と通底するものが多くある。セクシュアリティの揺らぎや、子どもと大人の間の揺らぎ、身近な範囲の生活と大きな社会が接続する瞬間の怖さ。監督キム・ボラの自伝的、私小説的とも言えるこの映画の構成自体が、非常に文学的な響きを持っていたようにも思う。この映画は以前ブログで紹介しているので、詳しい内容や評価についてはこちらをご覧いただければ嬉しい。


 

ショウコの微笑 (新しい韓国の文学)
ウニョン, チェ
クオン
2018-12-25


わたしに無害なひと (となりの国のものがたり5)
チェ・ウニョン
亜紀書房
2020-04-22


回復する人間 (エクス・リブリス)
ハン・ガン
白水社
2019-05-28


小説版 韓国・フェミニズム・日本
星野智幸
河出書房新社
2020-05-26


娘について (となりの国のものがたり2)
キム・ヘジン
亜紀書房
2018-12-20


屋上で会いましょう チョン・セランの本
チョン・セラン
亜紀書房
2020-07-31


外は夏 (となりの国のものがたり3)
キム・エラン
亜紀書房
2019-06-21


走れ、オヤジ殿 (韓国文学のオクリモノ)
エラン, キム
晶文社
2017-12-12